42 / 60
41.追跡者と来客者
しおりを挟む
ソルセゾン帝国の大公殿下ともあろう御方が来訪したことに、書斎には緊張感が流れ始めた。
「オレリアン・ノワール……、だと?」
「はい」
家主であるアシュフォードにとっても予想外の来客に、戸惑いが声色ににじみ出ていた。
「アシュフォード、外出中に何か問題を起こしましたか」
「他国の人間と関わる時間などなかった。ずっとラルダを追っていたからな」
(確かにずっと追われていた)
クリフさんの不安げな顔に首を振るアシュフォードは、そのままヴォルティス侯爵家が帝国及びにノワール大公殿下と接点がないことを断言した。室内が困惑に包まれる中、ルゼフがそっと手を挙げた。
「あの……帝国の大公殿下に関しては俺もわからないんですけど、一つ懸念していたことが起きているのかと思って」
「懸念していたこと?」
私の復唱にルゼフが頷いた。
「はい。ラルダさんと侯爵様を追っていた人を追い払ったと思ってここに来たんですけど、撒けていた保証はないです」
ルゼフは、むしろ自分を追うために警戒心を下げたのではないかと考察した。それと同時に、私は追跡されていた理由を考えた。
(アシュフォードが誰とも接していないとすれば、追われていたのは私になる。でも一体誰が……私も知人以外に会った記憶は――)
記憶をめぐらせたその瞬間、私はあることに気が付いた。
(ペンダントを拾ったあの男……確かに貴族だった。もしかしたら、このペンダントに何か意味があって追って来たのか?)
この推測を明らかにするためにも、私は来客者に会う理由ができてしまった。
「何はともあれ、会うしかなさそうだな」
「……アシュフォード。私にも立ち会わせてくれ」
「ラルダ」
「場違いだということはわかってる。ただ……来客者を帝国の大公と考えるのではなく、私達を追っていた者と考えるのなら、追われる理由に思い当たる節が一つだけあるんだ」
ペンダントをぐっと握りしめると、それを見たアシュフォードは立ち上がって私に手を伸ばした。
「場違いなんかじゃないさ。追っていたのがラルダなら、同席する理由は十分ある」
「……ありがとう」
その手を取れば、ぐっとアシュフォードは自分の方に引き寄せた。
「ただし一つ守ってくれ。俺の傍を離れないように。警戒するに越したことはないからな」
「わ、わかった」
縮まる距離に赤くなりかける頬を見せまいと、目線をそらしてしまった。
「アシュフォード。貴方その髪色はどうするんですか」
「あぁ、外すさ。ラルダは……」
「私はこのままにする。気になることがあるんだ」
「わかった」
黒髪の女性。もし帝国の大公殿下が私を探しているのだとしたら、髪色は見せない方が安全だと判断した。アシュフォードだけかつらを取ると、私達はそのままノワール大公が待つ部屋へ向かった。
「お待たせしました。ヴォルティス侯爵家当主、アシュフォードです」
「いえ、突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただきありがとうございます。ソルセゾン帝国から参りました。ノワール公爵家当主、オレリアンです」
(……あの男だ)
予想は的中し、ペンダントを拾った男との望まない再会を果たすことになった。恐らく相手も私の存在に気が付いている。
部屋には大公と向こうの護衛らしき人物二名、アシュフォードと私が対峙する形となった。
私も向こうの護衛のようにアシュフォードの背後に立とうとすれば、そのまま手を引かれて隣に座らされた。
(私が座る理由が……)
困惑していれば、私の抗議を聞く前にアシュフォードが大公に問いかけた。
「単刀直入にお聞きしますが、何用でいらっしゃったのでしょうか」
「……前置きは不必要のようなので、端的にお伝えします」
にこりと微笑む大公の雰囲気は、本心がまるでわからないほど不穏なもので包まれていた。
「黒髪の女性をご存じでしょうか」
一切変わらない表情から出された言葉は、目線こそアシュフォードを見ているが私の方を見抜いている気がしてならなかった。
「黒髪の女性を探しているのですか」
「えぇ」
「何故、黒髪の女性探すのですか」
「会いたいから、ですよ」
私はてっきり港町で黒髪の女性を探していたのはアシュフォードか貴族派だと思っていたが、今の発言で目の前の男が指示を出していたのだとわかった。
(会いたいから。その理由が紐解けない限り、警戒は外せない)
この警戒はアシュフォードも同じようで、緊張感が流れていった。それを察しているのかはわからないが、にこにこと大公は話を続けた。
「黒髪の女性……名をロザクという凄腕の暗殺者だと聞きました。その方に暗殺依頼をお願いしたくて探しています」
「「……」」
暗殺依頼。
その理由は取ってつけたようにしか思えなかった。わざわざ海を渡ってまで黒髪の女性に固執理由には、弱い気がしたのだ。
「――というのが表向きの理由です。私は別に、誰かを殺そうとは思っておりませんので」
さらりと流すように言う姿は一見軽そうに見えて、空気を読んでいるようにも見えた。
「本当に会いたくて、探しに来たのです。……生きていてくれたのなら、どれだけ嬉しいことかと思って」
(どういう意味だ……?)
そこで大公は初めて目を伏せた。演技、とも取れるかもしれないが、その意図がわからなかった。じっと見つめながら思考を働かせていれば、大公顔を上げて私を見た。
「ペンダントは、貴女の物ですか?」
「オレリアン・ノワール……、だと?」
「はい」
家主であるアシュフォードにとっても予想外の来客に、戸惑いが声色ににじみ出ていた。
「アシュフォード、外出中に何か問題を起こしましたか」
「他国の人間と関わる時間などなかった。ずっとラルダを追っていたからな」
(確かにずっと追われていた)
クリフさんの不安げな顔に首を振るアシュフォードは、そのままヴォルティス侯爵家が帝国及びにノワール大公殿下と接点がないことを断言した。室内が困惑に包まれる中、ルゼフがそっと手を挙げた。
「あの……帝国の大公殿下に関しては俺もわからないんですけど、一つ懸念していたことが起きているのかと思って」
「懸念していたこと?」
私の復唱にルゼフが頷いた。
「はい。ラルダさんと侯爵様を追っていた人を追い払ったと思ってここに来たんですけど、撒けていた保証はないです」
ルゼフは、むしろ自分を追うために警戒心を下げたのではないかと考察した。それと同時に、私は追跡されていた理由を考えた。
(アシュフォードが誰とも接していないとすれば、追われていたのは私になる。でも一体誰が……私も知人以外に会った記憶は――)
記憶をめぐらせたその瞬間、私はあることに気が付いた。
(ペンダントを拾ったあの男……確かに貴族だった。もしかしたら、このペンダントに何か意味があって追って来たのか?)
この推測を明らかにするためにも、私は来客者に会う理由ができてしまった。
「何はともあれ、会うしかなさそうだな」
「……アシュフォード。私にも立ち会わせてくれ」
「ラルダ」
「場違いだということはわかってる。ただ……来客者を帝国の大公と考えるのではなく、私達を追っていた者と考えるのなら、追われる理由に思い当たる節が一つだけあるんだ」
ペンダントをぐっと握りしめると、それを見たアシュフォードは立ち上がって私に手を伸ばした。
「場違いなんかじゃないさ。追っていたのがラルダなら、同席する理由は十分ある」
「……ありがとう」
その手を取れば、ぐっとアシュフォードは自分の方に引き寄せた。
「ただし一つ守ってくれ。俺の傍を離れないように。警戒するに越したことはないからな」
「わ、わかった」
縮まる距離に赤くなりかける頬を見せまいと、目線をそらしてしまった。
「アシュフォード。貴方その髪色はどうするんですか」
「あぁ、外すさ。ラルダは……」
「私はこのままにする。気になることがあるんだ」
「わかった」
黒髪の女性。もし帝国の大公殿下が私を探しているのだとしたら、髪色は見せない方が安全だと判断した。アシュフォードだけかつらを取ると、私達はそのままノワール大公が待つ部屋へ向かった。
「お待たせしました。ヴォルティス侯爵家当主、アシュフォードです」
「いえ、突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただきありがとうございます。ソルセゾン帝国から参りました。ノワール公爵家当主、オレリアンです」
(……あの男だ)
予想は的中し、ペンダントを拾った男との望まない再会を果たすことになった。恐らく相手も私の存在に気が付いている。
部屋には大公と向こうの護衛らしき人物二名、アシュフォードと私が対峙する形となった。
私も向こうの護衛のようにアシュフォードの背後に立とうとすれば、そのまま手を引かれて隣に座らされた。
(私が座る理由が……)
困惑していれば、私の抗議を聞く前にアシュフォードが大公に問いかけた。
「単刀直入にお聞きしますが、何用でいらっしゃったのでしょうか」
「……前置きは不必要のようなので、端的にお伝えします」
にこりと微笑む大公の雰囲気は、本心がまるでわからないほど不穏なもので包まれていた。
「黒髪の女性をご存じでしょうか」
一切変わらない表情から出された言葉は、目線こそアシュフォードを見ているが私の方を見抜いている気がしてならなかった。
「黒髪の女性を探しているのですか」
「えぇ」
「何故、黒髪の女性探すのですか」
「会いたいから、ですよ」
私はてっきり港町で黒髪の女性を探していたのはアシュフォードか貴族派だと思っていたが、今の発言で目の前の男が指示を出していたのだとわかった。
(会いたいから。その理由が紐解けない限り、警戒は外せない)
この警戒はアシュフォードも同じようで、緊張感が流れていった。それを察しているのかはわからないが、にこにこと大公は話を続けた。
「黒髪の女性……名をロザクという凄腕の暗殺者だと聞きました。その方に暗殺依頼をお願いしたくて探しています」
「「……」」
暗殺依頼。
その理由は取ってつけたようにしか思えなかった。わざわざ海を渡ってまで黒髪の女性に固執理由には、弱い気がしたのだ。
「――というのが表向きの理由です。私は別に、誰かを殺そうとは思っておりませんので」
さらりと流すように言う姿は一見軽そうに見えて、空気を読んでいるようにも見えた。
「本当に会いたくて、探しに来たのです。……生きていてくれたのなら、どれだけ嬉しいことかと思って」
(どういう意味だ……?)
そこで大公は初めて目を伏せた。演技、とも取れるかもしれないが、その意図がわからなかった。じっと見つめながら思考を働かせていれば、大公顔を上げて私を見た。
「ペンダントは、貴女の物ですか?」
13
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

冷遇された聖女の結末
菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。
本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。
カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

婚約破棄された私の結婚は、すでに決まっていた
月山 歩
恋愛
婚約破棄され、心の整理がつかないアリスに次の日には婚約の打診をするルーク。少ししか話してない人だけど、流されるままに婚約してしまう。政略結婚って言ったけれど、こんなに優しいのはどうしてかしら?

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる