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41.追跡者と来客者
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ソルセゾン帝国の大公殿下ともあろう御方が来訪したことに、書斎には緊張感が流れ始めた。
「オレリアン・ノワール……、だと?」
「はい」
家主であるアシュフォードにとっても予想外の来客に、戸惑いが声色ににじみ出ていた。
「アシュフォード、外出中に何か問題を起こしましたか」
「他国の人間と関わる時間などなかった。ずっとラルダを追っていたからな」
(確かにずっと追われていた)
クリフさんの不安げな顔に首を振るアシュフォードは、そのままヴォルティス侯爵家が帝国及びにノワール大公殿下と接点がないことを断言した。室内が困惑に包まれる中、ルゼフがそっと手を挙げた。
「あの……帝国の大公殿下に関しては俺もわからないんですけど、一つ懸念していたことが起きているのかと思って」
「懸念していたこと?」
私の復唱にルゼフが頷いた。
「はい。ラルダさんと侯爵様を追っていた人を追い払ったと思ってここに来たんですけど、撒けていた保証はないです」
ルゼフは、むしろ自分を追うために警戒心を下げたのではないかと考察した。それと同時に、私は追跡されていた理由を考えた。
(アシュフォードが誰とも接していないとすれば、追われていたのは私になる。でも一体誰が……私も知人以外に会った記憶は――)
記憶をめぐらせたその瞬間、私はあることに気が付いた。
(ペンダントを拾ったあの男……確かに貴族だった。もしかしたら、このペンダントに何か意味があって追って来たのか?)
この推測を明らかにするためにも、私は来客者に会う理由ができてしまった。
「何はともあれ、会うしかなさそうだな」
「……アシュフォード。私にも立ち会わせてくれ」
「ラルダ」
「場違いだということはわかってる。ただ……来客者を帝国の大公と考えるのではなく、私達を追っていた者と考えるのなら、追われる理由に思い当たる節が一つだけあるんだ」
ペンダントをぐっと握りしめると、それを見たアシュフォードは立ち上がって私に手を伸ばした。
「場違いなんかじゃないさ。追っていたのがラルダなら、同席する理由は十分ある」
「……ありがとう」
その手を取れば、ぐっとアシュフォードは自分の方に引き寄せた。
「ただし一つ守ってくれ。俺の傍を離れないように。警戒するに越したことはないからな」
「わ、わかった」
縮まる距離に赤くなりかける頬を見せまいと、目線をそらしてしまった。
「アシュフォード。貴方その髪色はどうするんですか」
「あぁ、外すさ。ラルダは……」
「私はこのままにする。気になることがあるんだ」
「わかった」
黒髪の女性。もし帝国の大公殿下が私を探しているのだとしたら、髪色は見せない方が安全だと判断した。アシュフォードだけかつらを取ると、私達はそのままノワール大公が待つ部屋へ向かった。
「お待たせしました。ヴォルティス侯爵家当主、アシュフォードです」
「いえ、突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただきありがとうございます。ソルセゾン帝国から参りました。ノワール公爵家当主、オレリアンです」
(……あの男だ)
予想は的中し、ペンダントを拾った男との望まない再会を果たすことになった。恐らく相手も私の存在に気が付いている。
部屋には大公と向こうの護衛らしき人物二名、アシュフォードと私が対峙する形となった。
私も向こうの護衛のようにアシュフォードの背後に立とうとすれば、そのまま手を引かれて隣に座らされた。
(私が座る理由が……)
困惑していれば、私の抗議を聞く前にアシュフォードが大公に問いかけた。
「単刀直入にお聞きしますが、何用でいらっしゃったのでしょうか」
「……前置きは不必要のようなので、端的にお伝えします」
にこりと微笑む大公の雰囲気は、本心がまるでわからないほど不穏なもので包まれていた。
「黒髪の女性をご存じでしょうか」
一切変わらない表情から出された言葉は、目線こそアシュフォードを見ているが私の方を見抜いている気がしてならなかった。
「黒髪の女性を探しているのですか」
「えぇ」
「何故、黒髪の女性探すのですか」
「会いたいから、ですよ」
私はてっきり港町で黒髪の女性を探していたのはアシュフォードか貴族派だと思っていたが、今の発言で目の前の男が指示を出していたのだとわかった。
(会いたいから。その理由が紐解けない限り、警戒は外せない)
この警戒はアシュフォードも同じようで、緊張感が流れていった。それを察しているのかはわからないが、にこにこと大公は話を続けた。
「黒髪の女性……名をロザクという凄腕の暗殺者だと聞きました。その方に暗殺依頼をお願いしたくて探しています」
「「……」」
暗殺依頼。
その理由は取ってつけたようにしか思えなかった。わざわざ海を渡ってまで黒髪の女性に固執理由には、弱い気がしたのだ。
「――というのが表向きの理由です。私は別に、誰かを殺そうとは思っておりませんので」
さらりと流すように言う姿は一見軽そうに見えて、空気を読んでいるようにも見えた。
「本当に会いたくて、探しに来たのです。……生きていてくれたのなら、どれだけ嬉しいことかと思って」
(どういう意味だ……?)
そこで大公は初めて目を伏せた。演技、とも取れるかもしれないが、その意図がわからなかった。じっと見つめながら思考を働かせていれば、大公顔を上げて私を見た。
「ペンダントは、貴女の物ですか?」
「オレリアン・ノワール……、だと?」
「はい」
家主であるアシュフォードにとっても予想外の来客に、戸惑いが声色ににじみ出ていた。
「アシュフォード、外出中に何か問題を起こしましたか」
「他国の人間と関わる時間などなかった。ずっとラルダを追っていたからな」
(確かにずっと追われていた)
クリフさんの不安げな顔に首を振るアシュフォードは、そのままヴォルティス侯爵家が帝国及びにノワール大公殿下と接点がないことを断言した。室内が困惑に包まれる中、ルゼフがそっと手を挙げた。
「あの……帝国の大公殿下に関しては俺もわからないんですけど、一つ懸念していたことが起きているのかと思って」
「懸念していたこと?」
私の復唱にルゼフが頷いた。
「はい。ラルダさんと侯爵様を追っていた人を追い払ったと思ってここに来たんですけど、撒けていた保証はないです」
ルゼフは、むしろ自分を追うために警戒心を下げたのではないかと考察した。それと同時に、私は追跡されていた理由を考えた。
(アシュフォードが誰とも接していないとすれば、追われていたのは私になる。でも一体誰が……私も知人以外に会った記憶は――)
記憶をめぐらせたその瞬間、私はあることに気が付いた。
(ペンダントを拾ったあの男……確かに貴族だった。もしかしたら、このペンダントに何か意味があって追って来たのか?)
この推測を明らかにするためにも、私は来客者に会う理由ができてしまった。
「何はともあれ、会うしかなさそうだな」
「……アシュフォード。私にも立ち会わせてくれ」
「ラルダ」
「場違いだということはわかってる。ただ……来客者を帝国の大公と考えるのではなく、私達を追っていた者と考えるのなら、追われる理由に思い当たる節が一つだけあるんだ」
ペンダントをぐっと握りしめると、それを見たアシュフォードは立ち上がって私に手を伸ばした。
「場違いなんかじゃないさ。追っていたのがラルダなら、同席する理由は十分ある」
「……ありがとう」
その手を取れば、ぐっとアシュフォードは自分の方に引き寄せた。
「ただし一つ守ってくれ。俺の傍を離れないように。警戒するに越したことはないからな」
「わ、わかった」
縮まる距離に赤くなりかける頬を見せまいと、目線をそらしてしまった。
「アシュフォード。貴方その髪色はどうするんですか」
「あぁ、外すさ。ラルダは……」
「私はこのままにする。気になることがあるんだ」
「わかった」
黒髪の女性。もし帝国の大公殿下が私を探しているのだとしたら、髪色は見せない方が安全だと判断した。アシュフォードだけかつらを取ると、私達はそのままノワール大公が待つ部屋へ向かった。
「お待たせしました。ヴォルティス侯爵家当主、アシュフォードです」
「いえ、突然の訪問にもかかわらず、お会いしていただきありがとうございます。ソルセゾン帝国から参りました。ノワール公爵家当主、オレリアンです」
(……あの男だ)
予想は的中し、ペンダントを拾った男との望まない再会を果たすことになった。恐らく相手も私の存在に気が付いている。
部屋には大公と向こうの護衛らしき人物二名、アシュフォードと私が対峙する形となった。
私も向こうの護衛のようにアシュフォードの背後に立とうとすれば、そのまま手を引かれて隣に座らされた。
(私が座る理由が……)
困惑していれば、私の抗議を聞く前にアシュフォードが大公に問いかけた。
「単刀直入にお聞きしますが、何用でいらっしゃったのでしょうか」
「……前置きは不必要のようなので、端的にお伝えします」
にこりと微笑む大公の雰囲気は、本心がまるでわからないほど不穏なもので包まれていた。
「黒髪の女性をご存じでしょうか」
一切変わらない表情から出された言葉は、目線こそアシュフォードを見ているが私の方を見抜いている気がしてならなかった。
「黒髪の女性を探しているのですか」
「えぇ」
「何故、黒髪の女性探すのですか」
「会いたいから、ですよ」
私はてっきり港町で黒髪の女性を探していたのはアシュフォードか貴族派だと思っていたが、今の発言で目の前の男が指示を出していたのだとわかった。
(会いたいから。その理由が紐解けない限り、警戒は外せない)
この警戒はアシュフォードも同じようで、緊張感が流れていった。それを察しているのかはわからないが、にこにこと大公は話を続けた。
「黒髪の女性……名をロザクという凄腕の暗殺者だと聞きました。その方に暗殺依頼をお願いしたくて探しています」
「「……」」
暗殺依頼。
その理由は取ってつけたようにしか思えなかった。わざわざ海を渡ってまで黒髪の女性に固執理由には、弱い気がしたのだ。
「――というのが表向きの理由です。私は別に、誰かを殺そうとは思っておりませんので」
さらりと流すように言う姿は一見軽そうに見えて、空気を読んでいるようにも見えた。
「本当に会いたくて、探しに来たのです。……生きていてくれたのなら、どれだけ嬉しいことかと思って」
(どういう意味だ……?)
そこで大公は初めて目を伏せた。演技、とも取れるかもしれないが、その意図がわからなかった。じっと見つめながら思考を働かせていれば、大公顔を上げて私を見た。
「ペンダントは、貴女の物ですか?」
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