上 下
41 / 60

40.手紙の理由

しおりを挟む



 サルバドールが動き出した。

 その詳細について、ローレンさんは説明し始めた。

「アシュフォード様が出立される前に命じられた通り、ロザク様が救った者を極秘で調査していたのですが、懸念されたように、貴族派に情報を売った者が現れました」
「「「!!」」」
(……仕方のないことだな)

 書斎が驚きに包まれる中、私は静かに目を伏せた。全員が全員、殺さなかったことを恩義に感じるわけではない。

「貴族派に殺さない暗殺が知られたとなれば、ラルダが生きている可能性が追われ始めるというわけだが……ローレン。動き出したとはこのことか」
「はい」

 ぎゅっと手のひらを強く握る。因縁の相手を欺く術が一つ減ってしまった。

「オブタリア公爵は現在、秘密裏にロザク様を捜索中です」
「ヴォルティス侯爵家にどれほど疑いの目を向けているかはわかるか?」
「現状はそこまで濃くありません。何せ、ヴォルティス侯爵家に死体があったことは事実ですので」

 偽装死体が役に立っていることに加えて、殺しにかかった人間をアシュフォードが匿っているとは考えていないというのがローレンさんの意見だった。

 報告が落ち着くと、クリフさんが振り向いてローレンさんに尋ねた。

「ローレン。私のお使いは済みましたか?」

 クリフさんが頼んだお使いというのは、貴族派の協力者との接触だという。

「クリフ様。その件ですが、実は想定外のことが」
「想定外のこと、ですか」
「はい。約束の場所に現れなかったので、相手の屋敷まで訪問しようとしたのですが、何者かによって連行されてしまいました」
「連行……行き先は」
「オブタリア公爵家です」
「あまり良くない状況ですね」

 協力者が情報を漏洩する前に回収されたと考えるのが自然だ。

「……すみません」

 すっと手を上げると、ルゼフはローレンさんの方を見た。

「いかがなさいましたか?」
「その協力者の名前を、教えてもらえたりできますか」
「それは……」
「構いませんよ、ローレン」

 クリフさんが、ルゼフのことを簡潔的に紹介する。王家派の助力だとわかると、ローレンさんは詳細を語り始めた。

「名はネルソン伯爵です。貴族派では高位の立場にいる、医者の家系のーー」

 協力者の情報が言い終わる前に、私は反射的に立ち上がって飛び出そうとした。それをルゼフに止められる。

「どけ、ルゼフ!!」
「落ち着いてください!! どいたらオブタリア公爵家に行くでしょう!」
「当たり前だ!」

 心のどこかで、スティーブは無事だと思っていた。けれど、貴族派の協力者と聞いて嫌な予感が生まれたのはルゼフだけじゃない。私もだった。

「ラルダ、どうした」

 アシュフォードは立ち上がると、心配そうな声色で私の肩に触れた。前にはルゼフがいるため、とてもじゃないが身動きが取れなかった。

「スティーブさん……ネルソン伯爵は俺達の仲間です。死体を用意してくれたのは彼です」
「「「!!」」」

 サルバドールが何をどこまで知っているのかはわからない。スティーブが協力者として、何をしたかったのかは知らない。

 ただ、唯一わかるのは、スティーブの身に危険が迫っているということだけだった。

「アシュフォード、私はスティーブを助けに行く」
「……駄目だ。いくらラルダでも、今敵陣に飛び込むのは得策じゃない。それに、罠の可能性だってある」
「ーーっ」

 正論過ぎる意見に、衝動が砕け散った。同時に気持ちが落ち着いて、冷静さを取り戻す。

「……すまない。取り乱した」
「仲間の窮地となれば取り乱して当然だ。けれど、だからこそ確実に助けられる案を探そう」
「アシュフォードの言う通りですね。ラルダさんのお仲間兼重要な情報提供者を、見殺しにするつもりはありません」

 クリフさんの同意に、他の三人も頷いてくれた。その頷きに、私とルゼフは安堵した。再び席に着くと、クリフさんはスティーブとのやり取りを教えてくれた。

「元々ネルソン伯爵には、オブタリア公爵が関与した暗殺依頼の証拠を提供してもらうつもりでした」

 賄賂や権力といった根回しにより、サルバドールが暗殺を計画したことを立証するのは不可能に近いことだった。

「ラジャン子爵と取引をしたことで、入手することができたと」
「ギレルモと……」

 スティーブは私の知らないところで、動き続けていた。この事実が、嬉しさと申し訳なさで私の胸を締め付けた。

「……どうりで、忙しいわけですね」
「……あぁ」

 手紙が来なかった本当の理由は、一人で貴族派を潰すために動いていたからだった。

「勇敢な男だな、ネルソン伯爵は」
「……本当に、自慢の仲間だ」

 アシュフォードの声に頷く。何としてでも助けなければ。

「気休め程度に聞いていただければと思いますが、ネルソン伯爵はそう簡単に殺されないと思います」
「クリフさん……」

 にこりと微笑むクリフさんが並べた理由は、どれも筋の通ったものだった。

「貴族派内での地位が高いことはもちろん、彼は数すくない優秀な医者ですから。オブタリア公爵にとっても、簡単に殺せるような相手ではありませんし、何より我々がやり取りをしていたと言う確固たる証拠はありません」
「時間は限られているが、あるということだな」
「はい」

 限られているとはいえ、生きてさえいてくれれば助けられる。ぐっと胸の前の服を掴むと、また新たな騎士がノック音と共に書斎へやってきた。

「ご報告申し上げます。団長、お客様がお見えです」
「悪いが帰ってもらえ。今は客をもてなす余裕はない」

 来客の予定はないようで、突然現れたお客様だというのは明らかだった。

「それが……」
「何か問題があるのか」

 騎士が困惑した顔をしながら、強烈な情報を伝えた。

「来客者は、帝国の大公殿下オレリアン・ノワール様です」
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

処理中です...