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40.手紙の理由
しおりを挟むサルバドールが動き出した。
その詳細について、ローレンさんは説明し始めた。
「アシュフォード様が出立される前に命じられた通り、ロザク様が救った者を極秘で調査していたのですが、懸念されたように、貴族派に情報を売った者が現れました」
「「「!!」」」
(……仕方のないことだな)
書斎が驚きに包まれる中、私は静かに目を伏せた。全員が全員、殺さなかったことを恩義に感じるわけではない。
「貴族派に殺さない暗殺が知られたとなれば、ラルダが生きている可能性が追われ始めるというわけだが……ローレン。動き出したとはこのことか」
「はい」
ぎゅっと手のひらを強く握る。因縁の相手を欺く術が一つ減ってしまった。
「オブタリア公爵は現在、秘密裏にロザク様を捜索中です」
「ヴォルティス侯爵家にどれほど疑いの目を向けているかはわかるか?」
「現状はそこまで濃くありません。何せ、ヴォルティス侯爵家に死体があったことは事実ですので」
偽装死体が役に立っていることに加えて、殺しにかかった人間をアシュフォードが匿っているとは考えていないというのがローレンさんの意見だった。
報告が落ち着くと、クリフさんが振り向いてローレンさんに尋ねた。
「ローレン。私のお使いは済みましたか?」
クリフさんが頼んだお使いというのは、貴族派の協力者との接触だという。
「クリフ様。その件ですが、実は想定外のことが」
「想定外のこと、ですか」
「はい。約束の場所に現れなかったので、相手の屋敷まで訪問しようとしたのですが、何者かによって連行されてしまいました」
「連行……行き先は」
「オブタリア公爵家です」
「あまり良くない状況ですね」
協力者が情報を漏洩する前に回収されたと考えるのが自然だ。
「……すみません」
すっと手を上げると、ルゼフはローレンさんの方を見た。
「いかがなさいましたか?」
「その協力者の名前を、教えてもらえたりできますか」
「それは……」
「構いませんよ、ローレン」
クリフさんが、ルゼフのことを簡潔的に紹介する。王家派の助力だとわかると、ローレンさんは詳細を語り始めた。
「名はネルソン伯爵です。貴族派では高位の立場にいる、医者の家系のーー」
協力者の情報が言い終わる前に、私は反射的に立ち上がって飛び出そうとした。それをルゼフに止められる。
「どけ、ルゼフ!!」
「落ち着いてください!! どいたらオブタリア公爵家に行くでしょう!」
「当たり前だ!」
心のどこかで、スティーブは無事だと思っていた。けれど、貴族派の協力者と聞いて嫌な予感が生まれたのはルゼフだけじゃない。私もだった。
「ラルダ、どうした」
アシュフォードは立ち上がると、心配そうな声色で私の肩に触れた。前にはルゼフがいるため、とてもじゃないが身動きが取れなかった。
「スティーブさん……ネルソン伯爵は俺達の仲間です。死体を用意してくれたのは彼です」
「「「!!」」」
サルバドールが何をどこまで知っているのかはわからない。スティーブが協力者として、何をしたかったのかは知らない。
ただ、唯一わかるのは、スティーブの身に危険が迫っているということだけだった。
「アシュフォード、私はスティーブを助けに行く」
「……駄目だ。いくらラルダでも、今敵陣に飛び込むのは得策じゃない。それに、罠の可能性だってある」
「ーーっ」
正論過ぎる意見に、衝動が砕け散った。同時に気持ちが落ち着いて、冷静さを取り戻す。
「……すまない。取り乱した」
「仲間の窮地となれば取り乱して当然だ。けれど、だからこそ確実に助けられる案を探そう」
「アシュフォードの言う通りですね。ラルダさんのお仲間兼重要な情報提供者を、見殺しにするつもりはありません」
クリフさんの同意に、他の三人も頷いてくれた。その頷きに、私とルゼフは安堵した。再び席に着くと、クリフさんはスティーブとのやり取りを教えてくれた。
「元々ネルソン伯爵には、オブタリア公爵が関与した暗殺依頼の証拠を提供してもらうつもりでした」
賄賂や権力といった根回しにより、サルバドールが暗殺を計画したことを立証するのは不可能に近いことだった。
「ラジャン子爵と取引をしたことで、入手することができたと」
「ギレルモと……」
スティーブは私の知らないところで、動き続けていた。この事実が、嬉しさと申し訳なさで私の胸を締め付けた。
「……どうりで、忙しいわけですね」
「……あぁ」
手紙が来なかった本当の理由は、一人で貴族派を潰すために動いていたからだった。
「勇敢な男だな、ネルソン伯爵は」
「……本当に、自慢の仲間だ」
アシュフォードの声に頷く。何としてでも助けなければ。
「気休め程度に聞いていただければと思いますが、ネルソン伯爵はそう簡単に殺されないと思います」
「クリフさん……」
にこりと微笑むクリフさんが並べた理由は、どれも筋の通ったものだった。
「貴族派内での地位が高いことはもちろん、彼は数すくない優秀な医者ですから。オブタリア公爵にとっても、簡単に殺せるような相手ではありませんし、何より我々がやり取りをしていたと言う確固たる証拠はありません」
「時間は限られているが、あるということだな」
「はい」
限られているとはいえ、生きてさえいてくれれば助けられる。ぐっと胸の前の服を掴むと、また新たな騎士がノック音と共に書斎へやってきた。
「ご報告申し上げます。団長、お客様がお見えです」
「悪いが帰ってもらえ。今は客をもてなす余裕はない」
来客の予定はないようで、突然現れたお客様だというのは明らかだった。
「それが……」
「何か問題があるのか」
騎士が困惑した顔をしながら、強烈な情報を伝えた。
「来客者は、帝国の大公殿下オレリアン・ノワール様です」
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