上 下
31 / 60

30.届かない声(アシュフォード視点)

しおりを挟む



 オブタリア公爵が女性を撃った。二回の銃撃音がした瞬間から、ラルダの様子がおかしくなってしまった。異常なほど危険な空気をまとい始め、何かに呑み込まれそうなほど強い殺気を放ち始めた。

(ラルダ……?)

 不安になりながら見つめていれば、次の瞬間、ラルダは勢いよく飛び出そうとした。

「ラルダ……‼」
(何を考えているんだ! 今姿を現して得することは何もない‼)

 オブタリア公爵に聞こえない中での最大限の声を出しながら、ラルダを引き止める。気の迷いかと思えば、放たれたのは恐ろしいほど冷え切った声だった。

「離せ」

 これは、絶対に離しはいけない。直感的に強くそう思うと、ラルダをさらに抱き寄せて身動きを取れなくする。

「ラルダ、落ち着け……‼」

 まるで別人のようなほど、憎悪に満ちた視線をオブタリア公爵へ向けている。俺の声など一切届かないようで、少しも反応がない。抱きしめた腕をはがそうと、容赦ない力で抵抗される。

「くそっ」

 これ以上呼びかけても、正気にならないと確信した。ここで俺達がやり合えば、二人揃ってオブタリア公爵に見つかる危険性がある。そう判断すると、俺はラルダの首に衝撃を与え手気絶させた。

「……すまない、ラルダ」

 そしてそのまま抱き変えると、急いでオブタリア公爵から距離を取るのだった。


 
 致し方ない状況とは言え、惚れた女に攻撃を仕掛けるのには抵抗があった。

(……加減はしたが、痛めていないだろうか)

 そんな不安を抱きながら、ラルダを抱えたままサンゴへと向かった。裏口にたどり着くと、勢いよく扉を開く。するとそこには、ラルダの協力者である女性が立っていた。

「ロジー!?」
「すまない、彼女を休ませてくれないだろうか」
「……わかったわ」

 抱きかかえているとはいえ、気を失ったラルダと得体のしれない男だ。女性が警戒するのもわかる。どうにか焦りが伝わったのか、中に入れてもらうことができた。
 
 女性にベッドを用意してもらうと、俺はラルダをそこにそっと寝かせた。心配が残るが、ひとまずは退室して女性と話すことになった。

「もう会わないと思っていたけど、こうなった以上腹を割って話しましょう」
「あぁ」
「私はオデッサよ。この港町を仕切っているわ」
「貴女がオデッサか……」

 昔、王子殿下の護衛で港町に来た時に、港町を仕切っているのは女性だと教えられたことを思い出した。

「……俺はアシュフォードだ」
「アシュフォード? 英雄と同じ名前なのね」
「同じではない。アシュフォード・ヴォルティス、本物だ」
「‼」

 オデッサは驚愕した様子で俺を見ていた。どうやらラルダは、俺の正体を伝えていたらしい。

「英雄って………………」

 少しの間オデッサは考え込んでいたが、深くため息を吐くと、納得したような様子を見せた。

「なるほど。どおりでロジーが逃げられないわけね……それにロザクとラルダ両方の名前まで知っている。……やっと腑に落ちたわ」

 整理がついた様子のオデッサは、テーブルに肘をついてにっこりと笑った。

「それで英雄さん。うちのロジーに何をしてくれたのかしら?」
「誤解だ。気を失わせたのは俺だが――」
「何ですって。求婚した相手に暴力をふるったの?」
「いや、これには理由が」

 しまった。話す順序を間違えてしまった。オデッサからは、軽蔑するような眼差しを向けられる。

「……サルバドール・オブタリアに遭遇した」
「‼」
「そこにはブッチー子爵と、ここの従業員二名もいた」
「ブッチー子爵……じゃああの男がサルバドールなの……!?」

 オデッサの方でも何かが起こっていたようだが、情報の整理が進んだようだ。そして、真顔で尋ねられる。

「アニーとマリー……二人は今どこ?」

 視線から怒りが放たれている辺り、潜入者だということは知っているようだった。

「……死んだ」
「死んだ、ですって?」
「サルバドールに撃たれたんだ」
「何てこと……」

 ぐっと怒りを握り締めるオデッサ。処遇をするにしろ、殺すことは頭になかったのだろう。

「問題はラルダだ。銃声を聞いた後、人が変わったように……我を失ったように殺気を放ち始めた」
「ロジーが……」

 あの殺気は、間違いなく強力なものだった。それと同時に、周りはまるで見えなくなっていた。

「……それを助けてくれたのね。ありがとう英雄さん。ロジーを止めてくれて」
「……」

 確かに俺はあの時ラルダを止めた。しかし、今考え直してみれば、それでよかったのかと悩みが生まれる。

(俺はラルダの過去を何も知らない。サルバドールとの関係も。……何も知らない俺が、ラルダの復讐の機会を奪ってよかったのだろうか)

 ぐっと噛み締めながら考え込めば、オデッサに呼ばれる。

「ねぇ、英雄さん。ロジーの過去に興味はある?」
「……」
「あのロジーを止めた英雄さんには、知る権利があると思うのよ」
「……そうか」
「私が知る限りでいいのなら話すわ。……貴方なら、ロジーを本当に止められるかもしれない」

 そう呟くオデッサの瞳は、どこか苦しそうなものだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

役立たずの私はいなくなります。どうぞお幸せに

Na20
恋愛
夫にも息子にも義母にも役立たずと言われる私。 それなら私はいなくなってもいいですよね? どうぞみなさんお幸せに。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...