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30.届かない声(アシュフォード視点)
しおりを挟むオブタリア公爵が女性を撃った。二回の銃撃音がした瞬間から、ラルダの様子がおかしくなってしまった。異常なほど危険な空気をまとい始め、何かに呑み込まれそうなほど強い殺気を放ち始めた。
(ラルダ……?)
不安になりながら見つめていれば、次の瞬間、ラルダは勢いよく飛び出そうとした。
「ラルダ……‼」
(何を考えているんだ! 今姿を現して得することは何もない‼)
オブタリア公爵に聞こえない中での最大限の声を出しながら、ラルダを引き止める。気の迷いかと思えば、放たれたのは恐ろしいほど冷え切った声だった。
「離せ」
これは、絶対に離しはいけない。直感的に強くそう思うと、ラルダをさらに抱き寄せて身動きを取れなくする。
「ラルダ、落ち着け……‼」
まるで別人のようなほど、憎悪に満ちた視線をオブタリア公爵へ向けている。俺の声など一切届かないようで、少しも反応がない。抱きしめた腕をはがそうと、容赦ない力で抵抗される。
「くそっ」
これ以上呼びかけても、正気にならないと確信した。ここで俺達がやり合えば、二人揃ってオブタリア公爵に見つかる危険性がある。そう判断すると、俺はラルダの首に衝撃を与え手気絶させた。
「……すまない、ラルダ」
そしてそのまま抱き変えると、急いでオブタリア公爵から距離を取るのだった。
致し方ない状況とは言え、惚れた女に攻撃を仕掛けるのには抵抗があった。
(……加減はしたが、痛めていないだろうか)
そんな不安を抱きながら、ラルダを抱えたままサンゴへと向かった。裏口にたどり着くと、勢いよく扉を開く。するとそこには、ラルダの協力者である女性が立っていた。
「ロジー!?」
「すまない、彼女を休ませてくれないだろうか」
「……わかったわ」
抱きかかえているとはいえ、気を失ったラルダと得体のしれない男だ。女性が警戒するのもわかる。どうにか焦りが伝わったのか、中に入れてもらうことができた。
女性にベッドを用意してもらうと、俺はラルダをそこにそっと寝かせた。心配が残るが、ひとまずは退室して女性と話すことになった。
「もう会わないと思っていたけど、こうなった以上腹を割って話しましょう」
「あぁ」
「私はオデッサよ。この港町を仕切っているわ」
「貴女がオデッサか……」
昔、王子殿下の護衛で港町に来た時に、港町を仕切っているのは女性だと教えられたことを思い出した。
「……俺はアシュフォードだ」
「アシュフォード? 英雄と同じ名前なのね」
「同じではない。アシュフォード・ヴォルティス、本物だ」
「‼」
オデッサは驚愕した様子で俺を見ていた。どうやらラルダは、俺の正体を伝えていたらしい。
「英雄って………………」
少しの間オデッサは考え込んでいたが、深くため息を吐くと、納得したような様子を見せた。
「なるほど。どおりでロジーが逃げられないわけね……それにロザクとラルダ両方の名前まで知っている。……やっと腑に落ちたわ」
整理がついた様子のオデッサは、テーブルに肘をついてにっこりと笑った。
「それで英雄さん。うちのロジーに何をしてくれたのかしら?」
「誤解だ。気を失わせたのは俺だが――」
「何ですって。求婚した相手に暴力をふるったの?」
「いや、これには理由が」
しまった。話す順序を間違えてしまった。オデッサからは、軽蔑するような眼差しを向けられる。
「……サルバドール・オブタリアに遭遇した」
「‼」
「そこにはブッチー子爵と、ここの従業員二名もいた」
「ブッチー子爵……じゃああの男がサルバドールなの……!?」
オデッサの方でも何かが起こっていたようだが、情報の整理が進んだようだ。そして、真顔で尋ねられる。
「アニーとマリー……二人は今どこ?」
視線から怒りが放たれている辺り、潜入者だということは知っているようだった。
「……死んだ」
「死んだ、ですって?」
「サルバドールに撃たれたんだ」
「何てこと……」
ぐっと怒りを握り締めるオデッサ。処遇をするにしろ、殺すことは頭になかったのだろう。
「問題はラルダだ。銃声を聞いた後、人が変わったように……我を失ったように殺気を放ち始めた」
「ロジーが……」
あの殺気は、間違いなく強力なものだった。それと同時に、周りはまるで見えなくなっていた。
「……それを助けてくれたのね。ありがとう英雄さん。ロジーを止めてくれて」
「……」
確かに俺はあの時ラルダを止めた。しかし、今考え直してみれば、それでよかったのかと悩みが生まれる。
(俺はラルダの過去を何も知らない。サルバドールとの関係も。……何も知らない俺が、ラルダの復讐の機会を奪ってよかったのだろうか)
ぐっと噛み締めながら考え込めば、オデッサに呼ばれる。
「ねぇ、英雄さん。ロジーの過去に興味はある?」
「……」
「あのロジーを止めた英雄さんには、知る権利があると思うのよ」
「……そうか」
「私が知る限りでいいのなら話すわ。……貴方なら、ロジーを本当に止められるかもしれない」
そう呟くオデッサの瞳は、どこか苦しそうなものだった。
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