24 / 60
23.隠せないもの(アシュフォード視点)
しおりを挟む不覚だった。ラルダがあんなに可愛い声を出せるだなんて、思いもしなかったのだ。
(あんな可愛い声を出せるなんて反則だろう)
驚いた、その一瞬の隙をついて逃げ出されてしまった。
(動揺しすぎて見失ったな……)
小さくため息をつくものの、悪い事ばかりではない。港町にいるという予測は当たったので、後はどうにかラルダを捕まえるだけなのだ。
(まさか三回も撒かれるとは……予想外だ)
強いとは思っていたが、その実力は武力だけに留まらなかった。気配を消して姿をくらませる技術や、窮地に陥ってもとっさの機転で乗り切る判断力など、どれをとっても一流と言えるほどの実力者だった。
悲鳴をあげて逃げられた後、どうにか気配をたどろうとしていたが、完全に見失ってしまった。
日が落ちて夜になってしまった以上、捜索は明日へと持ち越すのだった。
翌朝。目が覚めると、まだ空が薄暗い朝だった。日が昇っていない分肌寒い。
(町を出るとしたら早朝だと思うが……さすがにまだ滞在するか)
あらゆる予測を立てながら宿を出ると、港町を探索し始めた。昨日は到着したばかりで、あまり見て回ることができなかった。
(ここに来るのは二回目だな)
辺りを見回せば、早朝にもかかわらず活気にあふれている様子だった。
(もう屋台は開店しているのか。朝から賑わっているな)
辺りを見渡せば、ほとんどの屋台が営業中だった。既に客が並んでいる屋台もあれば、店先で食している客もいた。
(……俺も何か食べるか)
そう言えば朝食はまだ取っていない。腹ごしらえをして準備を整えておくことも、ラルダを捕まえやすくなることに繋がるはずだ。
(どれも美味しそうだな)
ちらちらと屋台を見ながら進んでいれば、前方向に惹き付けられる気配を感じた。
「!!」
ばっと集中して観察すれば、そこには二人組の女性がいた。一人は少し派手な港町に馴染む格好で、もう一人は店の制服を着ているがどこか地味な印象を受ける格好をしていた。
一見すると、港町にいるただの従業員にしか見えない。気配もラルダらしきものはあまり感じられない。
(……気配を隠しても、ボロが出てるぞ。ラルダ)
しかし従業員は大きな荷物を片手で持っていたのだ。普通の従業員、それも女性であれば、到底不可能な技だろう。
(いくら服装を変えても、背や骨格は隠せない)
じっと見つめた結果、ラルダと目が合う。その瞬間、彼女は隣にいた女性を掴んで一目散に走り出した。
(逃がすか……!!)
俺もそれに負けずと追い始める。見失わないように、視界と気配を駆使してラルダの追跡をする。道を曲がったところで姿は見えなくなってしまったが、気配は感知したままだった。
屋台通りの外れにたどり着くと、微弱ながらもラルダらしき気配を感じ取った。
(この先の店のどこかに、ラルダがいる)
集中してラルダの気配を追おうとした瞬間、店の中から従業員の姿をした人物が飛び出して来た。そしてそのまま全速力で駆け抜ける。
(あの服はさっきラルダが着ていた……おまけに気配もある)
ラルダの気配は焦りからか、薄まっていたものが濃くなっていた。急いで彼女の後を追い掛ける。ラルダはなかなかの俊足だが、俺だって負けていない。
徐々に距離を詰めた瞬間、手を伸ばしてラルダの腕を掴んだ。
「ラルダ!!」
「……」
「!?」
振り向いた女性は、ラルダではなかった。
「……すまない、人違いをしたようだ」
(……早とちりし過ぎたか)
慌てて腕を放す。ひとまず今来た道を戻ろうとすれば、女性が声を漏らした。
「やだ、イケメンじゃない」
「……」
どう反応すべきか悩むと、彼女は一人言を漏らし始めた。
「こんなイケメン、ロジーったら何が悪いのかしら」
「ロジー……」
(……ロジーはラルダのことか?)
よく見てみれば、彼女と同じ格好と髪型をしている。この時点で、目の前の女性が ラルダと繋がりがあると考えられる。
「ラルダはどこにいる」
「あら。人から無料で情報を得ようとしているの?」
「……いくらだ」
「交渉材料はお金しかないの? 単純なのね」
まさかそんな返しをされるとは思わず、腰に伸ばした手を止めてしまう。
「単純な男はロジーに似合わないと思うんだけど」
(言ってくれるな……)
挑発されているとわかっていても、気分は良くなかった。
「なんてね、冗談よ。ロジーに惚れた人がどんな人なのか気になったの。ちょっと意地悪しすぎたかしら」
「……そう思うなら答えてくれ。ラルダは今どこにいる?」
「ふふっ。そう焦らないでくれる? そもそも、私が何者か知らないで聞くのは危険なんじゃないかしら。私の言うロジーと、貴方の言うラルダは別人かもしれないわよ」
「……」
彼女の言い分は筋が通っていた。的確に痛いところを突かれると、少し落ち着くことにした。
交渉材料はお金しかないことを笑われたが、実際他に何もなかった。腰に手を伸ばし、お金の入った袋を取った。そして、そのまま袋を女性に突き付ける。
「……冗談とは言ったけど、情報を買うつもり?」
「俺にとっては金に代えがたい価値のある情報だ。今手持ちがこれだけしかないのが悔やまれるほどに」
「……ふふっ。面白いわね。いいわよ。答えてあげる」
女性はお気に召したようで、袋を手に取った。
「……ロジーとはロザクのことだな」
「まぁ、そうね」
「貴女とラルダの関係はなんだ」
「旧友よ。飛びきり仲が良いの」
「旧友……」
「えぇ。ロザクとラルダという二つの名前を知っているなら、あの子が殺さない暗殺をしてるくらい知っているでしょう?」
「当然だ」
くすりと笑う女性は、自分は協力者だと名乗った。
「私はロジーの手助けをしていたのよ。海の向こうに逃がすのは私の役目なの」
「……そういうことか」
目の前にいる女性の素性はわからないが、ラルダが先程まで身にまとっていた服を着ている時点で、仲間という説得力はあった。
「それならラルダの場所がわかるはずだ。……彼女は今どこにいる?」
最後の質問のつもりで尋ねれば、女性はにっと笑った。
「貴方の予想通り、私達は確かに入れ替わったわ」
「……」
「私の役目は、貴方の気を引き付けること。その間にロジーを逃がすためにね」
「……何が言いたい?」
「あら、わからないの? 私は貴方の足止めをしてたの。この町を出ていくロジーの……ラルダの時間を稼ぐためにね」
「!!」
まさかそこまで目の前の女性に意味があったとは。
「くそっーー」
「これは返すわ」
「……何の真似だ」
来た道を戻ろうとすれば、腕を掴まれて袋を手に戻される。
「交渉の文句は気に入ったけど、一つ落ち度があるわよ」
「……」
「それは私が事実を教えるに値する人間か、わからないまま情報を買おうとしたこと」
「!!」
「今までの話をどこまで信じるかは任せるけど、あくまでも私の役目は足止めだから。貴方の決めた価値に見合う情報を提供したとは思えないの。だから返すわ」
「……そうか」
パシッと袋を受け取る。
楽しそうに微笑む女性に完敗したことだけは理解した。悔しさに浸るよりも前に、急いでラルダを見つけに戻るのだった。
3
お気に入りに追加
353
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。
そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。
ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。
そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……?
※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる