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23.隠せないもの(アシュフォード視点)

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 不覚だった。ラルダがあんなに可愛い声を出せるだなんて、思いもしなかったのだ。

(あんな可愛い声を出せるなんて反則だろう)

 驚いた、その一瞬の隙をついて逃げ出されてしまった。

(動揺しすぎて見失ったな……)

 小さくため息をつくものの、悪い事ばかりではない。港町にいるという予測は当たったので、後はどうにかラルダを捕まえるだけなのだ。

(まさか三回も撒かれるとは……予想外だ)

 強いとは思っていたが、その実力は武力だけに留まらなかった。気配を消して姿をくらませる技術や、窮地に陥ってもとっさの機転で乗り切る判断力など、どれをとっても一流と言えるほどの実力者だった。

 悲鳴をあげて逃げられた後、どうにか気配をたどろうとしていたが、完全に見失ってしまった。

 日が落ちて夜になってしまった以上、捜索は明日へと持ち越すのだった。



 翌朝。目が覚めると、まだ空が薄暗い朝だった。日が昇っていない分肌寒い。

(町を出るとしたら早朝だと思うが……さすがにまだ滞在するか)

 あらゆる予測を立てながら宿を出ると、港町を探索し始めた。昨日は到着したばかりで、あまり見て回ることができなかった。

(ここに来るのは二回目だな)

 辺りを見回せば、早朝にもかかわらず活気にあふれている様子だった。

(もう屋台は開店しているのか。朝から賑わっているな)

 辺りを見渡せば、ほとんどの屋台が営業中だった。既に客が並んでいる屋台もあれば、店先で食している客もいた。

(……俺も何か食べるか)

 そう言えば朝食はまだ取っていない。腹ごしらえをして準備を整えておくことも、ラルダを捕まえやすくなることに繋がるはずだ。

(どれも美味しそうだな)

 ちらちらと屋台を見ながら進んでいれば、前方向に惹き付けられる気配を感じた。

「!!」

 ばっと集中して観察すれば、そこには二人組の女性がいた。一人は少し派手な港町に馴染む格好で、もう一人は店の制服を着ているがどこか地味な印象を受ける格好をしていた。

 一見すると、港町にいるただの従業員にしか見えない。気配もラルダらしきものはあまり感じられない。

(……気配を隠しても、ボロが出てるぞ。ラルダ)

 しかし従業員は大きな荷物を片手で持っていたのだ。普通の従業員、それも女性であれば、到底不可能な技だろう。

(いくら服装を変えても、背や骨格は隠せない)

 じっと見つめた結果、ラルダと目が合う。その瞬間、彼女は隣にいた女性を掴んで一目散に走り出した。

(逃がすか……!!)

 俺もそれに負けずと追い始める。見失わないように、視界と気配を駆使してラルダの追跡をする。道を曲がったところで姿は見えなくなってしまったが、気配は感知したままだった。

 屋台通りの外れにたどり着くと、微弱ながらもラルダらしき気配を感じ取った。
 
(この先の店のどこかに、ラルダがいる)

 集中してラルダの気配を追おうとした瞬間、店の中から従業員の姿をした人物が飛び出して来た。そしてそのまま全速力で駆け抜ける。

(あの服はさっきラルダが着ていた……おまけに気配もある)

 ラルダの気配は焦りからか、薄まっていたものが濃くなっていた。急いで彼女の後を追い掛ける。ラルダはなかなかの俊足だが、俺だって負けていない。

 徐々に距離を詰めた瞬間、手を伸ばしてラルダの腕を掴んだ。

「ラルダ!!」
「……」
「!?」

 振り向いた女性は、ラルダではなかった。

「……すまない、人違いをしたようだ」
(……早とちりし過ぎたか)

 慌てて腕を放す。ひとまず今来た道を戻ろうとすれば、女性が声を漏らした。

「やだ、イケメンじゃない」
「……」

 どう反応すべきか悩むと、彼女は一人言を漏らし始めた。

「こんなイケメン、ロジーったら何が悪いのかしら」
「ロジー……」
(……ロジーはラルダのことか?)

 よく見てみれば、彼女と同じ格好と髪型をしている。この時点で、目の前の女性が ラルダと繋がりがあると考えられる。

「ラルダはどこにいる」
「あら。人から無料で情報を得ようとしているの?」
「……いくらだ」
「交渉材料はお金しかないの? 単純なのね」

 まさかそんな返しをされるとは思わず、腰に伸ばした手を止めてしまう。

「単純な男はロジーに似合わないと思うんだけど」
(言ってくれるな……)

 挑発されているとわかっていても、気分は良くなかった。

「なんてね、冗談よ。ロジーに惚れた人がどんな人なのか気になったの。ちょっと意地悪しすぎたかしら」
「……そう思うなら答えてくれ。ラルダは今どこにいる?」
「ふふっ。そう焦らないでくれる? そもそも、私が何者か知らないで聞くのは危険なんじゃないかしら。私の言うロジーと、貴方の言うラルダは別人かもしれないわよ」
「……」

 彼女の言い分は筋が通っていた。的確に痛いところを突かれると、少し落ち着くことにした。

 交渉材料はお金しかないことを笑われたが、実際他に何もなかった。腰に手を伸ばし、お金の入った袋を取った。そして、そのまま袋を女性に突き付ける。

「……冗談とは言ったけど、情報を買うつもり?」
「俺にとっては金に代えがたい価値のある情報だ。今手持ちがこれだけしかないのが悔やまれるほどに」
「……ふふっ。面白いわね。いいわよ。答えてあげる」

 女性はお気に召したようで、袋を手に取った。

「……ロジーとはロザクのことだな」
「まぁ、そうね」
「貴女とラルダの関係はなんだ」
「旧友よ。飛びきり仲が良いの」
「旧友……」
「えぇ。ロザクとラルダという二つの名前を知っているなら、あの子が殺さない暗殺をしてるくらい知っているでしょう?」
「当然だ」

 くすりと笑う女性は、自分は協力者だと名乗った。

「私はロジーの手助けをしていたのよ。海の向こうに逃がすのは私の役目なの」
「……そういうことか」

 目の前にいる女性の素性はわからないが、ラルダが先程まで身にまとっていた服を着ている時点で、仲間という説得力はあった。

「それならラルダの場所がわかるはずだ。……彼女は今どこにいる?」

 最後の質問のつもりで尋ねれば、女性はにっと笑った。

「貴方の予想通り、私達は確かに入れ替わったわ」
「……」
「私の役目は、貴方の気を引き付けること。その間にロジーを逃がすためにね」
「……何が言いたい?」
「あら、わからないの? 私は貴方の足止めをしてたの。この町を出ていくロジーの……ラルダの時間を稼ぐためにね」
「!!」

 まさかそこまで目の前の女性に意味があったとは。

「くそっーー」
「これは返すわ」
「……何の真似だ」

 来た道を戻ろうとすれば、腕を掴まれて袋を手に戻される。

「交渉の文句は気に入ったけど、一つ落ち度があるわよ」
「……」
「それは私が事実を教えるに値する人間か、わからないまま情報を買おうとしたこと」
「!!」
「今までの話をどこまで信じるかは任せるけど、あくまでも私の役目は足止めだから。貴方の決めた価値に見合う情報を提供したとは思えないの。だから返すわ」
「……そうか」

 パシッと袋を受け取る。

 楽しそうに微笑む女性に完敗したことだけは理解した。悔しさに浸るよりも前に、急いでラルダを見つけに戻るのだった。

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