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29.二人の隠密行動
しおりを挟むサルバドールにはとても視察をしている様子はなかった。どこか明確な場所へ向かっているようだ。
「アシュフォード。奴がここにいるのに、心当たりはないのか」
「ないな。……サルバドールはロザクを失って静かにしていたと思ったんだが……港町に何の用だ?」
悩む姿を見ると、アシュフォードでさえもここにサルバドールがいることは予想外のようだ。
「まさかロザクを追って」
「その可能性はない。君が生きていることはヴォルティス侯爵家でかん口令を敷いている。口外する者はいない」
アシュフォードは力強く断言した。サルバドール及び貴族派は絶対にロザクが死んだと思っているとまで言い切った。
「だから安心してくれ」
「……礼を言うべきなのかわからないが、感謝する」
「ははっ。戸惑う姿も可愛いな」
(こいつ、今何をしているのかわかっているのか?)
尾行という重要な行動の最中に口説く奴がどこにいる。呆れたくなる気持ちを抑えながら、サルバドールの後ろ姿に集中した。
「……路地に入ったな」
「あの先には何があるんだ?」
「何もない。人も寄り付かない場所だ」
「……悪だくみをするならもってこい、ということか」
アシュフォードの疑問に答えながら、サルバドールのがあの場で何をしているのか推測をし始めた。
(誰かに会いに行くのか……)
じっと見つめていれば、アシュフォードが強く手を引いた。
「行くぞ」
「いや、もう少し間隔を空けて――」
「見失う前に急ぐぞ」
「おいっ……!」
(やっぱり一人でやるべきだった……!)
尾行と言っても人によってやり方は異なるだろう。距離の詰め方だってそうだ。アシュフォードが勢いよく走り出す中、私は一人でため息をつくのだった。
サルバドールの後を追って裏路地に入っていく。ここから先は屋台も店もなく、薄暗くて人の寄り付かない場所だ。やはり人の気配はまるでない。しかし、サルバドールは躊躇いなく進んでいった。その後をアシュフォードと息を潜めて追う。すると、それぞれ男に腕を掴まれた二人の女性と高貴そうな小太りの男が姿を現した。
(あれはサンゴの制服だ)
捕らえられてる女性は、サンゴの従業員で間違いない。一人は髪をお団子にまとめた女性。もう一人は後ろで結んだ女性だった。
「公爵様。この度は大変申し訳ございません」
「ブッチー子爵……」
(あれがブッチー子爵……)
へこへこと頭を下げるブッチー子爵。何か問題があったようだ。
「黒髪の女をサンゴで見た、というのは虚偽の報告になるな」
「も、申し訳ございません! ですが確かにこの女から報告を受けたのです‼」
(黒髪の女……‼)
思わず目を見開いてしまう。まさかそんな報告をされていたとは予想もしなかった。
(だから急遽ここに来たのか)
アシュフォードばかりに気を取られていたが、思い返せばサンゴに到着したばかりの頃はローブだったので、黒髪を見られている可能性は否定できなかった。サンゴの従業員であればなおさらだ。
(お団子の彼女は確か、初日に食事の時間を教えてくれた……)
女性の方を観察すれば、一人の顔には見覚えがあった。すると、そのお団子の女性がもう片方をかばうように声を上げた。
「こ、公爵様‼ 私は確かに黒髪の女性がサンゴの最上階で過ごしているのをこの目で見たのです‼」
「だがいなかった。女主人に部屋を案内されたが、そこには誰かがいた痕跡はまるでなかった。違うか? 子爵」
「そ、その通りでございます」
(オデッサ……)
サンゴは窮地に陥ったにも関わらず、オデッサの機転で切り抜けたようだった。
「あの場に黒髪の女はいなかった。これが事実だ。……ブッチー子爵。どうしてくれようか」
サルバドールは成果が得られなかったからか、苛立ちをあらわにしていた。尋常ではないほどの圧がその場に発せられ、子爵はだらだらと汗をかき始めた。
「こ、公爵様。報告をしたのは私です、この子は何も悪くありません。どうか妹は見逃してください……‼」
頭を地につけて謝罪を始めるお団子の女性。どうやら二人は姉妹のようだった。
(姉妹でサンゴに潜入していた……)
貴族派がサンゴに潜入する目的は、オデッサの情報を集めるためだろう。
「違います公爵様! 黒髪の女を見たのはお姉ちゃんじゃありません、私です!」
「あんたは黙ってなさい!」
(……彼女達がここにいること、オデッサは知っているのか?)
女性達に非があるは確かだ。だからこそ処遇を決める権利はオデッサにある。しかし、今始末されてしまうと、その証拠は残らないだろう。
(救出すべきか……?)
私が悩み出すと、サルバドールはため息を吐いた。
サルバドールは一切表情を変えることなく、ただ冷ややかな目で姉妹を見下ろしていた。放たれる圧は非常に強いもので、周囲のものを凍らせるほどの威圧感があふれていた。
「……一つ、重要なことを教えてやろう」
(――駄目だ、それは‼)
そう告げると、サルバドールは手を動かした。上着の内側に手を入れるのを見ると、私はこの後何が起こるか理解できた。思わず首からかけていたペンダントを握り締める。
「私は、言い訳は好まないんだ」
バンッ‼ バンッ‼
そう言い切った瞬間、サルバドールは銃を取り出して姉妹の頭を撃ち抜いた。撃たれた姉妹はパタリと倒れ、そこから血がどんどん広がり始める。
(あ……)
銃声が、忘れもしない“あの日”を引き起こした。
私の視界が赤く染まり、黒くて暗い感情に覆われる。それと同時に、私の瞳は殺気まとい始めた。
(サルバドール……お前だけは……‼)
今ここで、あいつを殺さなくては。復讐を果たさなくては。
その一色で脳内が固まると、私はサルバドール目掛けて飛び出そうとした。
「ラルダ……‼」
飛び出すことは叶わず、アシュフォードに力強く引き寄せられる。
「離せ」
かつてないほど冷たい声で放ちながら、アシュフォードの手を振り払おうとする。しかし、アシュフォードはさらに強い力で抱き締めた。
「ラルダ――‼」
アシュフォードが何か言っているが、私には届かない。彼に抵抗するように、力づくで腕を退かし始める。
「くそっ」
(邪魔だ)
今私の頭にあるのは、サルバドールの首一つだった。そのために目の前の邪魔な障害物を退かすしかない。力を込めて腕をはがし始めた、その時だった。
「……すまない、ラルダ」
アシュフォードの悲痛な声を最後に、私の視界は暗転したのだった。
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