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19.港町の友人
しおりを挟むアシュフォードを気絶させると、そのままある港町へ向かった。
(恐らくここに来るのはバレるだろうな)
モース村の先にある村は貴族派管轄の場所だった。村とは言え、万が一を考えても貴族派の関連する場所にはいかない方が良い。そこで選んだのが、同じくモース村の先にある港町だった。
(分かれ道で港町を選んだ事はすぐにわかるだろうが……人ごみに紛れれば、追跡もしにくいはずだ。……ひとまずはここで、次にどうするかを考えないと)
たどり着いたのは、港町アズーロだった。
アズーロは商人の町であり、海に面しているため漁港もある。暗殺者時代、標的が亡命を選んだ時にここを経由して他国へ流していた。私にとって馴染みのある場所だ。
(人が往来する町、アズーロ。身を隠すのに最適だな)
モース村から距離のあるアズーロに到着する頃には、すっかり夕陽が見えていた。
(ひとまず今日は宿に泊まろう。)
ローブを被り直すと、私は知り合いが営む宿“サンゴ”に向かった。
「すまない、オデッサはいるだろうか」
そう尋ねながら、一つのコインを見せた。このコインは、オデッサの知り合いという証なのだ。
「オデッサ様のお知り合いですね。ご案内いたします」
宿の受付嬢に案内されながら、地下室へと向かう。通された部屋には、キセルを手にした女性が不機嫌そうに机に座っていた。女性はすらりとした体型で、長い髪を右側に流している。
「オデッサ様。お客様です」
「帰してちょうだい。今は誰にも会いたくない気分なの」
「ですが……」
「オデッサ。私だ」
「!?」
この町に着いた時も、英雄が暗殺者を殺したと噂する声がちらほらと聞こえていた。そうすれば当然、オデッサの耳にも届いていたことだろう。
「ロジー‼」
「久しいな、オデッサ」
オデッサが私を認識したことを確認すると、受付嬢はさっと部屋から退出した。それを見てからローブを外す。
「やだロジー。あんた死んだのかとばかり」
「生きてるよ。すまないな、連絡が遅くなって」
「いいのよ、いいのよ。生きていてくれればね」
オデッサはアズーロの町で宿屋の経営や、海に出る商団を取り仕切っている。アズーロの町で間違いなく権力を持つ人物だが、表に出ることは少ない。
「相手が英雄だったでしょう? さすがのロジーでも駄目だったのかと」
「自分の死体を作ったんだ。それでどうにか目をごまかして逃げたんだが」
「何とも不謹慎ね」
「それもそうだな」
オデッサは「座って」と言って椅子を用意してくれた。
「それでアズーロに来た……にしては時系列がおかしいけど」
「アズーロの前にリセイユ村にいたんだ。そこで死の噂が広まるまで息を潜めていようと思ったんだが」
「……問題が発生したのね」
「あぁ」
勘の良いオデッサは、そのまま私が言いたいことを先回りして提案してくれた。
「それなら身を潜める場所が必要でしょ? この宿を使って。一番上なら空いてるから」
「いいのか、そんな良い場所」
「今は客が入ってないからいいのよ。私達の仲じゃない」
「ありがとう、オデッサ」
オデッサ、彼女とは孤児院で出会った古くからの友人だ。長い付き合いの為、私の暗殺事情に詳しく、亡命の時は彼女の手を借りていた。私はギレルモによって買われた訳だが、オデッサはこの港町を牛耳る女が親戚と発覚して引き取られたのだ。
「ロジー。これ、いる?」
「なんだそれ」
「商団が他国から持って帰って来たかつらなんだけど」
そういってオデッサは大量のかつらを見せてきた。
(かつらか……私の髪は困ったことに染色しても黒が目立ってしまうんだよな)
じっと見つめながら吟味する。
「……もらってもいいか?」
「えぇ、使ってちょうだい。たくさんあるから」
「……それなら、取り敢えず二つほど」
「いいわよ」
「いくらだ?」
「やだ。お金なんていらないわよ。ちょっとした土産とでも思って」
「いいのか。ありがとう、オデッサ」
「ふふっ」
本来なら、暗殺者ロザクは顔バレをしていないためかつらをかぶる必要はない。しかし、相手は顔を見られたアシュフォードなのだ。髪色を隠せば、逃げ切れるかもしれない。
「今日はゆっくり休んで。また明日、語り合いましょう」
「あぁ、色々と世話になる」
オデッサに見送られると、そのまま地下から受付へと戻った。戻る際に、もらった茶髪のかつらをかぶると、ローブを外すのだった。
(……ひとまずはここで息を潜めよう)
そのまま受付嬢に案内されながら、堂々と正規の入り口から最上階である五階の部屋へと向かった。いつもは裏口から入るため、不思議な気持ちだった。
「……広いな」
オデッサが用意された部屋は、昨日止まった宿の三倍ほどの大きさはあった。
窓を開くと、そのまま港と海が見える。この宿で一番人気の部屋らしい。
(オデッサ……逞しくなったな)
初めて出会った頃は、ずっと泣いているような普通の女の子だった。孤児院にいる子どもは、捨てられたと思うのが普通だ。オデッサも例外ではなく、悲しさから泣き続けた日もあった。歳相応の反応だと思う。
里親が私よりも先に迎えが来たオデッサの親戚のおばさんは、凄く貫禄のある人だった。貴族ではない者の、商家の娘としてアズーロで成りあがったらしい。
その跡をオデッサが継いだわけだが、上手くやっているようだ。
(夕食の準備まで時間がかかると言ってたな。少し出てくるか)
給仕の話を思い出すと、そのままかつらをかぶって宿屋から出るのだった。
(それにしても、アズーロには久しぶりに来たな)
暗殺自体が行われる中、第二の選択肢として連携を取ってはいたものの、最近の標的は皆国内潜伏を選んだのだった。それでもオデッサと文通はしていたため、親交が途切れることはなかった。
アズーロの町はいつ来ても活気づいている。ここは他国との交渉の場でもあるので、貴族派も迂闊に手を出せない場所だった。中立と言われるアズーロだが、オデッサの実家は王家派を支持している為、実質王家派の土地と言っても過言ではない。
(……服を新調するのもありだな)
ロザクらしくない格好をすれば、アシュフォードの目から逃げられる確率が上がると考えた私は、そのまま服飾店に入るのだった。
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