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13.帰って来た部下(アシュフォード視点)
しおりを挟むあり得ない。そう唖然とするのが正しい反応だろう。だが俺は、レジスを前にして何かが腑に落ちた気がした。
「レジス……本当にレジスなのですか」
「はいっ……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「何を言うんですか……!」
クリフがレジスに駆け寄る中、俺は一歩後ろでローレンの話を整理していた。
「確かに正面玄関からは連れて来れないな」
「あくまでも罪人として、周囲の目を騙しながら屋敷に入っていただきました。最近は密偵やら刺客やらが増えていると聞いていたので」
「よくやった」
「身に余る言葉です」
謙遜する態度は相変わらずだが、嬉しそうに口元を緩めていたのでよしとする。
「クリフ、レジス。そろそろ本題に入らせてくれ」
「はいっ」
「失礼しました、アシュフォード」
大事な部下が帰って来たのだ。それも死んでいたと思っていたはずの部下が。その気持ちはよくわかるが、三十分も与えたんだ。もういいだろう。
「場所を移すぞ。書斎に戻る」
地下の薄暗い場所で話を聞く趣味はない上に、久しぶりの再会はもっと明るい場所でやるべきだ。
書斎に戻ると、そこにはダテウスが待機していた。
「戻って来たかアシュフォード! 全くクリフもいないから焦ったぞ。ひとまず午前中の報告を――」
ピシッっと聞こえるはずのない音と共に、ダテウスは石のように固まった。
「え? は? ん?」
「当然の反応だが、悪いな。その下りはもうやった」
「いや待て待て待て!! と言うことは本物か! お前らにも見えているのか!? 俺が遂に幽霊が見えるようになって――」
「ほ、本物です! ダテウス様!」
「……うっ、そ、そうか」
号泣し始めるダテウスに、困惑するレジス。相手にする理由はないので、放置しながらソファーへと座った。
「レジス。できれば順を追って話してくれ」
「もちろんです」
向かい側に座るレジスの後ろでは、まだダテウスが泣いたままだった。暑苦しい奴だ。
「確かに私の暗殺依頼は実行されました。そしてロザクさんがやって来たのです」
「ロザクが」
「はい。ですが彼女は私を殺さないと断言して、見逃すとまで宣言したんです」
「「「………」」」
にわかにあり得ないことだ。暗殺者が暗殺をしないのは。
「それどころか、名前や姿を変えて生きていく道を勧めてくださいました」
「助言までしたのか」
「はい」
「つまりそれは――」
まるで最初からそうすると決めていた手口のように感じる。次の質問を投げようと思えば、ダテウスによって阻止された。
「アシュフォード! もっと気になることがあるだろう。死体はどうなってるって話だよ。俺はこの目で確認したんだ、レジス、お前の死体を!!」
「ちっ」
「おい、舌打ちしたのか今!」
そこそこ鬱陶しいダテウスを睨むと、そのまま話題を移した。
「……レジス。死体はどういうことだ」
「死体に関しては、ロザクさんの仲間がご用意すると」
「仲間……ロザクに仲間が」
「はい。私も実際にお会いして確かめたわけではありませんが、そう仰っていました」
「私も初耳です。レジス補佐官にお会いする前の調査では掴めなかった話ですので」
ローレンが断言する辺り、ロザクの仲間と言うのは知る者が限られている、もしくは存在しないことが推測できた。
「偽装死体を作って、この暗殺自体偽装した訳だが……そんなことをしてロザクに何の得がある」
「私が言われたのは、貴族派をあまりよく思っていないということです」
「「「!!」」」
その瞬間、愕然とした空気に書斎は覆われた。
貴族派を良く思っていない。それはつまり、ロザクは反貴族派であることを意味するからだ。これだけでは信じがたい情報だが、全てを繋げれば納得できるものがあった。
「……死体偽装の上に仲間がいた。おまけに反貴族派ときた。とても死んだとは思えないな」
「そうなのですか!?」
今度はレジスが驚きの声を上げる番だった。
「あぁ。あくまでも俺の推測だが」
俺はロザクが屋敷を訪れた日のことを語った。感じていた違和感をレジスから得た情報とすり合わせていった。
(この世に未練がない奴は簡単に死ぬだろう。だが、反貴族派を語って暗殺をしなかった。気まぐれと言えばそれまでだが、偽装死体を用意する辺り、計画的だ。何か確固たる意思があるようにしか思えない)
間違いない、ロザクは生きている。ここまで整理して、ようやく確信が持てた。
「気になることがあるんだけど」
沈黙を破ったのはダテウスだった。
「わざわざ偽物の死体を用意したのはわかった。……じゃあ他の暗殺はどうなんだ」
「……どちらとも言えませんね」
クリフの答えと同じ考えが過った。レジスは王家派にとって重要人物だ。だからこそ生かされたとも言える。
「そもそもレジス。どうして今姿を現したんだ?」
「それは、ロザクさんの死を聞いて。いずれは必ず戻るつもりでしたが、貴族派が混乱している今が好機だったこと。……何より、どうしても知りたかったのです。本当に死んでしまわれたのか」
レジスの意図は、もし辛うじてロザクがヴォルティス侯爵家に捕えられているのだとしたら、命の恩人として助けたいということだった。
「……レジス。お前がその噂を聞いたのはいつ頃なんだ?」
「だいたい三日前でしょうか」
「…………」
考え込むダテウスはしばらくすると「もしかしたらなんだが」と前置きをして話し始めた。
「仮に。仮にだぞ? ロザクが他にも殺さずにたくさん逃がしていたとしたら、そいつらはレジスのようにここを訪ねる可能性があるだろう」
「あるな」
何せ命の恩人だ。どうにかして助けたいとレジスのように考える者がいてもおかしくはない。
「一致するんだよ」
「何が」
「レジスが噂を耳にした時期と、不審な人物が出現し始めた時期と」
「!?」
戦う気のない、覇気のない者達。彼らは密偵……ではないとしたら?
「ダテウス、今すぐに連れてこい」
「えっ」
「間違えても正門から入れるな。ローレン、同行してくれ」
「承知いたしました」
ダテウスの引っ掛かりは、非常に重要なものだった。思ったことを何でも口にするのは、ダテウスの長所であり短所でもある。今回は前者に動いた。
(……ロザクに殺気を感じなかった違和感の答えが、わかるかもしれない)
後は答え合わせをするのみ。そう思いながら、俺は地下へ先回りをするのだった。
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