英雄侯爵様の初恋を奪ったのは優しい暗殺者でした。 ~恋愛対象は「俺より強い人」という無理難題に当てはまり、追いかけ回されています~

咲宮

文字の大きさ
上 下
14 / 60

13.帰って来た部下(アシュフォード視点)

しおりを挟む


 あり得ない。そう唖然とするのが正しい反応だろう。だが俺は、レジスを前にして何かが腑に落ちた気がした。

「レジス……本当にレジスなのですか」
「はいっ……ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「何を言うんですか……!」

 クリフがレジスに駆け寄る中、俺は一歩後ろでローレンの話を整理していた。

「確かに正面玄関からは連れて来れないな」
「あくまでも罪人として、周囲の目を騙しながら屋敷に入っていただきました。最近は密偵やら刺客やらが増えていると聞いていたので」
「よくやった」
「身に余る言葉です」

 謙遜する態度は相変わらずだが、嬉しそうに口元を緩めていたのでよしとする。

「クリフ、レジス。そろそろ本題に入らせてくれ」
「はいっ」
「失礼しました、アシュフォード」

 大事な部下が帰って来たのだ。それも死んでいたと思っていたはずの部下が。その気持ちはよくわかるが、三十分も与えたんだ。もういいだろう。

「場所を移すぞ。書斎に戻る」

 地下の薄暗い場所で話を聞く趣味はない上に、久しぶりの再会はもっと明るい場所でやるべきだ。

 書斎に戻ると、そこにはダテウスが待機していた。

「戻って来たかアシュフォード! 全くクリフもいないから焦ったぞ。ひとまず午前中の報告を――」

 ピシッっと聞こえるはずのない音と共に、ダテウスは石のように固まった。

「え? は? ん?」
「当然の反応だが、悪いな。その下りはもうやった」
「いや待て待て待て!! と言うことは本物か! お前らにも見えているのか!? 俺が遂に幽霊が見えるようになって――」
「ほ、本物です! ダテウス様!」
「……うっ、そ、そうか」

 号泣し始めるダテウスに、困惑するレジス。相手にする理由はないので、放置しながらソファーへと座った。

「レジス。できれば順を追って話してくれ」
「もちろんです」

 向かい側に座るレジスの後ろでは、まだダテウスが泣いたままだった。暑苦しい奴だ。

「確かに私の暗殺依頼は実行されました。そしてロザクさんがやって来たのです」
「ロザクが」
「はい。ですが彼女は私を殺さないと断言して、見逃すとまで宣言したんです」
「「「………」」」

 にわかにあり得ないことだ。暗殺者が暗殺をしないのは。

「それどころか、名前や姿を変えて生きていく道を勧めてくださいました」
「助言までしたのか」
「はい」
「つまりそれは――」

 まるで最初からそうすると決めていた手口のように感じる。次の質問を投げようと思えば、ダテウスによって阻止された。

「アシュフォード! もっと気になることがあるだろう。死体はどうなってるって話だよ。俺はこの目で確認したんだ、レジス、お前の死体を!!」
「ちっ」
「おい、舌打ちしたのか今!」

 そこそこ鬱陶しいダテウスを睨むと、そのまま話題を移した。

「……レジス。死体はどういうことだ」
「死体に関しては、ロザクさんの仲間がご用意すると」
「仲間……ロザクに仲間が」
「はい。私も実際にお会いして確かめたわけではありませんが、そう仰っていました」
「私も初耳です。レジス補佐官にお会いする前の調査では掴めなかった話ですので」
 
 ローレンが断言する辺り、ロザクの仲間と言うのは知る者が限られている、もしくは存在しないことが推測できた。

「偽装死体を作って、この暗殺自体偽装した訳だが……そんなことをしてロザクに何の得がある」
「私が言われたのは、貴族派をあまりよく思っていないということです」
「「「!!」」」

 その瞬間、愕然とした空気に書斎は覆われた。

 貴族派を良く思っていない。それはつまり、ロザクは反貴族派であることを意味するからだ。これだけでは信じがたい情報だが、全てを繋げれば納得できるものがあった。

「……死体偽装の上に仲間がいた。おまけに反貴族派ときた。とても死んだとは思えないな」
「そうなのですか!?」

 今度はレジスが驚きの声を上げる番だった。

「あぁ。あくまでも俺の推測だが」

 俺はロザクが屋敷を訪れた日のことを語った。感じていた違和感をレジスから得た情報とすり合わせていった。

(この世に未練がない奴は簡単に死ぬだろう。だが、反貴族派を語って暗殺をしなかった。気まぐれと言えばそれまでだが、偽装死体を用意する辺り、計画的だ。何か確固たる意思があるようにしか思えない)

 間違いない、ロザクは生きている。ここまで整理して、ようやく確信が持てた。

「気になることがあるんだけど」

 沈黙を破ったのはダテウスだった。

「わざわざ偽物の死体を用意したのはわかった。……じゃあ他の暗殺はどうなんだ」
「……どちらとも言えませんね」

 クリフの答えと同じ考えが過った。レジスは王家派にとって重要人物だ。だからこそ生かされたとも言える。

「そもそもレジス。どうして今姿を現したんだ?」
「それは、ロザクさんの死を聞いて。いずれは必ず戻るつもりでしたが、貴族派が混乱している今が好機だったこと。……何より、どうしても知りたかったのです。本当に死んでしまわれたのか」

 レジスの意図は、もし辛うじてロザクがヴォルティス侯爵家に捕えられているのだとしたら、命の恩人として助けたいということだった。

「……レジス。お前がその噂を聞いたのはいつ頃なんだ?」
「だいたい三日前でしょうか」
「…………」

 考え込むダテウスはしばらくすると「もしかしたらなんだが」と前置きをして話し始めた。

「仮に。仮にだぞ? ロザクが他にも殺さずにたくさん逃がしていたとしたら、そいつらはレジスのようにここを訪ねる可能性があるだろう」
「あるな」

 何せ命の恩人だ。どうにかして助けたいとレジスのように考える者がいてもおかしくはない。

「一致するんだよ」
「何が」
「レジスが噂を耳にした時期と、不審な人物が出現し始めた時期と」
「!?」

 戦う気のない、覇気のない者達。彼らは密偵……ではないとしたら?

「ダテウス、今すぐに連れてこい」
「えっ」
「間違えても正門から入れるな。ローレン、同行してくれ」
「承知いたしました」
 
 ダテウスの引っ掛かりは、非常に重要なものだった。思ったことを何でも口にするのは、ダテウスの長所であり短所でもある。今回は前者に動いた。

(……ロザクに殺気を感じなかった違和感の答えが、わかるかもしれない)

 後は答え合わせをするのみ。そう思いながら、俺は地下へ先回りをするのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

冷遇された聖女の結末

菜花
恋愛
異世界を救う聖女だと冷遇された毛利ラナ。けれど魔力慣らしの旅に出た途端に豹変する同行者達。彼らは同行者の一人のセレスティアを称えラナを貶める。知り合いもいない世界で心がすり減っていくラナ。彼女の迎える結末は――。 本編にプラスしていくつかのifルートがある長編。 カクヨムにも同じ作品を投稿しています。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

婚約破棄された私の結婚は、すでに決まっていた

月山 歩
恋愛
婚約破棄され、心の整理がつかないアリスに次の日には婚約の打診をするルーク。少ししか話してない人だけど、流されるままに婚約してしまう。政略結婚って言ったけれど、こんなに優しいのはどうしてかしら?

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

処理中です...