英雄侯爵様の初恋を奪ったのは優しい暗殺者でした。 ~恋愛対象は「俺より強い人」という無理難題に当てはまり、追いかけ回されています~

咲宮

文字の大きさ
上 下
7 / 60

06.暗殺者は死ぬ

しおりを挟む


 こうして私は、英雄侯爵を暗殺しに向かうのだったーー。

 キイィン!!

 英雄の剣と暗殺者の短剣が交差する。
 私の相手を伺う攻撃に比べて、アシュフォードの動きは一つ一つが私を仕留めて殺す勢いのものだった。

「どうした? 本気で来なければお前が死ぬぞ」
(ごもっともです)

 けれども私の目的は暗殺ではないため、アシュフォードを殺すような攻撃をする必要はなかった。

(……少しくらい本気を出さないと怪しまれるな)

 そう判断しながら攻撃を防いでいれば、アシュフォードは、剣をさらに強く振り、仕留める一撃を繰り出した。

 ガシャン!!

 勢い良く吹き飛ばされた私は、窓を破ってベランダの柵まで追い込まれた。

「ーーっ!」
「これも受け止めるか」

 そう呟く声が聞こえる。

(……間違いなく強い殺気だった。これは本気でいかないと、本当に殺されてしまう)

 整理する隙も与えないのがアシュフォードで、そのまま私の方へと突っ込んできた。座り込んでいたので、不利な体勢で剣を受け止めることになる。

「ここまで耐えた暗殺者は初めてだ。名前くらい聞いてやる」
「…………ロザクだ」
「!!」
「っ!!」

 名乗った瞬間、首筋めがけて剣が振り直された。それを避けて起き上がると、アシュフォードの腹を思い切り蹴飛ばす。

 今度は、アシュフォードが吹き飛ばされると、先程までの余裕そうな声ではなくなり、低い声になっていた。

「お前か……レジスを殺したのは」
(レジス……レジス・コルク子爵か)

 影の方まで飛ばされたアシュフォードの表情が見えなかったが、一気に殺気が増したのがわかった。

(本当は生きている。……だが、それを示す証拠はない。……伝える理由もない)

 話し合いは不可能と判断すれば、短剣を持ち直した。

「……仇を、取らなくてはな」

 その呟きの直後、殺気が目にも止まらぬ早さで飛んできた。重く殺意のこもった一振を受け止め、飛んでくる蹴りを蹴りで返した。

(殺気は……暗殺者も専門だ。普通なら)
 
 圧される殺気に対して、私はどうにか怒りの感情を浮上させ、思い切りアシュフォードを睨み付けた。
 これが殺気かどうかわからない。何せ、今まで人を殺そうと本気で思ったことはないから。

「!!」

 殺してやる。その気持ちでアシュフォードの攻撃を打ち返せば、そのまま回し蹴りをアシュフォードへと食らわせた。

(……これくらいか)

 再び距離ができると、私はベランダから外へと飛び下りた。

「待て!!」

 アシュフォードの視界にギリギリ捕捉される距離で走ると、森に入り込んだ。そして、ヴォルティス侯爵領の最果てでもある崖の前で立ち止まった。

「……逃げ足は早いようだが、運はないようだな」
「…………」
(あと少しだ……)
 
 崖を背に、少しずつ様子を見ながら距離を取るアシュフォード。短剣を構えると、同じタイミングで飛び出した。

 剣が交錯する中、アシュフォードの一振をもろに食らってしまう。

「ーーっ」
「……」

 右の脇腹から赤いものが出始める。怪我を気にする暇もないほど、アシュフォードは攻撃を続けた。

「くっ……」

 アシュフォードの剣は首に向かい、それを避けた弾みにローブのフードが外れる。そして鼻まで隠していたマスクの端に、アシュフォードの剣先が触れてが外れてしまった。

「…………女?」
(顔を見られた……だが、もはや関係のないことだ)

 脇腹に触れながら、少し顔を歪ませる。アシュフォードが油断した所に、最後の力を振り絞りながら突っ込んだ。しかし、反射的に物凄い力で跳ね返される。崖のギリギリまで飛ばされると、どうにか立ち上がった。

「英雄、アシュフォード」
「……」
「……私の負けだ」
「!!」

 ふっと笑いながらそう告げた瞬間、私は勢い良く体重を後ろに傾けた。

「おいっ!!」

 そして、そのまま崖の下にある川まで落下していくのだった。じわりと赤い血が流れ出す。

(馬鹿だな。……なんで自分を殺そうとした奴に手を伸ばすんだ。見殺しにするだろう、普通)

 さらに笑みを深めながら、川に流されていくのだった。



 空を見ながら、流されていくと親しみのある声が聞こえた。

「あんまり浸かってると風邪引きますよ? ロザクさん」
「その通りだ。夜は冷える。さっさと上がって着替えたまえ、ロザク君」

 二人は私がこれ以上流されないように、引き上げてくれた。

「ありがとう。ルゼフ、スティーブ」

 感謝を伝えながら陸へと上がれば、そこには一つの死体があった。

「……まさか、自分の死体を見る羽目になるとは」
「過去一の仕上がりですよ。何せ、誰よりも見てきた顔ですからね」
「本当だ、そっくりだな」

 自身の死体を確認していると、死体の前に座り込むスティーブが私の方を向いた。 

「それで、どこを切られたんだ? 同じ傷を作らなくてはね」
「あぁ。右の脇腹だ」

 スティーブに切られた傷跡を見せる。そこには傷はなく、服だけが切られた痕跡が残っていた。

「切れた範囲を見るに、あまり深くないようだな……剣を貸してくれ」
「はい」

 じっと割けた服を見つめるルゼフは、不安げに尋ねた。

「俺の作った血糊、役に立ちましたか?」
「あぁ、しっかりと。おかげで無傷だ。ありがとう、ルゼフ」
「いや、本当に役立つとは。ご無事で何よりです」

 脇腹からでた血は、全てルゼフによって作られたものであり、私の血が流れることはなかった。

 今回の暗殺は、アシュフォードに私を殺してもらうことが目的だった。アシュフォードに偽装ができないのなら、ロザクの偽装をしようというのがルゼフの案だった。

(なかなか良い案だったな)

 アシュフォードに切られた服の部分を、じっと見つめる。

「やっぱり英雄は強かったですか?」
「もちろん」
「でも逃れられたってことは、ロザクさんも十分強いってことですよね。互角ですか」
「いや……逃げ足だけは早いんだ」

 私が強いかどうかはわからない。結局人を殺すことができないのなら、欠けているのだから。そんな思いを隠しながら、ルゼフの褒め言葉に笑った。

「終わったよ。さぁ、さっさとここを去ろう。ヴォルティス侯爵とその騎士団が来る前にね」

 スティーブとルゼフによって、ロザクは陸にうち上がったものの力尽きて死んだ、という状況を作り出した。

 その準備が終わると、私達はヴォルティス侯爵領を後にするのだった。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。

バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。 全123話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました

くも
恋愛
 王都の社交界で、ひとつの事件が起こった。  貴族令嬢たちが集う華やかな夜会の最中、私――セシリア・エヴァンストンは、婚約者であるエドワード・グラハム侯爵に、皆の前で婚約破棄を告げられたのだ。 「セシリア、お前との婚約は破棄する。お前のような地味でつまらない女と結婚するのはごめんだ」  会場がざわめく。貴族たちは興味深そうにこちらを見ていた。私が普段から控えめな性格だったせいか、同情する者は少ない。むしろ、面白がっている者ばかりだった。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

逆行令嬢の反撃~これから妹達に陥れられると知っているので、安全な自分の部屋に籠りつつ逆行前のお返しを行います~

柚木ゆず
恋愛
 妹ソフィ―、継母アンナ、婚約者シリルの3人に陥れられ、極刑を宣告されてしまった子爵家令嬢・セリア。  そんな彼女は執行前夜泣き疲れて眠り、次の日起きると――そこは、牢屋ではなく自分の部屋。セリアは3人の罠にはまってしまうその日に、戻っていたのでした。  こんな人達の思い通りにはさせないし、許せない。  逆行して3人の本心と企みを知っているセリアは、反撃を決意。そうとは知らない妹たち3人は、セリアに翻弄されてゆくことになるのでした――。 ※体調不良の影響で現在感想欄は閉じさせていただいております。 ※こちらは3年前に投稿させていただいたお話の改稿版(文章をすべて書き直し、ストーリーの一部を変更したもの)となっております。  1月29日追加。後日ざまぁの部分にストーリーを追加させていただきます。

【完】隣国に売られるように渡った王女

まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。 「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。 リヴィアの不遇はいつまで続くのか。 Copyright©︎2024-まるねこ

処理中です...