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05.八方塞がりな依頼
しおりを挟む「今度の標的が英雄侯爵!?」
ルゼフは初めて聞くような、大きな声で反応した。その表情は動揺が浮かんでおり、口にした今でも理解しきれていなかった。
「……取り敢えずお茶を準備しますね」
(逃げたな)
依頼を受け取るまでの経緯を順に沿って説明した。ルゼフは耳を傾けながら、手を動かしていた。
「……なるほど。オブタリア公爵のお出まし、ということか」
「スティーブはこのことを知っていたのか?」
「暗殺者が送り込まれているのは。ただ、首謀が公爵とは」
「意外か?」
「そう言われると予想通りだが。動きが早いことに驚いているよ」
言われてみればそうだ。
コルク子爵が死んだことになってから、一ヶ月も経っていない。
そもそも、コルク子爵の暗殺の依頼主はサルバドールではなかった。依頼主は貴族派のある子爵。彼はサルバドールの目に止まりたい、ただそれだけの理由で依頼をしたのであった。
「オブタリア公爵への機嫌取りが上手く行ったようだね。あまり好ましくないが」
「……貴族派の中でもそういう争いがあるんだな」
「あぁ。それだけオブタリア公爵の存在は絶対なんだよ。出世狙いの暗殺なんて、今に始まったことじゃない」
欲まみれの貴族派らしい思考だ。
「あくまで私の推測だが、オブタリア公爵は、これを機に王家派を一掃しようとしているのかもしれないな」
「王家派の主要人物を狙うには頃合いということか」
スティーブの推測には、私だけではなくルゼフも頷いていた。
「それで……依頼を受けた訳だが、どうするつもりだロザク君」
「正直……まだ何も思い付いてない。いつものやり方が、依頼者も標的も通じないから」
殺さない暗殺ができるのは、必ず標的の協力があってこそ。
暗殺者が大量に送り込まれている現状から、話し合いをすることは不可能に近いだろう。
「それにサルバドール……宰相が間近で見れば、さすがに偽物だと気が付くはずだ」
「酷いですよロザクさん。俺の実力を疑われているんですか」
「できるのか?」
「無理です、絶対」
「そうか……」
(いや、即答するな。自信を持て)
ルゼフの反応に乾いた笑みを浮かべる。正直、窮地に追い込まれたといっても過言ではない。
「ルゼフ君だけじゃない。私の方も、あの英雄と似た死体を用意することは不可能だと断言できる」
「ですよね、スティーブさん」
「あぁ。……すまないロザク君」
「いや、スティーブが謝ることじゃない。もちろんルゼフも」
問題なのは、ここまで利用価値があると思われるほど“暗殺者ロザク”の名前を広げてしまったことだ。
(やってきたことに後悔はないが、まさかこうなるとは)
依頼が来てしまった以上、どうにかするしか道はない。
(……英雄を殺すわけにはいかない。戦争の功労者にする仕打ちではないからな。……それに、絶対にサルバドールの思惑通りにしたくない)
確固たる意思はあるものの、解決策は一向に浮かばなかった。
「貴族派に一矢報いるための、殺さない暗殺……ここで英雄侯爵を殺してしまえば、元も子もない」
「ロザク君の言う通りだ。……だが、依頼を遂行できなかった瞬間、今度はオブタリア公爵を敵に回すことになる。……八方塞がりだな」
紅茶店に重い沈黙が流れた――かと思えば、突然ルゼフに疑問を投げ掛けられた。
「英雄侯爵を殺すために、大量の暗殺者が送り込まれたんですよね?」
「そうギレルモが言っていた」
「ラジャン子爵の話は大方正しい筈だ。貴族派の伯爵である私にまで、その話が届いているからね。何よりもオブタリア公爵が姿を現したのが決定的だ」
スティーブの説明に、ルゼフは何か思い付いたように口を開いた。
「それなら、ロザクさんがいなくなれば、裏社会から暗殺者が消えません? もちろん一時的にはなりますけど」
「「!!」」
ルゼフのその主張は、どんどん現実味を帯びることになっていった。
「元々貴族派に反対して王家派をたすけることが目的ですよね? それなら、今ロザクさんがいなくなる方が、目的達成できると思って」
あまりに突然すぎる案に、私の思考は固まってしまった。
「――って、足りない頭なりに考えただけなんです。愚策かとは思いますが」
「いや。愚策などではないよルゼフ君。素晴らしい考えだ」
スティーブはばっと立ち上がると、私の方を見た。
「ロザク君。そろそろ暗殺業を引退しても良いのではないか?」
「それ俺も思いました」
引退。考えたことはあるにはある。しかし、殺さない暗殺者ロザクの存在は、ある意味治安を維持していたようなものなのだ。
「ロザクさんの懸念要素はわかります。ですが、それも問題ないと思いますよ。本当の暗殺が横行するとしても、それを担う暗殺者が英雄にやられてます。人材不足で、暗殺依頼も格段に減るはずです」
むしろ標的が英雄に向いている今だからこそ、引退が可能だとルゼフは言い切った。
「ロザクさんがいなくなれば、貴族派に大打撃ですよ。かなり依存されてますから。それに乗じて金さえあれば人は殺せるっていう悪習も、少しは消えるんじゃないですかね」
「あぁ。今貴族派で力を持っているギレルモは、ロザク君を失えば失速する。そうすればマシにはなるだろうね」
二人の話は納得できるもので、その案は乗るべきものだと思えた。
「確かに、潮時だな。……英雄殺しが最後の仕事なら、名誉なことだ」
「いや、死んじゃ駄目ですからね? あくまでも死ぬフリですよ」
「わかってる」
英雄の実力が高いのは承知の上だが、戦うことは不可能じゃない。
「まさかロザク君の死体を用意することになるとはな。……感慨深いものだ」
「俺もですよ。でも、ロザクさんの顔なら上手く作れそうです」
スティーブとルゼフは私の死体を作るのに、どこか乗り気だった。
(……自分の死体を見ることになるとはな)
変な気分になりながら、来る暗殺日に備えるのだった。
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