英雄侯爵様の初恋を奪ったのは優しい暗殺者でした。 ~恋愛対象は「俺より強い人」という無理難題に当てはまり、追いかけ回されています~

咲宮

文字の大きさ
上 下
1 / 60

プロローグ 

しおりを挟む
 
 
(……ここか)

 慣れた様子で全身の気配を消すと、私は英雄の部屋へと足を踏み入れる。英雄――アシュフォードは一人ベランダの前に佇んでいた。部屋の中は灯りがないのに、彼の赤髪だけは月の光から美しく照らされていた。

(なるほど、屋敷の警備は起きているという訳か)

 数多くの暗殺者を返り討ちにしてきたアシュフォードにとって、護衛など必要ないようだ。警備は本人が務めるという情報を事前に耳にしていたが、まさか事実とは驚いた。

 入り口の壁付近で息をひそめると、対象者を間近で観察し始めた。

(こういう時、自分が黒髪でよかったと思う。……夜は目立たないから)

 一つに束ねられた髪は、暗闇に溶け込むほどの暗さだった。しかし、それも正面から見れば前髪しか見えない。ローブによって後ろは全て隠れており、顔も鼻まで布で覆われている。

(それにしても意外だな……英雄と聞いて、もっと屈強なガタイの良い、熊のような男を想像していたんだが……虎くらいか?)

 大男、とまではいかなくとも相手は十分に背の高い人物だった。

「こんな時間に来客とは珍しいな」
「!!」
(驚いた。気配を消していたのにーーいや。観察に夢中になりすぎたか)

 アシュフォードは振り向くこともなく、そう問いかけた。相手は間違いなく暗殺者である私だろう。

「誰の差し金だ? ……まぁ、大方予想はつくがな」

 声色からは感情は全く読み取れず、余裕さえ感じているように見えた。

(……機会は、一度だけ)

 そうわかっていたつもりだが、いざ本番となると場数をこなしてきた私でも緊張が走る。それほどまでに強い相手と対峙してているのだ。

「……貴方の命をいただきに来た」
「そうか。不可能、とだけ伝えておく」

 背中しか見えないというのに、なんとなく彼が笑っているように感じた。

 不可能。それは今まで暗殺依頼を一度も失敗させたことのない、暗殺者ロザクである私にとっては、馴染みの薄い言葉だった。

(…………行こう。最後の仕事だ)

 そう決意すると、足にぐっと力を入れて英雄目掛けて飛び出した。持っていた暗器をアシュフォードの首を狙って投げつける。

「その程度か?」
「……」
(……さすが英雄。身軽だな)

 一つくらいは当たると思ったが、残念なことに全て避けられ、宣戦布告代わりになってしまった。さっと一度距離を取る。
 
 飛び出して姿を現した以上、英雄相手に姿を消すのは難しい。短剣を取り出すと再びアシュフォードへと切りかかった。

 キイィン!!

(……フォーク?)

 アシュフォードは、テーブルの上にに置いてあったフォークで私の短剣を受け止めた。

(暗殺者より暗殺者みたいなことしてるんだが、この英雄)

 面白さに思わず口元が緩んだが、気を引き締めて勢いよくフォークを弾き飛ばした。

「なるほど……少しは腕が立つようだな」
「……」
(……いや、笑うところじゃないだろう)

 少しでも実力者だと認定されるのは嬉しいことだが、それならば是非とも焦りを見せてほしいものだ。

(さすが英雄と呼ばれるだけある)

 噂では、戦争時相手国の軍隊を一つ単独で破壊したとか。

 単純な力比べでは確実に負けるだろう。そう即座に判断できるほど、アシュフォードの気配は警戒すべきものだった。

「だが……」

 ゆっくりと後退するアシュフォード。次の瞬間、壁に掛けてあった剣を手に持った。そして、すぐさま私の方へ勢いよく突っ込んできた。

「その程度では俺は殺せないーー!」
 
 私は表情を変えることなく、その剣を受け止める。やはり英雄と呼ばれるだけあって、酷く重い一振りだ。

 足に力を入れてその一振りを跳ね返すと、恐ろしいことにアシュフォードは嬉しそうに笑った。

「面白い……! すぐに死ぬ貧弱な暗殺者より、余程やりがいがあるな!!」
(殺りがいにしか聞こえん)

 目を光らせるアシュフォードが、本気になったとわかった。心なしか笑っている気がする。その笑みのまま、物凄い力で圧される。受け止めきれずに後退するものの、どうにか力を振り絞って振り払った。

(もしかして英雄は戦闘狂だったのか?)

 戸惑いを感じるほど、アシュフォードは楽しそうだった。そんな人間だったからこそ、戦争に勝って帰れたのだとも思う。実力として不足なし。むしろ押されつつある状況だ。

(けど……これでいい)

 私はアシュフォードの剣に向けて、短剣を握り直した。

(私は、今日ここに死にに来たのだから)
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

貴方だけが私に優しくしてくれた

バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。 そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。 いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。 しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】傷跡に咲く薔薇の令嬢は、辺境伯の優しい手に救われる。

朝日みらい
恋愛
セリーヌ・アルヴィスは完璧な貴婦人として社交界で輝いていたが、ある晩、馬車で帰宅途中に盗賊に襲われ、顔に深い傷を負う。 傷が癒えた後、婚約者アルトゥールに再会するも、彼は彼女の外見の変化を理由に婚約を破棄する。 家族も彼女を冷遇し、かつての華やかな生活は一転し、孤独と疎外感に包まれる。 最終的に、家族に決められた新たな婚約相手は、社交界で「醜い」と噂されるラウル・ヴァレールだった―――。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...