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01.風変わりな芸術家

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 私の人生は、終わったかと思えば始まる、不思議な続き物の世界だった。と言っても、引き継がれるのは記憶だけで、後は全く無関係だったが。

 一度目の人生は自衛隊員を、二度目の人生は要人警護を、三度目の人生は潜入捜査官を。女性でありながら強さを求め、どこか危険な世界に身を置き続けてきたわけだが、その続きが暗殺者とは笑えない。

(その上、日本ではなく異世界に飛ばされるとはついてない)

 今までずっと日本で生き続けていた分、突然の異世界には動揺が隠せなかった。

 初めはヨーロッパの知らない土地だと思っていたのだが、国名が「ハルラシオン」という聞いたこともないものだったため、そこでようやく理解が追い付いたのだった。

(異世界への転生って普通もっと可憐で華麗な生活なんじゃないのか? また苦労しそうな役割だよな暗殺者って)

 何も好きで暗殺者になったわけではない。孤児だった私は売られた挙げ句、生き抜くためには力をつけなくてはならなかった。
 その結果売られた先で暗殺者としての素質を見込まれて、訓練をさせられたのだ。

(おかげさまでこんなにも名を馳せる暗殺者になって……ちっとも喜べないな)

 ため息をつきながら所属する闇組織に向かえば、いつものように暗殺依頼を言い渡されるのだった。

 ハルラシオン王国は、はっきり言って一部が無秩序に近い国だ。王は君臨しても、統治をできるほどの発言力はない。財力と権力のある宰相が多くの臣下を自分の派閥に抱き込み、好き勝手やっているような状態だった。

 力なき王と王子は、もはやお飾りと化している。

 国王を支持する王家派よりも、断然に宰相率いる貴族派の方が勢力として勝っていた。

(それも王家派の暗殺依頼をこなしているから……)

 じっと依頼書を眺めると、それを片手にある場所へと向かうのだった。



 組織のある場所はそもそも裏路地の奥という薄気味悪い場所で、誰も寄り付かない。ここら辺一帯は、手を汚した者たちが集まる場所で、犯罪歴のあるごろつき達のたまり場でもある。いわゆる、裏社会のような場所だった。

 そんな通りを抜けて少しだけ街へと近付いたところに、私のパートナーは店を構えている。

(……今日も客はなしか)

 いつも通り躊躇うことなく扉を開けると、カランコロンという鈴の音が虚しく鳴り響いた。

「ルゼフ、いるか?」
「……ロザクさん。おはようございます」

 店の奥から出てきた大男は、非常に人相が悪い。まとう雰囲気も明らかにどんよりと危険なものだった。長めの前髪は伸びきっており、右側によせた結果左目しか見えない状態になっている。

「どうぞ中に」
「邪魔する」

 店の中は人相の悪い主人が営んでいるとは思えないほど、清潔感を覚える内装。
 私よりも目の前の男の方が“いかにも人を殺しています”という人相なわけだが、彼から出てきたのは可愛らしいティーカップだった。

「お茶です、どうぞ」
「ありがとう。また新しいカップ買ったのか」
「わかります? この色味、凄く気に入っているんですよ」

 あくまでも柄やデザインではなく、色を気に入ったと主張するルゼフ。長い付き合いである私からすれば、言い訳にしか聞こえない。

 ルゼフには収集癖があるため、気に入った物があれば何でも買って並べる。去年は確か、花瓶にはまっていた気がする。

「そんなに集めるんだったら、自分で作ればいいだろう」
「茶器を作るにはいろいろと準備が必要なんです。技術や設備とかが。材料だけでどうにかなる問題じゃないんですよ。

 そう語るルゼフの前職は芸術家である。
 自分で用意したお茶菓子に手を伸ばしながら、彼はそうぼやいた。

「悪いな。気分の悪いものばかり作らせて」
「いや、気分は悪くないですよ。あれも芸術なんで」

 この店は、表向きは紅茶の茶葉を扱う店だが、何せ裏路地にあるためにまともに客が訪れたことは一切ない。ルゼフは紅茶店の店主だと言うのに、呼び込む努力をする気配もない。

 それどころか、“芸術家”であった彼は店の奥にこもって作品を作る日々に勤しんでいる。しかし、残念なことに作品が世に出ることは当分ないのだ。

「あなたに拾われた命です。好きに使ってください」
「……すまないな」
「そこは謝罪じゃなくて感謝ですね」
「あぁ、ありがとう」

 ふっと笑いながらルゼフに伝えれば、彼は満足そうに笑った。

 暗殺者になるための訓練を施された後、当然ながら現場に出された。その最初の暗殺相手がルゼフだったのだ。

 ありとあらゆる人生を合計で三回も歩んできたものの、人を殺した経験は一度もなかった。それ故か、標的であるルゼフを前にした時「私に殺しはできない」と即座に諦めた。

 芸術家として活動していたルゼフの部屋は、彫刻や絵画等の作品で埋め尽くされていた。そのできは恐ろしいほどに精巧で、本物と見間違うほどに丁寧な作りだった。

「今でも忘れませんよ。初対面の時に初めて言われた言葉」
「……死んだフリしない? だっけ」
「それも言いましたね」

 我ながら無謀な問いかけだった。だが、首を振るルゼフの様子から、答えとは違うらしい。

「君って死体作れたりしない? ですよ」

 なんともあり得ない初対面である。

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