上 下
38 / 41

38.義娘の答え

しおりを挟む

 兄の友人の名前がハンス・ブルームということを聞いて、ルルメリアがどんな貴族に引き取られたのか納得できた。
 シナリオでは私が死亡した後、兄が託した相手だからこそ施設に訪れてルルメリアを養子にしたのだ。

 私は全てを理解した上で、不安を抱きながら娘の方を見た。

(……ルルにとって、きっと〝ブルーム〟という名前は価値が高い)

 あれほどまでに切望していた、ヒロインの名前であり証。一度はブルームではなくオルコットでいいと言っていたが、今どう思っているかはわからない。

(ルルにとって、ヒロインであることには大きな意味がある)

 私は淑女に育てようと努力を重ねてきたつもりだが、思い返せばルルメリアの心情を尋ねたことは数少なかった。最近は特に自分のことを意識し過ぎて、ヒロインという言葉が話題に上がらなかったのだ。

「……ルル」

 何か声をかけるべきだが、何と言えばいいかわからなかった。
 ヒロインと同じ家だねと喜ぶのはおかしな話で、かといって避けてしまえばあからさまな態度になってしまう。

 なるべく顔に出さないように、胸の中で不安をとどめた。ひとまずルルメリアに話を聞こう、そう思った瞬間だった。

「おとーさんのおともだちさん。、おはなしきかせてください!」
「もちろんだよ、ルルメリアちゃん。是非とも話させてほしい」

 また今度。
 それがルルメリアから出た明確な言葉だった。

「引き止めてしまって申し訳ありません。クロエさん。私が言いたかったのは、いつでもお力になるということです。何かありましたら、ブルーム男爵家を頼ってください」
「……ありがとうございます」

 私は胸がいっぱいになりながら頭を下げた。

「またお会いしましょう」
「おはなしたのしみにしてます!」

 ルルメリアのにこにことした笑顔に、ブルーム男爵は安心したような笑みを残してその場を去った。彼が遠くまで離れると、私は一度ルルメリアと向き合うようにしゃがみこんだ。

「ルル……よかったの? だってブルーム男爵……ブルームはヒロインの名前でしょう?」

 もしかしたら我慢しているのかもしれない。そこまで考えながら、私はルルメリアの瞳を見つめた。すると、すぐさま口角を上げて満面の笑みを浮かべた。

「わたし、おるこっとがいいの!」
「……オルコットが?」
「うん。わたしはるるめりあ・おるこっと! そのままがいいんだ。これからもおかーさんといっしょがいいの」

 含みもない、他意もない、純粋無垢な笑顔を浮かべながら放たれた言葉。それは間違いなく、ルルメリアからの答えだった。

 どうして、と娘に聞くのは野暮な話だろう。ルルメリアは選んでくれたのだ。ブルームではなく、オルコットを。

 嬉しさのあまり、涙がこみあげてくるがどうにか我慢する。公の場で泣いてはいけない。せっかく貴族令嬢として、最善を尽くしたのだから。

「……私も。ルルと一緒がいい」
「ずっといっしょだよ? わたしのおかーさんは、おかーさんだもん」

 そうハッキリと言い切ってくれるルルメリアに、心から感謝を伝えたかった。ただ、感謝と共に涙が出てきそうだったのでどうにか堪えて我慢した。

「うん、ルルは私の大切な娘だよ」
「えへへ」

 一言どうにか絞り出すと、私はもう一度ルルメリアと手を繋ぎ直した。立ち上がると、オースティン様が再びエスコートの手を出してくれる。

「それでは、帰りましょうか」
「はい」
「うん!」

 こうして私達は馬車へと戻るのだった。

 馬車が動き出すと、すぐにルルメリアは眠ってしまった。どうやらドレスを来て出かけるという慣れないことをしたからか、疲労が溜まっているようだ。

「お疲れ様です、クロエさん」
「すみません、私事で足を止めてしまって」
「謝罪は不要ですよ。クロエさんにとっても、ルルさんにとってもブルーム男爵との時間は必要だったでしょうから」

 私がブルーム男爵と話している間だけでなく、ルルメリアにしゃがんで話しかけている最中も、オースティン様は私達をそっと見守ってくださった。その心遣いが本当にありがたいものだった。

「……クロエさんは立派な母だと思いますよ」
「え……」
「先程の姿を見て、何か不安を抱いているように見えましたので。差し出がましいかもしれませんが、私にはそう見えます」

 真っすぐな眼差しで断言するオースティン様。その評価は、自分では考えたこともないものだった。

「初めてルルさんは最初から明るく、とても優しい方でした。ですが、今はそれ以上に貴族らしく見えます。これは教える人がいなければ、身につかないことです。礼儀作法はもちろん、立ち振る舞いや雰囲気まで、ルルさんは貴族として遜色ありません。そこまで育て上げたのは、間違いなくクロエさんのお力だと思います」
「……私の、ですか?」
「はい」

 そこまで褒められるとは一切思っていなかったので、私は心の中がじんわりと温かくなっていった。オースティン様の言葉を、一つ一つ噛み締めていく。

「クロエさん。お疲れ様です」

 オースティン様の労わるような優しい声に、私は静かに涙を流すのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...