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32.きらきらしている母
しおりを挟む演奏会に行くと決めてから、私は夜にこっそりと練習を始めた。
ルルメリアを寝かせると、一人鏡の前で立ち姿を確認する。
背筋はこれ以上ないほど真っ直ぐに伸ばして、顎を引く。目線も一点を見つめて決して動かさない。
そして、最後に貴族令嬢としての雰囲気をできる限りだす。
侍女ではなく、オルコット子爵令嬢に見えるように。指先、爪先まで集中しながら歩く練習やカーテシーの練習を繰り返し行った。
「……よし」
寝る前に必ず一時間はこなした。他にも食事の準備をする時や、出勤する時などのありとあらゆる場面で、必ず美しい姿勢を保つことにした。
「……?」
ルルメリアは最初、私に対する違和感を何となく感じていたようだが、その答えがわからないようで不思議そうに見つめていた。
私は聞かれない以上は自分から話すのは恥ずかしかったので、ルルメリアにバレてないフリをしていた。
すると翌日、ルルメリアが朝食を準備している私の隣に立った。
「おはよう、ルル」
「おはよー、おかーさん!」
てっきり挨拶をして椅子に座ると思っていたので、まさか隣に立ち続けられるとは思わなかった。
何をしているんだろうと気になって観察してみれば、どこか得意気に背筋を伸ばしていた。
「……えぇと、ルル? 何してるの」
「おかーさんのまねっこ!」
「私の?」
ビシッと聞こえてきそうなくらい、勢いよく背筋を伸ばしているルルメリア。背中に力を入れているからなのか、手首が九十度で曲がっていて、力んでいるのがわかった。
「うん! おかーさんさいきんかっこいいから、まねっこ!」
「か、カッコいい」
まさかルルメリアにそんなことを言われるとは思いもしなかったので、練習した結果が出ているようで嬉しくなった。
「ありがとう、ルル。でもね、私の真似をするならただ背筋を伸ばすだけじゃ駄目よ」
「そーなの!?」
「うん」
これは良い機会だと思って、私は淑女としての立ち方を教えることにした。
「手首は曲げなくて良いの。それと、手は前で重ねるかな。尚且つ顎は引いて……うん! よくできてるよ」
「ほんとー!?」
ルルメリアは、一つ一つ手直ししていけばそれなりに様になった。しかし、褒め言葉に反応してこちらを向いた瞬間、また元に戻ってしまった。
あぁ、惜しい。
でも本人がこういう貴族らしいことや、淑女教育に興味を持ってくれるのはやはり喜ばしいことだ。
「おかーさん、もっかい! もっかいおしえて!」
「もちろん」
ルルメリアから要望を受けたので、もう一度丁寧に立ち姿を教えた。呑み込みの早いからから、ルルメリアはみるみる上達していった。
朝食を食べた後も立ち方の練習は続いており、上手になったルルメリアはなぜか首をかしげていた。
「うーん……ちがう」
「何が違うの?」
「おかーさんみたいにきらきらしてない」
「……きらきら?」
初めて聞くルルメリアの表現に、私は何を指した言葉だろうと想像を膨らませた。
きらきら、はわかる。子どもの視点から見たそれは輝いていることに近しい意味合いだと思う。けれども、ルルメリアから見た私がきらきらしているのは、いまいち理解できなかった。
「ねぇおかーさん。どうやったらおかーさんみたいに、きらきらできるの?」
純粋な眼差しで見上げられる。少し考えた結果自分の中で見つけ出した答えとしては、貴族としての気品だろうということだった。
「……私も上手ではないんだけど」
そう前置きをした上で、ルルメリアにとってわかりやすい言葉で伝えていく。
「とにかく自分が貴族だって思うことかな。まずは自信を持って胸を張ることが大事だから」
「……うん?」
首をかしげる様子を見ると、あまりピンときていないようだった。
「えぇとね……後は肩の力を抜くことも大切。気品はおしとやかな雰囲気から出されるものだから」
「……ううん」
どうにか説明をするものの、ルルメリアには納得できないもののようだった。
「きらきらはきひんじゃなくて」
「……気品じゃないの?」
まさかの捉え違いをしていたことが判明した。ルルメリアは私の返しにこくりと頷いた。
「うん。おかーさん、すっごくきらきらしてるの。たのしそーで、うれしそーにみえるから」
「楽しそうで、嬉しそう……」
「あとね、ぜったいがんばるぞ! っていうほのおもみえるの。ぜんぶあわせて、きらきらしてるの!」
どうやらルルメリアの言うきらきらは、今の私を指していたようだった。
「きらきらしてるおかーさん、すてきだなって。いいなぁって思ったの」
「ルル……」
まるでそれは、自分もそうやってきらきらしたいのだと言いたいようにも聞こえた。
そこで初めてルルメリアの意図を理解したとき、どうして私はきらきらしているのか娘の求める答えを見つけ始めた。
(……答えは一つだけ)
それは単純で、でもルルメリアには大事に大事に伝えたいことだった。
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