24 / 41
24.二人の買い出し
しおりを挟む緊張しないと思っていたのも束の間で、近い距離が何分も続くと胸の鼓動が早くなってしまう。
気にしないよう努めても、却って気になってしまう始末。離れようと思っても、エスコートの手を出されてしまえば取らないのは失礼になってしまう。
「レタスは必須ですよね。まるまる一つあれば足りるでしょうか」
「十分だと思います」
動揺を顔に出さないように、ひたすら穏やかな笑みを浮かべる。
視界いっぱいに移るオースティン様の顔は、相変わらず一寸の狂いもないと思うほど美しい。今日はその横顔がカッコいいと思ってしまう。
「あとはトマトやハムですかね」
「そうですね。挟みたいものを準に買うと良いかと」
「わかりました」
私は夕飯の材料を、オースティン様は練習用の材料をそれぞれ選んでいった。ただ食材を選んでいるだけなのに、緊張感が高まっていく。
……意識しちゃ駄目なのに、視界に入るだけで意識してしまう。
「クロエさんいい食材を見分ける方法はありますか?」
「いい食材……ここの通りで売り出されているものは基本的にどれも美味しいですよ」
淑女教育で教わった、作り笑顔がまさかここで役に立つとは全く思わなかった。必死に緊張と困惑を隠しながら、いつも通りの自分を装った。
「なるほど、買い得ということですね」
「そう、ですね」
オースティン様は独自の解釈で納得すると、予想外にも大量の食材を買い始めた。
「他に、どこかおすすめのお店はありますか?」
「私がよく買うのは端の青果店ですね」
「案内していただいても?」
「もちろんです」
青果店に案内すれば、オースティン様はサンドイッチに挟めるであろう食材を片っ端から買っていった。
さすがは貴族。お金の心配はいらないようだ。
紙袋いっぱいに詰まった食材を持つオースティン様を見て、どこか微笑ましくなってしまう。
「重くないですか?」
「問題ありません。これでも鍛えてはいるので」
細身に見えるオースティン様だが、筋肉はあるのだという。
「クロエさんは大丈夫ですか」
「はい、いつもこの量を買っているので。慣れています」
バックの中に詰め込んだ食材は軽い訳ではないが、買い出しは習慣化しているので問題ない。
「オースティン様、買い忘れはありませんか」
「そう……ですね」
紙袋を覗くオースティン様。心配そうな雰囲気がほんのりと出ていた。確認する姿が、どこか可愛らしいと感じてしまった。
「ふふっ。見る限りなさそうですね」
「はい、大丈夫です」
「それならこれで解散にしましょうか」
「よければ送らせてください」
にこりと微笑めば、オースティン様から申し出をいただく。ただ、じっと紙袋に視線が移る。
「大変だと思いますので」
「いえ。繰り返しにはなりますが、鍛えておりますので」
そうは言われたものの、大量の食材を手にしたまま歩かせるのは気が引けてしまった。自分なら大丈夫だと断言しようとすれば、オースティン様のどこかしょんぼりとした雰囲気が言葉を呑み込むことになってしまった。
「……それなら、お願いできますか?」
「もちろんです……!」
表情は変わらないものの、声色は明るい方に変化していた。
両手がふさがっているので、エスコートされることはなかったものの、隣を歩いてくれるだけで心強かった。
「オースティン様は何かしたいことはありますか?」
「したいこと、ですか?」
「はい。この前はピクニックだったので」
ふむと考え込むオースティン様。真剣に悩む姿を見ると、少し負担になってしまったなと感じる。
「今思い浮かばなければ、また後ででも大丈夫ですよ」
「すみません。日程だけ先に決めてもよいでしょうか」
「もちろんです」
再び、出勤日との兼ね合いを考えて日程を設けた。今度は三日後ということになり、内容はオースティン様に一任する形になった。
「頑張って考えてきます」
「本当にしたいと思ったことでよいので」
「はい、ありがとうございます」
なるべく負担にならないように伝えたところで、マイラさんのパン屋さんが見えてきた。マイラさんからルルメリアを引き取ると、オースティン様に挨拶をさせた。
「あっ、おーさんだ‼」
「ルルさん、こんにちは」
「こんにちはー‼」
昨日ぶりではあるものの、ルルメリアにとっては友人に会えることは嬉しいようだ。
朝みた眠そうな様子からは一転しており、すっかり元気を回復した様子だった。
「ルルさん、次は三日後になります」
「ほんと? たのしみにしてるね!」
ぱあっと目を輝かせるルルメリアに、こくりと頷くオースティン様。
オースティン様に自宅まで送ってもらうと、私はようやく緊張感から解放されることができたのだった。
52
お気に入りに追加
669
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。


婚約者候補を見定めていたら予定外の大物が釣れてしまった…
矢野りと
恋愛
16歳になるエミリア・ダートン子爵令嬢にはまだ婚約者がいない。恋愛結婚に憧れ、政略での婚約を拒んできたからだ。
ある日、理不尽な理由から婚約者を早急に決めるようにと祖父から言われ「三人の婚約者候補から一人選ばなければ修道院行きだぞ」と脅される。
それならばと三人の婚約者候補を自分の目で見定めようと自ら婚約者候補達について調べ始める。
その様子を誰かに見られているとも知らずに…。
*設定はゆるいです。
*この作品は作者の他作品『私の孤独に気づいてくれたのは家族でも婚約者でもなく特待生で平民の彼でした』の登場人物第三王子と婚約者のお話です。そちらも読んで頂くとより楽しめると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる