20 / 41
20.皆でお散歩をします
しおりを挟むしゃがんでルルメリアに帽子を被せた。
「おかーさん、ありがとー!」
「どういたしまして」
満面の笑みを向けるルルメリアの髪の毛を綺麗に整えた。
「……クロエさん。よろしければ歩きに行きませんか?」
「お散歩ですね? 行きましょう」
こくりと頷くと、立ち上がってシートを片付け始めた。さすがにバスケットを何度も持たせるのは申し訳ないと思い、自分のものは自分で持った。しかし、オースティン様はやはりこちらに手を伸ばした。
「あっ」
「もう中身もなくなりましたから。軽いので大丈夫ですよ」
「……クロエさん」
オースティン様は伸ばした手のひらをそっと反転させた。
「よろしければ、エスコートを」
「えっ」
まさかのバスケットではなく、私の手を所望していた。
社交界から離れていたから、オースティン様の提案には驚いたものの、よく考えてみれば貴族らしい行動だ。
けれども、ここはパーティーでもお茶会でもなく、お屋敷でも王城でもない。ただの野原なのだ。何となく浮いてしまうような気がした。
「ありがとうございます、オースティン様。ですがお散歩ですので」
「……駄目、でしょうか」
目線が下がり、どこか落ち込んだ声色に動揺が走る。ここで断れば、何だか申し訳ないことをしてしまったようになってしまう。せっかくの休日。良い思い出にしようと言った矢先、彼の気分を下げることは目標が達成できない。
(浮く……といっても、視線を集めているわけではないもの)
ここは手を取ろう。厚意を受け取るだけだと思いながら、私はオースティン様に手を重ねた。
「よろしくお願いします」
「ありがとうございます」
オースティン様の手を取って気が付いたのは、今度は自分の両手がふさがってしまったということだった。
しまった、これではルルメリアと手が繋げない。どうしようと焦りながら娘の方を見れば、不思議とルルメリアはご機嫌な様子でこちらを見ていた。
「おさんぽにしゅっぱーつ!」
私達の前をスキップで歩き出したルルメリア。その様子を見れば、手を繋げなくても大丈夫そうだった。
「あそこにおはながさいてる!」
安心したのも束の間で、ルルメリアは突然走り出した。
「あっ、ルル。あんまり離れちゃ駄目よ」
「はーい!」
返事だけは素晴らしい。ルルメリアの足は緩まなかったが、視界から外れることはなかったので、ひとまず見守ることにした。
「ルルさんは、不思議な子ですね」
「……そ、そうですか?」
オースティン様の評価に、私はドキリと緊張が走る。先程ルルメリアと二人にした特、もしや変なことを喋ったのではないかと不安に駆られた。
「はい。小さな子なのに、周りをよく見ているなと」
「周りを」
「あと、よく考えているなと」
オースティン様の口ぶりからは、ルルメリアを不思議と言ったのは悪い意味ではなさそうだった。
「……私に気遣いをしていただける辺り、優しくていい子なんだろうと思いました。あと、とても元気がある」
「ありがとうございます」
的確な推察と褒め言葉に、私は笑みを浮かべた。
「クロエさんの努力の賜物ですね」
「えっ」
「違いましたか?」
予想外の言葉に、思わずオースティン様の方を見上げた。
「私には、ルルさんがこんなにも素晴らしい子に育っているのは、クロエさんがそう育てたからだと思ったのですが」
「……オースティン様の目には、ルルが素晴らしい子に見えますか?」
「はい、とても」
その答えは、私にとって救われるようなものだった。実は心のどこかで、ルルメリアに上手く接することができているか、育てられているかとい漠然とした不安がずっと存在していた。
それはきっと、今でも存在している。
でも、オースティン様の何気ない評価が、私の胸を温かくさせたのは間違いなかった。
「よかった」
「……お疲れ様です、クロエさん」
ルルメリアを託された身としては、立派に育て上げるのは当たり前のこと。それ以下でも以上でもないと思っていた。だからこそ、オースティン様の労いの言葉は、特別に嬉しいものだった。
「……ありがとうございます、オースティン様」
頬に喜びの色が浮かび上がる。
オースティン様のおかげで、もっと頑張ろうと思えたし、今までの自分は間違いではないと確信できた。
「……クロエさんは本当にすごいです。私と歳が変わらないのに、頑張り続けてらっしゃる」
「オースティン様も十分素晴らしいかと」
「私は自分に与えられたことをしているだけですから。クロエさんはそれに加えて、ルルさんを育ててらっしゃる。本当に尊敬いたします」
「あ、ありがとうございます」
怒濤の褒め言葉に、恥ずかしさを覚え始める。思わず目線をそらして、ルルメリアの方に向けた。
「……尊敬だけじゃないんです」
その言葉に、私は再び視線を戻した。
「ずっと惹かれてしまって」
「……えっ?」
オースティン様の言葉が、はっきりと聞こえた。それなのに、意味が理解できない。
「私では、頼りにならないかと思います。ですが、これからも何かお力になりたいです」
「力に、ですか」
「はい。バスケットを持つような、些細なことでも構いません」
オースティン様の眼差しは、真剣そのものだった。
▽▼▽▼
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
こちらは、3月20日分の更新とさせていただきます。遅くなり申し訳ございません。これからもよろしくお願いします。
42
お気に入りに追加
670
あなたにおすすめの小説

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします
柚木ゆず
恋愛
※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。
我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。
けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。
「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」
そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。
克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。
サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。


思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる