18 / 41
18.伯爵様とピクニックを 前
しおりを挟む約束をした五日後の朝。
私はルルメリアと昼食を作っていた。実は会う予定を立てたはいいものの、何をするかまでは決めていなかったのだ。
ルルメリアに何かしたいことがないか尋ねたところ、ピクニックと返ってきたので採用した。今はそれに必要なランチボックス作りをしている。
「みてー! るるめりあとくせい、さんどいっち!」
「上手にできたね」
「うんっ!」
五歳児にしてはよくできている。花冠でも思ったが、ルルメリアは手先が器用なのかもしれない。
微笑ましい様子を見守りながら、一緒にランチボックスを作り上げるのだった。
「おーさん、まだかな?」
「もう少しじゃないかな」
玄関の扉を仁王立ちでじっと見つめるルルメリア。準備万端で、今すぐにでもお出掛けできる状態だ。今日もお気に入りの帽子を被っている。
オースティン様は、お昼前に我が家を訪ねてくれるとのことだった。
ご足労いただくのは申し訳ない気持ちだが、かといって私達が伯爵邸に行くことの方が分不相応に思えるので前者を選んだ。
玄関とにらめっこするルルメリアに、気になるなら扉を開けて待てばと伝えたが、どうやら扉をノックしてほしいのだとか。不思議なこだわりだ。
ルルメリアが扉を見つめてから十分ほど経過すると、コンコンという音が響いた。
「オースティンです」
「はーい!」
ぐーっと手を伸ばして、ドアノブに手を掛けるルルメリア。背伸びしてようやく届くほどの高さにあるので、一生懸命つま先立ちをする。
「あいた!」
「おぉー……あっ!」
どうにか頑張って扉を開けたルルメリアは、勢い余ってオースティン様に突撃してしまった。
「ごめんなさい、おーさん」
「いえ、私の方は問題ありません。ルルさんは大丈夫ですか」
「うん!」
さっとルルメリアを立たせるオースティン様に、私は慌てて駆け寄った。
「すみません、お怪我は」
「ありません」
「あたしもない!」
「それなら良かった……」
安堵の息を吐くと、私はランチボックスを入れたバスケットを手にした。
「クロエさん、持ちます」
「大丈夫ですよ。それにオースティン様、片手がふさがってますし」
「一つや二つ、そう変わりません。持たせてください」
「……それなら」
相変わらず表情は動かないものの、言葉ではきちんと表すオースティン様。
やけに持ちたいと主張されたので、お言葉に甘えることにした。オースティン様の両手をふさいでしまったが、本人は問題ないと言う。
「オースティン様。本日なのですが、ピクニックに行こうかと思いまして」
「ピクニック。是非とも参加させてください」
「ぴくにっく!」
両手を胸の前に掲げながら、楽しみだという様子を全面的に出すルルメリア。
「それじゃあ行こっか」
「うん!!」
ルルメリアと手を繋ぐと、早速ピクニックにふさわしい原っぱに向かうことにした。住宅街を抜け、木々に囲まれた道へと入る。
「ぴくにっく~ぴくにっく~」
終始ご機嫌なルルメリアは、鼻歌を口ずさみながらスキップしていた。
「おーさん、ぴくにっくはじめて?」
「お恥ずかしながら初めてです」
「あたしもはじめて!」
「そうなんですね」
何か話した方が良いだろうと思った瞬間、ルルメリアが明るい声で沈黙を破ってくれた。
「クロエさんは」
「私は何度かしたことがあります。主に兄とですけど。幼い時、よく連れていってもらったんです」
「とても素敵なお兄様ですね」
「……はい。自慢の兄です」
今の私から見ても、兄は優しくて気遣いをよくしてくれる人だった。ピクニックに連れ出してくれたのも、私が退屈だと感じていたからだろう。
「初めてのピクニックということでしたら、絶対良い思い出にしましょう」
「……ありがとうございます」
貴重な一日を使うのだから、できる限り有意義なものにしたい。私はオースティン様に力強く頷いた。
「あたしもー!」
「うん、ルルもね」
繋いでいた手の方を上げられると、私は小さく微笑んだ。
町の外れにある原っぱに到着した。平民にとってはピクニックに最適な場所なので、他の家族達で賑わっていた。
「ひとがいっぱい!」
「いっぱいだね」
もう少しばかり空いているかと思ったが、くつろげる程度の混み具合なので大丈夫だろう。
「クロエさん。到着したらまず何をすれば良いのでしょうか」
「まずはシートを敷けるよう場所の確保ですかね」
「わかりました」
小さく頷くとキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「おーさん、あそこは?」
ルルメリアは小さな木の下を指差した。そこは少し中心から外れていて、人も少ない場所だった。
「素晴らしい場所かと」
「やった!」
早速移動して、バスケットの中からシートを取り出す。オースティン様と協力して広げると、ルルメリアが「いちばんのり!」と言ってシートに座った。
私達もそれぞれルルメリアの両隣へと座った。
「おーさん。あたしね、おかーさんとおひるごはんつくってきたの!」
「本当ですか、とても嬉しいです」
「お口に合うかはわかりませんが」
高価な材料などは一切使っていないサンドイッチ。貴族であるオースティン様の口に合うか不安だった。
「完食します」
「……ありがとうございます」
思ってもみなかった答えに、口元が緩んでしまう。
ランチボックスを取り出すと、中身を見ないままオースティン様は宣言した。彼なりの配慮だろうか。やはり優しい人だ。
41
お気に入りに追加
654
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる