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16.人は顔が全てではありません

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 不思議なことに伯爵様と友人になってしまった。

 伯爵様が最後、ルルメリアに手を振り返していたのには意外だった。
 喫茶店でオースティン様と話をして驚いたことがある。それは、ルルメリアの失礼ともとれる態度に寛容で、邪険にすることなく丁寧な対応をしてくれたことだ。

 寛容なのか、鈍感なのかはわからないものの、私としてはありがたく好印象だった。

「おーさん、いけめんだったね!」
「いけめん……そうだね」

 家に帰ると、ルルメリアはご機嫌な様子で椅子に座った。私は夕食の準備を始めた。

「でも、ひょーじょーかわらなかった!」
「うん、ずっと無表情だったね」

 恐らく表情に出すことが苦手な人なのだと思う。
 表情も、声色も、姿勢も一貫して無ということはなかったのだ。それどころか、表情以外は感情が乗っていたように見えた。

「くーるでかっこよかった!」

 なるほど、ルルメリアの目にはそう映ったのか。
 確かに、顔の造形は非常に美麗なものでカッコいいものだった。ただ、クールだったかと言うとそうではない気がする。

(……少なくともクールな人は、友人の提案をしないんじゃないかな)

 提案自体には驚いたものの、没落貴族にもかかわらず対等な目線で見てくれた驚いたオースティン様。……悪い人ではないと思う。

「おかーさん、おーさんのことすき?」
「えっ⁉」

 ルルメリアに背を向けていた私だが、思わず振り返って固まってしまった。

「おーさん、いけめんだった!」
「……まだ会って間もないのに、好き嫌いを決めるのは早いんじゃないかな」
「そうなのー? だっていけめんだよ?」
「イケメンだから好きとはならないかな」
「えぇー……」

 おぉ、凄いイケメンの押し売りだな。いや、人は顔じゃないと思うよルル。
 きょとんとした眼差しを向けられるが、幼い感覚なら外見に惹かれるのもわかる気がする。ただ、私の中で嫌な予感が走った。

「……ルル。もしかして、学園で出会う人はイケメンなのかな?」
「そうだよ! みーんないけめんなんだよ! ……だから、いけめんにわるいひとはいないとおもったの」

 うん。それはとんでもない偏見じゃないかな。
 イケメンだからいい人なんて、将来誰かに簡単に騙されそうな考えにしか思えない。
 私は正直、人は見た目より中身だと思っている派。外見を大切にする考えを否定するわけではないが、決めつけるのはあまりよろしくない。

「……もしかしてルル。ルルがひろいんに拘るのって、相手がイケメンだから?」
「もちろん!」

 そっか、もちろんかぁ……。
 イケメンでカッコいい人だから恋がしたい、結婚したいというルルメリア。それが悪い訳ではないのだが、偏見の上でその行動なら見る世界を自分で狭めてしまっているように感じた。

 それに何よりも。私はルルメリアの略奪まがいの恋愛には反対なので、イケメン以外も良いのだと教えてみることにした。

「でもルル。世の中顔が全てじゃないからね」
「そうなの?」
「そうだよ」

 うーんと言いながら首を傾げるルルメリア。
そんなことないと否定するのではなく、私の声に思考しようとするのは子どもながらに良いところだと思う。

「今はまだ難しい感覚かもね」
「むずかしいの?」
「ルルはまだ子どもだからね。もう少し大人になったらわかるかもね」
「えー! あたしこどもじゃないもん!」

 やはりそこに食いついたか。心の中でほくそ笑む。
ルルメリアのことだから、あからさまな子ども扱いを嫌うと予想しての言葉だった。

「ルルが大人なら、内面の魅力……イケメンっていう顔だけじゃない良さがわかるかもね」
「わ、わかるよ! あたしおとなだもん」

 五歳児に内面の魅力を求めるのは酷だと思うが、それでも大人ぶろうとするのがルルメリアだ。

「……でも、いまはまだわかんないや」
「ははっ。素直だね、ルルは」
「うん……よくかんがえたけど、まだわかんない。おかーさんはわかるの?」

 興味津々という目を向けてくれるルルメリア。これは、内面の魅力を語るのに絶好の機会だ。少しでも良さをわかってくれれば、ルルメリアの視野が広がってひろいんに固執しなくなるかもしれない。

「わかるよ。私は大人だからね」

 ルルメリアの真似をして、ふふんと自慢げな顔を見せる。ルルメリアはもどかしそうに口を結んだ。

「おしえて! あたしもおとなになる」

 意欲があるのは素晴らしいことだ。

「いいよ。じゃあそうだな……オースティン様で考えてみようか」
「おーさん!」
「うん。ルルメリアから見たら、クールなイケメンなんだよね?」
「うん」

 見たままの情報で、間違いはない。ただ、オースティン様の良さは他にもたくさん存在している。

「たとえばルル。オースティン様って、ルルの目を見てしっかりお話してくれなかった?」
「……してくれた!」
「ルルのこと、全然子ども扱いしなかったよね」
「うん! おーさん、やさしい!」

 そうだろう、そうだろう。個人的にオースティン様は中身の方がカッコいいと思ったことを、ルルメリアに教えていく。

「それにさ、クールにしてはたくさん反応してくれたように思わない?」
「……してくれた! あたしがつけたあだな、よろこんでくれた!」
「うん」

 正直あの反応は、衝撃的過ぎて今でも覚えている。大人の対応とも取れるが、オースティン様は純粋に喜んでいたように見えた。

「どうかな。オースティン様のよさ、たくさん見つけられたんじゃない?」
「うん! おーさんいい人だ! いけめんだけじゃない」

 ルルメリアの理解の早さに感心しながらも、これで少しでも顔意外にも興味が向いてくれたらいいな。

「ね、ルル。顔だけじゃないでしょ。もちろん、イケメンを否定するわけじゃないんだけど、人は見た目が全てじゃないんだよ」
「……なかみもだいじ」
「そうそう」

 これをどうか、ルルメリアが学園に入学するまで覚えておいてくれると嬉しいなぁと思うのだった。
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