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08.義娘が泣いています
しおりを挟む食材が入った、中々に重いバックと仕事バックの二つを持ちながら家まで駆け足で急ぐ。時間に対する焦りはあるものの、気持ちは晴れやかだった。
死相が消えているという一言が、私の重圧を消し去ってくれた気がした。
馬車の事故を避けられた瞬間、あの占い師の言うことは当たる可能性が高いと思えた。そんな中、今後の安全が保障された言葉をもらえば、嬉しくなるものだろう。
占いはあまり信じていなかったが、しっかり宣伝しよう。そう思える一日だった。
パン屋に到着すると、マイラさんと目が合う。するとそのまま大きな声を上げた。
「ほらルルちゃん、お母さん帰って来たよ!」
「すみません、遅くなってしまって……!」
「いいんだ、さっき終わった所だからね。それよりもルルちゃんが……」
「ルルがどうしたんですか?」
顔を曇らせるマイラさんに、一抹の不安を覚える。もしやルルメリアが何か粗相をしたのではないかという考えが過るものの、奥から出てきたのは元気をなくしたルルメリアだった。
「ルル……? どうしたの」
下を向いたままのルルメリアに、しゃがんで声をかける。すると、ピクリと反応してこちらを見た。
「おかーさん……?」
「そうだよ」
不思議なものを見る目でこちらを見つめたかと思えば、突然ルルメリアは私目掛けて走り出した。いや、突っ込んできたという表現の方が正しい。
「おかーさーん‼」
「うっ」
あまりの勢いに、反動で変な声が漏れ出てしまう。ルルメリアは突撃するとすぐに、涙を流し始めた。よしよしと頭を撫でた後でよいしょと抱き上げた。
「ルルちゃんね、クロエちゃんの帰りが遅かったからか、酷く心配してたのよ」
「ルルが」
「あぁ。お母さんが死んじゃうって言うくらいだからね」
「……そうだったんですね」
それはきっと子どもの単純な不安ではなく、前世の記憶が引っ張られて生まれた明確な不安なのかもしれない。ぎゅっとルルメリアを抱きしめると、マイラさんにお礼を告げて帰宅した。
家に到着すると、ルルメリアをそっと床に下ろすものの、まだ泣き止んではいなかった。
「うっ、うっ」
「ルル、私は無事だよ? ほら、死んでないでしょ」
ルルメリアとしっかりと目を合わせながら、事故に遭わずに生還したことを伝える。じっと見つめていると、ようやくルルメリアは口を開いた。
「……おかーさん、げんき?」
「うん、元気だよ」
「どうしてげんきなの?」
ルルメリアの「どうして」というのは、なぜ私は死ななかったのかという疑問のように聞こえた。それは決してルルメリアが私の死を望んでいたのではなく、当たり前に怒ると思っていた私の死がなかったことに対する疑問なのだろう。
「ルルのおかげだよ。ルルが、私が馬車に轢かれて死ぬって言ってくれたから。いつも以上に馬車に注意して帰って来たの。危ない瞬間はあったけど……ほら、帰って来れた。ありがとう、ルル」
にこっと微笑みながらルルメリアに感謝を伝えれば、もう一度ルルメリアは大きな目に涙を溜め始めてしまった。
「おかーさんがしんじゃわなかったのはうれしいの。すごいうれしいの。だってあたし、おかーさんがすきだから」
「ありがとう」
「でもこれじゃ、しなりおとかわっちゃう」
「……シナリオ」
それは以前ルルメリアの説明で出てきた言葉だった。あの時は重要語句ではないだろうと気にしなかった。まぁ、逆はーれむだの男をはべらせる発言の方の威力が強かったから。
「しなりおはかえちゃだめ……あたしがひろいんになれなくなっちゃう」
「そっか……」
これはつまり、私が死ぬべきだったのだろうかと複雑な感情が浮かび上がる。
「でもね。あたしおかーさんのことすきなの」
「ありがとう。私もルルが大好きだよ」
よしよしと頭を撫でる。
そうか、この子は葛藤していたのだ。自分がなれると信じてやまない〝ヒロイン〟という存在になる確実になる未来と、私が生きてしまった現在の二つを前にして。
ルルメリアの好きだという言葉は、何も私に死んでほしかったという思いがあったわけではないと理解するには十分なものだった。
「ねぇルル。私が死なないと、ルルはひろいんになれないの?」
「……たぶん?」
おっと疑問形だ。ということは、もしかしたら必ずしも私が死ななくてはいけない訳ではないのではないか。
「ルルの言うシナリオで、私はどんな存在なんだろう?」
「うーんとね…………もぶ‼」
一生懸命考えて出た言葉は、またも難解なものだった。もぶ。自信満々に言ってくれるところ申し訳ないが、残念ながら私は聞いたことはない。悩むように困惑の笑みを浮かべた。
「えぇと……ルル、もぶってなにかな?」
「もぶ? もぶはね、うーん……わきやくのわきやく!」
「脇役の脇役」
それってつまり舞台に出る意味もなさない存在ということだろうか。
「あ、まって……でもちがう」
「違うの?」
さすがにそんな酷い位置じゃないだろうと期待を込めて聞けば、ルルメリアは純粋な瞳で答えた。
「もっとわきやく?」
思わずそっと目を閉じてしまった。
……もっと脇役。どうやらルルメリアの言うシナリオで私は随分と悲しい立場の人間のようだ。
「それって、別にいなくてもいても関係ないよね……」
ぼそりとそう呟けば、ルルメリアは少し考え込んだ。すると目を輝かせ始めて、満面の笑みを浮かべた。
「たしかに‼」
ぐさり。なにか確実に胸に刺さった気がした。そのシナリオとやらが何かはまた後で聞くとして。何だかぞんざいに扱われていることだけは理解できたのだ。
脇役の脇役、のもっと脇役。こんなに悲しい言葉を聞いたのは、生まれて初めてだった。
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