66 / 79
65. 交錯する想い
しおりを挟むその時間はほんの一瞬だったかもしれない。けれどとても長く大切な時間だった。だがそれでも定めた気持ちに反しないよう、私からは抱きしめ返すことができなかった。
「ヴィー、顔を見せて」
本物かどうかを今一度確かめたいのだろう。私はゆっくりとウィルを見上げた。
うまく、笑えているだろうか。
正しい表情が見つからないが、悲しい顔を見せるのは違うとわかるので反射的に淑女の笑みを浮かべた。
「ヴィー……」
ウィルはウィルで言いたいことがたくさんあるのだろう。なにから話せばいいのか、そう困った顔になっている。
「……取り敢えず、座りましょう?」
それは私も同じで、うまく言葉がみつからないために無難な事しか言えない。
「そうだね」
そう言いながら、私の両手を包み込む。片手を離してエスコートをされた。少しの距離だというのに変な気持ちになってしまう。そのよこしまな気持ちを自分の中でどうにか消そうとする。
もう立場が違うのだから、と。
向い合わせで座ると、ようやく心を落ち着かせた私はまず感謝を告げた。
「……大公殿下、この度はご配慮いただき誠にありがとうございました。おかげさまで回復もできました」
一線を引いた私の態度に、一瞬動きが止まるウィル。それでもすぐに切り替えるところはさすがだと言うべきだろう。
「……礼を言うのはこちらの方だよ。危機的状況を解決できたのはあの場だけでなく、世界中どこを探してもヴィー……君しかいなかった。そんな君が命を懸けて僕らと国を守ってくれたんだ。相応の報酬を受け取ってほしい」
「え……」
予想外の対応に反応が遅れてしまう。報酬を与えるのはそれだけ見合った行動をしたと、国が認めるからだ。だが、残念ながら私自身は到底そう考えることはできない。自分の中にある想いを目を伏せながらも、はっきりと言葉にする。
「……いただける報酬などありません。私は……義務を果たしたまで。今回の騒動、責任の所在は私にもあるでしょう。更に言えば私は皆様を欺いておりました。責められることはあっても、称賛されるのはおかしいかと」
「……」
ウィルの静かに黙る姿から雰囲気が変わるのがわかった。
「どうか適切な判断を下していただけませんか」
「適切な判断だよ。それにこれはもう陛下公認の決定事項だから覆せない」
ウィルはウィルで、大公として下した決断を譲る気はないようだ。
だが私の気持ちも変わらない。そうなると、ここからはどちらかが納得をするまでの話し合いになる。立ち回りが上手いウィルに勝てる気はしないが、ここで折れては決意が無駄になってしまうというもの。現実重視の考えで必死に心を埋め尽くそうとする。
「でも……受け取れません。受け取る資格など」
「十分にある。今回の功労者は君しかいない」
「では、欺いていた罪とぶつけて帳消しにしてください」
「欺いていた、ね。確かに事実としてはそうかもしれないけれど」
「私はこの国の公爵家の方々と大公殿下へ自身を欺きました。これは確かです。私の今の立場からは決して許されぬ行為ではありませんか」
「……残念だったねヴィー。この国には魔法で人を欺いた時に咎める罪はないんだよ」
「……!」
そうだ、それがあった。
私には最大におかした過ちが存在していた。その事実に気づいた私は、皮肉にもこの口論の勝ちを悟った。
「……確かに、そんな罪はないかもしれません。ですが私は、陛下の許可を無しにこの国で魔法を多用しました。これは揺るぎない過ちです」
たとえば世界を守ったとしても、決められた規則には反しているのだ。やっていることはかつてのリズベット同じなのだから。
「更に言えば、私は大公殿下の大切な選考会も壊しております。その責任も踏まえれば相殺以上のものではないでしょうか」
揺るぎない瞳で、今度はしっかりと目線を定めて話をした。
「…………」
「…………」
私の決定的な言葉を最後に沈黙がながれた。あの抱擁から空気は一変し、冷えたものへとなる。
ウィルやその背後にあるデューハイトン帝国が私を称えるべきという考えは理解できる。だが、それを受け入れられない理由があるのだ。事前に防げずに結局リズベットを危険に晒した時点で、私には何も称えることはない。むしろ責任を押し付けてもらいたいくらいだ。実際そうなのだから。
いっそのこと押し付けて、事実上帝国から追放されればこの想いに明確な諦めがつくというもの。私がここ数日で願ってきたウィルの幸せには、残念ながら私はいない。今の私には何もかも足りないのだ。もしも誰にもない価値と問われあげるとしたら魔法になる。だが、それではリズベットがベアトリーチェとして行ったことに変わりがなくなってしまう。
だからウィルは全てを兼ね備えている、大公妃として一番ふさわしいお嬢様とならば幸せになれるはずだ。
それに………………私は知っている。ウィルが私のことを妹のように大切にしてきてくれたことを。
決して一度も言葉にはしなかったものの、彼が送る視線には家族を見つめる暖かさが含まれていた。当時幼かった私を、恋愛対象として見ることはきっとできないだろう。考えれば考えるほど、心の底に眠る願いが叶わないことが見えてきて苦しくなる。
どうか希望を持たせないで。無意味な光を見せないで。できることならば、手っ取り早く突き放してほしい。
感情がぐちゃぐちゃになりながらも、私は最後の一押しをしようと前を向いた。それと同時に、ウィルは切なくもどこか嬉しそうな表情を浮かべて口を開いたのである。
「よかった………ヴィーは7年経ってもヴィーだ」
11
お気に入りに追加
2,539
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる