64 / 79
63. 背負う罪の行方
しおりを挟む少し残酷な描写があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
△▼△▼△▼
国が滅ぶことになったあの日。その裏側には知られざる背景が存在した。
「襲撃を受けたあの日、国のトップは緊急事態に動揺するだけで何もできなかった。魔法も使えず、防衛手段もない彼らは打つ手なしに命を落としていった。俺は襲撃を聞いた瞬間に、無我夢中で逃げた。ただの人間となった貴族達から逃げるのは簡単だったが、攻め込むトゥーレンの人間から逃げるのは容易ではなかった。ライナックは悲劇にもこの日エルフィールドを訪れてしまっていた。何とか合流して逃げようとしたが……ライナックは途中で俺を庇って………」
「…………」
苦しそうな表情を見せるライオネル。
「今考えれば、南の小国や帝国出身だった彼らは命を狙われていないのだから、逃げる必要はなかったんだ。だが、襲撃の意図を知らない俺達はただひたすら逃げることしかできなかった。誤ったその選択のせいでライナックは命を落とした。……ライナックが死んだのは俺のせいだ。ライナックだけじゃない。あの国が滅んだのも、俺が最大の要因だ……」
悪事と不運が重なり迎えてしまった悲劇。あの惨劇の裏側には、私の知らない様々な思惑が交錯して必然的に起こったことかもしれない。
「だから……俺は君にもう一度言う。“君は俺のことを許さないでくれ”」
「……それは」
告げられた真実に動揺が消えないまま、ライオネルは泣きそうな声で懇願した。
「許さずに……どうか、葬ってくれないか。俺は許されない罪を犯した。今となっては誰にも咎めることができない。だけど君なら……最後の王族である君にならば、俺を裁く権利があると思う。だからどうか」
それ以上は耳に入れたくないと感じた。いや、言葉にしてほしくなかった。それと同時に、悔しさや悲しさや怒りが混ざった複雑な感情が込み上げてくる。
「お願いだから、そんなことを言わないで。私には貴方を裁くことなどできないし、葬るなどもっての他。決してできない。私にとってライナックは……ライナックでなかったとしても、貴方は10年間を共にした、大切な大切な家族です。ライオネル様。貴方は私に家族を殺せと言うの……!」
抑えきれない感情は涙となり溢れ出す。感情的に、言葉を選ばずに想いを伝えることなどどれほどの間してこなかっただろうか。それだけ今この時が自身にとって重要だということを本能的に察知する。
たとえライナックであろうとライオネルであろうと関係ない。ここまで私を育ててくれたのは目の前にいるこの人なのだ。私にとって第2の家族は彼なのだ。
「そんなつもりは…………だが、そうでもしなければ」
数々の葛藤は、たとえどんなに時間がたったところで消えることがなかった。終わらない苦しみには心から共感するものがある。それでも、どうにか考えを変えてほしいのだ。自ら最悪の選択をしないでほしい。
「私は貴方がそこまで背負う必要はないと感じます。そもそも悪事を……それ以上のことをしたのは我が父をはじめとした貴族です。それに対して身を守ったのですから、正当防衛と言えるのではないでしょうか」
「正当防衛だなんて到底…………俺は更生の余地があるエルフィールドの子どもの命だって奪った」
「奪ったのは貴方ではありません。間接的には考えられますが……とどめをさしたわけでは」
「国を1つ崩壊へ導いたんだ。何の罪も無いわけがない」
果たしてその崩壊は罪に問われるものなのか。そして崩壊へ導いたのはライオネルではない。エルフィールドにはびこっていた考えを持っていた人達本人ではないのか。
言いたいことがありすぎる。それでも最善な言葉を探って伝えていく。
「…………エルフィールドは、崩壊すべくして崩壊したのです」
「ロゼルヴィア………」
私の知っているエルフィールド国は初めから幻想そのもので、どこにも存在していなかった。するはずがなかった。
「今も存在していれば、それこそ最悪な結果を招いていたでしょう」
私はライオネルに向かって、強い想いをぶつけた。
「ライオネル様、貴方は確かに1つの国を滅ぼしたかもしれません。ですが同時にそれ以外の全ての国……世界を救ったのです」
あの日もしも企みが成功していたならば、確実に未来は変わっている。その未来は多くの者が望まない筈だ。
「…………」
「エルフィールドの誰もが許さなくても王族である私が許します。そしてきっと、世界は貴方を許すどころか讃えるでしょう。それでもまだ心が晴れぬと言うのならば、私が半分を背負います。引き起こした要因があることが罪ならば、王族だというのに何も知らなかったことも罪ではありませんか」
「君の場合は……」
周りにそういう環境を意図的に作られていた。それは事実としてあるが、もっとできたことは確実に存在していた。
「それはただの言い訳でしかありません。……貴方が私を責められないように、私も貴方を責めることができません」
私だけでなく、誰もライオネルを責めることはできないと確信している。
背負ったものの重さが尋常でないことはわかっている。今すぐにその荷物を下ろすことが不可能なことも同じくできない。それはこの長い年月が証明をしている。
「だからどうか、生きましょう、これからも共に。私にとって家族はライオネル様……叔父様、貴方だけなのです」
「……っ……ロゼルヴィア、俺は……」
溢れる叔父様の涙に、私も押さえていた涙が止まらなくなる。
「私たちにとって……生き続けることが、最大の贖罪ではないでしょうか」
失われた命の数には到底及ばずとも、生き延びたからにはそう簡単に同じ道を辿ってはならない。
「それに、簡単に死んではライナックが許してはくれませんよ。叔父様もそう考えたから10年間生きていてくれたのではないのですか……!」
「あぁ…………………そう、なのかもしれないな」
ようやく見せたライオネルの弱々しい微笑みには、どこか重い枷が外れて気持ちが落ち着いたように見えた。涙で濡れながらも、考えを落ち着かせようとしていた。
「……先ほども言いましたが、私には叔父様しかいません。図々しいとわかっています。わかってはいますが、どうか…………これからも家族でいてください……っ……」
一度去った筈の感情の波が再び訪れて爆発をする。
長い沈黙のあと、叔父様は小さな笑みを浮かべながら私を見つめた。
「君が…………ロゼが、そう望んでくれるのならば」
「当たり前です……っ!」
どうかこれからも共に乗り越えていける存在でありますようにと願いを込めて、私は涙を流したまま叔父様と抱擁を交わしたのだった。
1
お気に入りに追加
2,529
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。
梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。
ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。
え?イザックの婚約者って私でした。よね…?
二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。
ええ、バッキバキに。
もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる