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52. 差し込んだ光に願いを込めて(リズベット視点)

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 リズベット(ベアトリーチェ)視点になります。次回は元に戻ります。

△▼△▼△▼

 ずっと私は幸せになることが許されないと思っていた。半端者として生まれた以上、分不相応な願いは何一つ持ってはいけないと現実がそう告げている気がした。

 どこにも光が差さず、後はただ絶望の中死を待つだけだと諦めたその時に彼女は現れた。

 情報を欲していた彼女に、私は最後の望みをかけた。取り引きに応じてくれた瞬間、初めて私は生き残る未来を見ることができたと思う。

 彼女は自身を普通の魔法使いだと言う。

 そんなものではないと、どこか直感的に思った。普通の魔法使いは、もっと傲慢で強欲で自分のことしか考えない下劣な存在だから。

 彼女からはどれも感じず、私は生まれて初めて綺麗な魔法使いに出会った。只者ではないことはわかったが、言及できるほど自分に余裕はなかった。

 思えば、初めて見たその時から自分に通じる何かを少しだけ感じていた。

 生き延びるためにしてきた事は、到底許されるものではない。だからこそ、今度はそれを償わせてほしい。どうか人間らしく終わりたいのだ。

 彼女はその願いを尊重してくれた。一切馬鹿にする様子はなく、真剣に向き合ってくれた。

 考えてみれば、情報を渡すだけ渡した後は、関わらないようにするのが私の知る魔法使い達だ。得るものを得られた時点で踵を返す。だが、不思議と彼女は守ってくれると確信が持てた。

 だから私は、躊躇いなく彼女に自分の命を任せられたのだろう。

 そして、心から感じた。

 奇跡的に生き残った魔法使いが、彼女で良かったと────。


ーーーーーー


 選考は最終日を迎えた。
  
 朝からただ不安で押し潰されそうになるが、差し込んだ光のお陰で何とか気持ちを保てていた。

「もうすぐ旦那様が来る頃ですねー」

「確かに」

「大公家にいられるのも後少しかぁ、残念」

「まぁ、公爵家も悪くないけどね」

「まぁね」

 無駄口の多い侍女を咎める気持ちにもなれず、結果として放置の状態になる。

 人望のないラベーヌ家で働いている人間は、そこまで教養がなくても採用されている。言ってしまえば人手不足なのだ。お金でつるしかないし、名家のご令嬢はまず来ない。行儀作法ならば他家でも教えられるからだ。

「あ、馬車の音。思ったより早かったですね」

「早く来たって待つだけなのにね」

「本当にそれ、何かしたいことでもあるのかしらね」

 小さな文句を言う侍女と共に、養父であるラベーヌ公爵を出迎えた。

「お久しぶりです」

「あぁ。先程執事に聞いて許可を取ったんだが、暇な時間は本館と反対側の別館以外なら自由に見て構わないと言われた」

「そうですか」

「せっかくだからな。見て回る」

「いってらっしゃいませ」

「…………」

 何も考えずに見送ろうとしたがよくなかったようだ。少し不機嫌になる公爵。

「一人で見て回るのも体裁が悪いだろう」

「……わかりました、ご一緒いたします」

 相変わらず何を考えているかわからないが、詮索できるほどの余裕はない上、逆らうという選択は命取りなので従う他ない。

「…………体裁、ね」

 今までの行動から、そんなものを気にするのもおかしな話だ。だが、選考日だけあって気にかけているのかもしれない。

「どちらへ向かうのですか」

 先を歩く公爵に追い付きながら問う。

「お前に縁のある場所だ」

「はぁ」

 大公家では短期間しか過ごしていないというのに、縁も何もないと思う。

 そう悪態をつきながらついていけば、たどり着いたのは門前に広がるフィーディリアの花畑だった。

「……こちらが見たかったのですか」

「あぁ。と言っても、見たかったは違うな」

「はい?」

「…………長かった」

 良くわからないことを言い出しそうな雰囲気に、思わず後退りをする。そして、公爵の不適な笑みを見た瞬間に体が即座に危険を察知した。

「何を、するおつもりですか」

「そんなことは自分が一番わかっているのではないか、ベアトリーチェ」

「私には、さっぱり……」

 嫌な予感、なんてものではない。これは命の危機を告げるものだ。差し込んだ光が、途端に隠れてしまうような感覚に襲われる。

「まだ、結果は出ていませんよ公爵」

「結果……はははっ!!」

「……何かおかしな事でも」

「お前は、本当に愚かだな。お前などが、お前のような半端者の貴族が、高潔なリフェイン家に実力で勝てると本気で思っているのか」

 そんなことはわかっている。言われずとも、フローラ様は別格だ。勝てる要素は何もない。

「…………」

「かの国が滅びたからこそお前の価値はあるようなもの。それだって、貴族の令嬢としてではなく、あくまでも魔法使いだからだ」

 震える体を押さえながら、公爵に気づかれないように魔法を発動する。半端者の私でも、物を浮かせることくらいはできる。

「ならば何故、大公家の縁談に横やりを入れたのですか」

 彼女は約束してくれた。どんなに小さな魔法でも、必ず助けに来てくれると。

 最後まで差し込み続ける光に願いが届くように祈った。

「決まっているだろう。ここに、大公家に入る理由を作るためだ」

 目的は、フィーディリアの花。
 
 かつて力を貸してくれたような不思議な感覚を共有して優しく見えた花は、今は酷く重苦しいものに見えてしまう。

「はっきりと教えてやろう。お前は最初から依り代になる運命だったとな」

 その言葉は、嫌なほど胸にすとんと落ちてくる。これがお前の運命だと、神様にさえ突き放されているような気分。

 でも、願いは届くもの。

 私が信じた彼女の足音が聞こえた気がした。


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