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40. 追憶する姫君⑦
しおりを挟む扉から人が出てきた。
背はウィルよりも高い。しかし、その他は何もわからない。ローブを着ているからだ。顔は全く見えず、深くフードを被っているので口元がうっすらと認識できるほどだ。
「…………」
「…………」
私とウィルは言葉を発せずに、ただ目の前のローブの人を見つめていた。
即座に謝って壁へ向かう選択肢は存在したが、何故かそれをする気持ちにはならなかった。ウィルの沈黙する姿から察するに、同じ気持ちなのだろう。
「…………ここは、君達のような子どもが来る場所ではない」
続いた長い静寂は、ローブの人によって破られた。
声からわかるのは、男性ということ。
「早く、帰りなさい」
目の前にいるローブの男性からはただならぬ雰囲気を感じる。何か凄く惹かれるものがあるのだ。好奇心が再び膨らんでしまった私は、気がつけば口を開いていた。
「あの、先ほどの移動魔法を設置したのは貴方ですか」
「ちょっと、ヴィー」
言われた通りに帰ろうという気持ちのウィルにとって、会話は不必要だろう。
「………………だとしたら何か」
「凄く興味深いものだと思って。まだ幼くて魔方陣は習得できていないので浅知恵になりますが、気配をまるで感じない素晴らしい魔方陣でしたわ。何かコツがあるのでしょうか」
「…………………」
「ヴィー、そんなに早口で聞いたら困らせてしまうだろう。……魔法使い殿、失礼しました」
質問に対して無言になる男性。
ウィルは突発的な私の行動を優しい口調で嗜めた。
「………………変わった子ども達だな」
「え」
「はい、自覚はありますわ」
一緒にされたことに一瞬驚くウィル。
「大したことではない。君なら成長すればすぐにできる。わざわざ私が教えることでもないさ」
「そうなのですか。それは楽しみです」
子どもだからという流し方か、真意はわからないが答えてくれたことに嬉しくなる。
「質問には答えた。もう帰りなさい」
「はい」
「まだ少ししかお話しできてません。もう少しだけ」
「ヴィー……」
困惑の瞳を向けるウィルを軽く無視して、ローブの魔法使いさんを見つめる。
「……君も大変だな」
「そうですね」
何故か同情されるウィル。
「それで、まだ聞きたいことがあるのか。小さなお嬢さん」
「小さなは余計ですよ。そうですね、何か魔法を教えてほしいです。何かの縁で会えた記念に!」
「……教える」
「はい。どんなものでも構いません」
この魔法使いさんは、きっと自分の知らない魔法をたくさん知っている。そんな気がして尋ねた。
「……教えれる魔法なんて」
「教えてくれたら、今度こそ大人しく帰りますわ」
断られるのを寸前で阻止する。
「小さな紳士はそれでいいか」
「僕は……そうですね、魔法を見れればそれで十分です」
ウィルも話の流れに乗って、最速で帰れる選択肢を選んだ。
「……わかった。約束は守るように」
「はい!」
「お願いします」
どの魔法を教えるか考え込む間に、再び家を観察する。
とても大きな一軒家だ。一人で住むには少し広く感じるほどにゆとりのある広さ。見た目は特に派手ではなく、物静かな色合いで構成されていた。
「……念動魔法を教える」
「念動魔法?何ですかそれは」
初めて聞く魔法に期待を膨らませながら、問い返す。
「簡単に言えば物を動かす魔法だ。……知らないのは当たり前だ。別に覚えていたところで使いどころはないからな」
話を聞くに念動魔法は低級魔法らしく、今では教えることが少なくなったものらしい。
「面白そうですね!教えてほしいです」
「………………わかった」
こうしてローブの魔法使いさんによる、手短な魔法講義が始まった。
教え方はとても上手くて、身に付けるのにそう時間はかからなかった。
「試しにそこの石でも動かしてみるといい」
「はい、先生!」
「…………」
「お、できてる。凄いねヴィー」
「できましたよ!」
「おめでとう。習得できて何よりだ」
無事に実践も済ませる所まで終えると、心なしか魔法使いさんも喜んでいるように思えた。
「とても教え方がお上手ですね」
「いや、君の呑み込みが良いだけだ」
「僕からすれば両方十分に凄いけれどね」
見守っていただけのウィルだが、普段魔法を目にすることのない彼にとっては、観察するだけでも楽しかったようだ。
「ほら、教えたぞ。そろそろ帰りなさい」
「約束は守らないとですからね。……あら、魔法使いさんはとても綺麗な瞳をなさっておいでですのね」
偶然見えた瞳は綺麗で深みのある青色をしていた。
「……っ!」
「きゃっ!」
「わっ!」
その言葉に反応したのか、思わず強風が吹く。咄嗟にドレスを押さえて、少ししゃがむ。
「………」
「………」
「わぁ、びっくりした」
突然の風に驚きながらも、もしやこれも魔法かと感じて尋ねてみる。
「凄い魔法でした……!」
「……すまない。咄嗟に」
「いえ、素晴らしかったです。できればこの魔法も教授いただきたいと────」
「ヴィー」
いつもよりよ少し低い声で名前が呼ばれた。
「約束は守るんだろう。帰るべきだよ。これ以上は魔法使い殿の負担になる」
「……ごめんなさい。またの機会にしますね」
「…………あぁ、気をつけて帰ってくれ」
「はい、本日はありがとうございました」
「ありがとうございました。失礼します」
別れを告げて、今度こそ壁のある場所へと歩き出す。
振り向くことはしなかったが、ローブの魔法使いさんは私達が見えなくなるまで見送ってくれている、そんな気がした。
帰る道中、ウィルとは付き合ってくれた感謝を述べたりした。その中でも話題の中心だったのは、やはりフードの魔法使いさんだった。
「ヴィー、魔法使い殿は瞳が青かったのかい」
「えぇ。青いといっても深みのある青よ。ウィルも青いけれど、ウィルの瞳は明るめの青色でしょう。あの方は、もう少し深い青色だったわ」
「そう。他には?」
「他?」
「他の顔のパーツというか、顔立ちとか、髪とか」
「いいえ。全く見えなかったわ。強いていうならそれが心残りね」
「…………そう」
「ウィルは見えたの?」
「いや。運が悪くて口元しかわからなかったよ」
お互いに確認することのできなかった魔法使いさんのローブの中身。
「またいつか見せていただけるかしら」
「無理じゃないかな。隠したいものがあるからローブを被るんだよ。それを詮索するのは無作法じゃないかな、淑女のヴィー?」
「それもそうね……これ以上失礼なことをするわけにはいかないし」
「自覚はあったんだ」
「あるわよ、淑女ですもの。……今日を除いてね」
「なら良かったよ。……僕もできればもう一度くらいお会いしてみたいけれど、やめておいた方がいいだろうね」
「えっ」
「ヴィー、考えてごらんよ。魔法がかかっている場所に強行突破で言ったんだよ、無断で。父上である陛下に話がいけば、色々と怒られるんじゃないかなぁ」
「そ、それは嫌よ」
「なら、やめておこうね。ちなみに連帯責任で僕も怒られるだろうから庇えないよ」
「肝に免じるわ」
「そうして」
約束通り、あれからもう一度壁の向こう側に行くことはなかった。
魔法使いさんに会えないのは少し寂しかったものの、教えてもらった魔法は重宝しながら現在は過ごしている。
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