上 下
41 / 79

40. 追憶する姫君⑦

しおりを挟む


 扉から人が出てきた。
 
 背はウィルよりも高い。しかし、その他は何もわからない。ローブを着ているからだ。顔は全く見えず、深くフードを被っているので口元がうっすらと認識できるほどだ。

「…………」

「…………」

 私とウィルは言葉を発せずに、ただ目の前のローブの人を見つめていた。

 即座に謝って壁へ向かう選択肢は存在したが、何故かそれをする気持ちにはならなかった。ウィルの沈黙する姿から察するに、同じ気持ちなのだろう。

「…………ここは、君達のような子どもが来る場所ではない」

 続いた長い静寂は、ローブの人によって破られた。

 声からわかるのは、男性ということ。

「早く、帰りなさい」

 目の前にいるローブの男性からはただならぬ雰囲気オーラを感じる。何か凄く惹かれるものがあるのだ。好奇心が再び膨らんでしまった私は、気がつけば口を開いていた。

「あの、先ほどの移動魔法を設置したのは貴方ですか」

「ちょっと、ヴィー」

 言われた通りに帰ろうという気持ちのウィルにとって、会話は不必要だろう。

「………………だとしたら何か」

「凄く興味深いものだと思って。まだ幼くて魔方陣は習得できていないので浅知恵になりますが、気配をまるで感じない素晴らしい魔方陣でしたわ。何かコツがあるのでしょうか」

「…………………」

「ヴィー、そんなに早口で聞いたら困らせてしまうだろう。……魔法使い殿、失礼しました」

 質問に対して無言になる男性。
 ウィルは突発的な私の行動を優しい口調で嗜めた。

「………………変わった子ども達だな」

「え」

「はい、自覚はありますわ」

 一緒にされたことに一瞬驚くウィル。

「大したことではない。君なら成長すればすぐにできる。わざわざ私が教えることでもないさ」

「そうなのですか。それは楽しみです」

 子どもだからという流し方か、真意はわからないが答えてくれたことに嬉しくなる。

「質問には答えた。もう帰りなさい」

「はい」

「まだ少ししかお話しできてません。もう少しだけ」

「ヴィー……」

 困惑の瞳を向けるウィルを軽く無視して、ローブの魔法使いさんを見つめる。

「……君も大変だな」

「そうですね」

 何故か同情されるウィル。

「それで、まだ聞きたいことがあるのか。小さなお嬢さん」

「小さなは余計ですよ。そうですね、何か魔法を教えてほしいです。何かの縁で会えた記念に!」

「……教える」

「はい。どんなものでも構いません」

 この魔法使いさんは、きっと自分の知らない魔法をたくさん知っている。そんな気がして尋ねた。

「……教えれる魔法なんて」

「教えてくれたら、今度こそ大人しく帰りますわ」

 断られるのを寸前で阻止する。

「小さな紳士はそれでいいか」

「僕は……そうですね、魔法を見れればそれで十分です」
 
 ウィルも話の流れに乗って、最速で帰れる選択肢を選んだ。

「……わかった。約束は守るように」

「はい!」

「お願いします」

 どの魔法を教えるか考え込む間に、再び家を観察する。

 とても大きな一軒家だ。一人で住むには少し広く感じるほどにゆとりのある広さ。見た目は特に派手ではなく、物静かな色合いで構成されていた。

「……念動魔法を教える」

「念動魔法?何ですかそれは」

 初めて聞く魔法に期待を膨らませながら、問い返す。

「簡単に言えば物を動かす魔法だ。……知らないのは当たり前だ。別に覚えていたところで使いどころはないからな」

 話を聞くに念動魔法は低級魔法らしく、今では教えることが少なくなったものらしい。

「面白そうですね!教えてほしいです」

「………………わかった」

 こうしてローブの魔法使いさんによる、手短な魔法講義が始まった。

 教え方はとても上手くて、身に付けるのにそう時間はかからなかった。
 
「試しにそこの石でも動かしてみるといい」

「はい、先生!」

「…………」

「お、できてる。凄いねヴィー」

「できましたよ!」

「おめでとう。習得できて何よりだ」

 無事に実践も済ませる所まで終えると、心なしか魔法使いさんも喜んでいるように思えた。

「とても教え方がお上手ですね」

「いや、君の呑み込みが良いだけだ」

「僕からすれば両方十分に凄いけれどね」

 見守っていただけのウィルだが、普段魔法を目にすることのない彼にとっては、観察するだけでも楽しかったようだ。

「ほら、教えたぞ。そろそろ帰りなさい」

「約束は守らないとですからね。……あら、魔法使いさんはとても綺麗な瞳をなさっておいでですのね」

 偶然見えた瞳は綺麗で深みのある青色をしていた。
 
「……っ!」

「きゃっ!」

「わっ!」

 その言葉に反応したのか、思わず強風が吹く。咄嗟にドレスを押さえて、少ししゃがむ。

「………」

「………」

「わぁ、びっくりした」

 突然の風に驚きながらも、もしやこれも魔法かと感じて尋ねてみる。

「凄い魔法でした……!」

「……すまない。咄嗟に」

「いえ、素晴らしかったです。できればこの魔法も教授いただきたいと────」

「ヴィー」

 いつもよりよ少し低い声で名前が呼ばれた。

「約束は守るんだろう。帰るべきだよ。これ以上は魔法使い殿の負担になる」

「……ごめんなさい。またの機会にしますね」

「…………あぁ、気をつけて帰ってくれ」

「はい、本日はありがとうございました」

「ありがとうございました。失礼します」

 別れを告げて、今度こそ壁のある場所へと歩き出す。

 振り向くことはしなかったが、ローブの魔法使いさんは私達が見えなくなるまで見送ってくれている、そんな気がした。

 帰る道中、ウィルとは付き合ってくれた感謝を述べたりした。その中でも話題の中心だったのは、やはりフードの魔法使いさんだった。

「ヴィー、魔法使い殿は瞳が青かったのかい」

「えぇ。青いといっても深みのある青よ。ウィルも青いけれど、ウィルの瞳は明るめの青色でしょう。あの方は、もう少し深い青色だったわ」

「そう。他には?」

「他?」

「他の顔のパーツというか、顔立ちとか、髪とか」

「いいえ。全く見えなかったわ。強いていうならそれが心残りね」

「…………そう」

「ウィルは見えたの?」

「いや。運が悪くて口元しかわからなかったよ」

 お互いに確認することのできなかった魔法使いさんのローブの中身。

「またいつか見せていただけるかしら」

「無理じゃないかな。隠したいものがあるからローブを被るんだよ。それを詮索するのは無作法じゃないかな、淑女のヴィー?」

「それもそうね……これ以上失礼なことをするわけにはいかないし」

「自覚はあったんだ」

「あるわよ、淑女ですもの。……今日を除いてね」

「なら良かったよ。……僕もできればもう一度くらいお会いしてみたいけれど、やめておいた方がいいだろうね」

「えっ」

「ヴィー、考えてごらんよ。魔法がかかっている場所に強行突破で言ったんだよ、無断で。父上である陛下に話がいけば、色々と怒られるんじゃないかなぁ」

「そ、それは嫌よ」

「なら、やめておこうね。ちなみに連帯責任で僕も怒られるだろうから庇えないよ」

「肝に免じるわ」

「そうして」

 約束通り、あれからもう一度壁の向こう側に行くことはなかった。

 魔法使いさんに会えないのは少し寂しかったものの、教えてもらった魔法は重宝しながら現在は過ごしている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

【完結】偽りの聖女、と罵られ捨てられたのでもう二度と助けません、戻りません

高瀬船
恋愛
「君が好きだよ」 と、そう言ったのは嘘だった。 「爵位なんて関係無い、俺は君の人柄に惹かれたんだ」 なんて言った癖に、結局あなたは私の家の爵位が低い事を嘲り、自分の爵位に釣り合う「恋人」を作っていた。 騙されて、まんまとこんな最低な男に恋をしてしまった自分が本当に愚かだ。 初めからこの男は、私が持つ「光属性魔法」を狙っていただけだったのに。 「学院を卒業したら結婚しよう」 なんて、どの口が言ったのか。 私、メニア・ハピュナーは学院の空き教室で、自分の婚約者が他の女性と口付け合っているのを見てしまい、その場に立ち尽くした。

王太子から婚約破棄され、嫌がらせのようにオジサンと結婚させられました 結婚したオジサンがカッコいいので満足です!

榎夜
恋愛
王太子からの婚約破棄。 理由は私が男爵令嬢を虐めたからですって。 そんなことはしていませんし、大体その令嬢は色んな男性と恋仲になっていると噂ですわよ? まぁ、辺境に送られて無理やり結婚させられることになりましたが、とってもカッコいい人だったので感謝しますわね

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。 王子が主人公のお話です。 番外編『使える主をみつけた男の話』の更新はじめました。 本編を読まなくてもわかるお話です。

妹に全てを奪われた伯爵令嬢は遠い国で愛を知る

星名柚花
恋愛
魔法が使えない伯爵令嬢セレスティアには美しい双子の妹・イノーラがいる。 国一番の魔力を持つイノーラは我儘な暴君で、セレスティアから婚約者まで奪った。 「もう無理、もう耐えられない!!」 イノーラの結婚式に無理やり参列させられたセレスティアは逃亡を決意。 「セラ」という偽名を使い、遠く離れたロドリー王国で侍女として働き始めた。 そこでセラには唯一無二のとんでもない魔法が使えることが判明する。 猫になる魔法をかけられた女性不信のユリウス。 表情筋が死んでいるユリウスの弟ノエル。 溺愛してくる魔法使いのリュオン。 彼らと共に暮らしながら、幸せに満ちたセラの新しい日々が始まる―― ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...