滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

文字の大きさ
上 下
36 / 79

35. 追憶する姫君②

しおりを挟む


 対面から1年が経過した。

 あれからも殿下は足繁く通い続けてくれた。月に一度は必ず顔を見せに来てくれて、二人の時間を設けてくれた。

 今日も彼は嫌な顔一つせずにエルフィールドを訪れた。

「元気そうだね。変わりがないようで安心したよ」

「お互いにね」

 ここ1年で、ウィリアード殿下の身長が一気に伸びたせいで隣に立つとその差が目立つようになった。

「そうだ、たまには庭園を歩きましょう」

「それはいいね。ではどうぞ、手を」

「では遠慮なく。ありがとう」

 互いの護衛や侍女を少し離れた場所で待機させながら、二人でエルフィールド王城内にある庭園を歩く。

「ここに来るのは二回目だけれど……やはり綺麗だね」

「でしょう。デューハイトン帝国王城内にも庭園はあるのかしら」

「うん。少し系統が異なるけれど、こことは違った美しさを感じられるんじゃないかな」

「へぇ……早く行ってみたいわ」

「まだ先の話だね」

 父から国外へ行くことを事実上禁止されているため、デューハイトン帝国へ行くことは現時点では叶わぬ願いとなってしまう。

「残念。……ちなみにウィリアード殿下は好きな花はあるのかしら」

「何だか他人事みたいに聞こえるな。ヴィー、二人の時は敬称じゃない呼び方をすることを決めたよね」

「あっ」

 そうなのである。

 つい先日、仲を更に深めるために提案された事がある。それが口調と呼び方を砕けたものにすることだ。様子から察するに、ウィリアード殿下……ウィルはもう少し早くからそうしたかったようだが、全く考えもしなかったことから気がつかなかった。

「ごめんね。ウィルは、好きな花はあるの?」

「うん。よくできました」

 そう言うと頭を優しく撫でる。

「ちょっと、子ども扱いしないで。この前やっと11歳になったのよ。やっと立派な大人に近づいてきたのだから」

 早く大人になって、国の外に出ることを始めとした多くのことをやりたい私にとっては、それに近づくことは凄く重要な問題なのだ。

「ははっ。11歳はまだ子どもだと思うよ。更に言うと僕もまだ子どもだからね」

「こんなに大人びた子どもがいてたまるものですか」

「酷いなぁ」

 再び楽しそうに顔が綻ぶと、そのままの気分で質問に答える。

「好きな花はフィーディリアの花かな。エルフィールドここにしか咲かないということもあるけど、純粋にとても綺麗だからね」

「フィーディリアは私も大好きよ。だからこの庭園も好きなのだけど、もう一つの庭園と呼ばれるフィーディリアの花々が咲き誇る大樹の広場もお気に入りな場所の一つなの」

「ヴィーのお気に入りな場所はたくさんあるからなぁ。どれも素敵なことはわかるけれどね」

「もしかしてまた子ども扱いしてるでしょう」

「さぁ。どうだろうね」

「誤魔化したわね……」


 軽く受け流す対応や楽しく話せるようになったのも、関係構築が上手くいっている証拠だろう。

「……まぁいいわ。それよりもウィル」

「何かな」

「前から気になっていた事だけど……こんなに頻繁にここへ来ていて大丈夫なの」

「心配してくれてるのかな。ヴィーは優しいね」

「そう、心配しているのよ。だって、ウィルが毎月一週間をここへ来るために消費しているのよ。毎月はさすがに無駄な消費になっているのではないの」

 ここまで仲も縮まったのだから、何も毎月来る必要はないのだ。にもかかわらず、ウィルは決まった一定の期間で通い続けている。

「無駄、か。僕にとってはデューハイトンあの国でいらない交流をすることの方がよっぽど無駄だと思うけどね」

「ウィル……貴方仮にも国の王子でしょう。些か自国に冷たいと感じるけど」

「そうかな。興味がないものと価値を感じられないものに時間を割いてないだけだよ」

「その言い分からすると、私との時間は価値か興味があるようね。光栄だわ」

「大切な婚約者との時間だからね。何事にも変えがたい時間だよ」

「だからといってさすがに毎月は……文通でもいいのに」

「何だヴィー、文通がしたかったのか。それなら直ぐにでも始めよう。遠慮しないでたくさん送ってくれていいからね。間に合わなかったら来る時に直接渡すよ」

「それは文通とは言わないでしょう!それに、今の言い方だと来る回数は減らない上に、ただ文通という新しい交流が加わっただけじゃない」

「おや、わかったのか」

「さては、馬鹿にしているわね」

「ヴィーが可愛いから、可愛がっているだけだよ」

 悪意のない笑みとはいえ、手のひらで転がされている感が否めず顔を思わずしかめる。

「ふふっ」

 その表情でさえ笑われてしまうので、最早どうしようもない。でもどこか悔しい気持ちを拭いたいが為に、ある決意をする。

「決めたわ」

「今度は何かな」

「今日から淑女教育に今よりも力を入れるわ」

「へぇ」

「それで綺麗な笑顔と動じない心を身に付けるわ、絶対」

「身に付けるのは大切だけど、僕の前でまでそれをしてほしくはないかなぁ」

「ウィルに対抗するために身に付けるのですから、ウィルの前でやらなくては意味がないじゃない」

「…………」

 呆れているのか少し固まるウィル。

「……わかったよ、僕が悪かった。ヴィーの提案を受け入れて来月の訪問は控えるとしよう。できるだけ頻度も減らすようにすることと、もう少しだけ自国のことを考えるよ。だから僕の前では取り繕わずにいてくれるかな」

「そこまで言うなら……わかったわ」

「でも、寂しいから文通はして欲しいな」

「寂しそうに見えないけど……でも、交流の一貫だし、やってみたかったことも含めて書いてみるわ」

「ありがとうヴィー」

 その時はまた口車に乗せられたことに気づかなかった。

 頻度を減らすことと自国についてはだけなのだ。ウィルのことだ。考えるだけ考えて、結局自分の考えを変えることはないだろう。

 そして、後からわかった話だが来月はデューハイトン帝国での建国祭があるために元々来ない月であることを忘れていた。

 ウィルを見送った後に気付き、またやられたと悔しさを感じたのは言うまでもない。

 だが約束通り、手紙を送ることは果たした。





しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

処理中です...