滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

文字の大きさ
上 下
34 / 79

33. 幸せの形

しおりを挟む


 お嬢様は大公殿下を少なからず慕っていて、だから縁談を進めるのを受け入れるのは当然。婚約者としてなれるように日々選考を頑張っていた。

 というのが私の今までのお嬢様に対する認識だったのだが、どうやら違ったみたいだ。

「好意的に感じたことは無い、ですか」

「えぇ」

「一度も?」

「一度もよ」

「一ミリも?」

「一ミリもね」

「………………」

 ここで嘘を付く利点はないのと、滅多に見ない真顔から真実だと判断する。

「そう言えばシュイナにはしっかりと言ってなかった気もするわ」

「はい、恋愛感情に関しては踏み込んだことはございません。その上勝手に思い込みをしていました……大変申し訳ありません」

「あら、謝ることではないのよ。それに普通ならそう見えて当然ですもの」

「…………」

 とても大切なことを勘違いしてしまった事実に反省する。

「世の多くの女性が憧れるほどの存在であることは間違いないわ。とても人気があることは事実よ。だけどね、私の好みじゃないのよ」

「こ、好みですか」

「えぇ。個人的な好みの話をすると、私はもっと自由で面白い方が好みなの。少なくとも、大公殿下は当てはまらないでしょう?」

 大公殿下……ウィルが面白い人かと言われればあまり首を縦にふれない。昔からおちゃらけたような人では無かったし、明るくて人の輪の中心にいるような人でも無かった。見た感じ今もそれは変わっていないだろう。

 自由な人というのが定義が不明だが、王族として生まれて継承権を放棄しても大公として何か役目を果たそうとしている姿はあまり自由とは言えないかもしれない。性格面の話をすると、計画性のある人に思える。こちらも当てはまらないだろう。

「そう……なのですね」

 曖昧な答え方になってしまうが、特に気にされない。それよりもようやく本音で語れるからか、お嬢様は生き生きとしている。

「それにしても嬉しいわ。女子会と言えば恋愛関係の話でしょう。昔は侍女達の恋愛話をよく聞いてたのだけど、話す人がいなくなってからはできなくて。元々こういう話が好きなのよ、私」

「何というか意外です」

「他人の事情に踏み込むのは品がない行為にも見えるから意外でしょう。当然、限られた間柄の人としかしないけれどね。それでも……いつも侍女達の自由で個性豊かな恋愛を聞いていて、とても楽しかったの。貴族のような堅苦しい恋愛話なんかよりも、よっぽどキラキラ輝いていてね」

「……そう言われると、少しわかる気がします」

「それなら嬉しいわ」

 聞けばお嬢様は、公爵令嬢として蝶よ花よと大切に育てられたからこそ欲した自由がいくつもあったのだとか。

 自由な人生そのものへ最も憧れていて、守るべきものがなければ世界を旅したかったと言う。この中で自由な恋愛も経験してみたかったようだ。

「高い質の教育を受けれたことを含めて、他の人よりも恵まれた暮らしをさせてもらった以上逃げ出すのは違うわ。そこは自身の欲を通して良い場面ではないもの。ここまで育ててくれた家族リフェイン家の為に私ができることをしなくてはいけないわ」

「それが、この縁談」

「そうね。と言ってもそこまで重要では無いけれどね。ただ、相手としてだけだと思うの」

「確かに」

 王族に準ずる大公家へ嫁げる人間は、ある程度教養と資質を兼ね備えていなければならない。それができるお嬢様以外の高位の貴族令嬢はもう嫁ぎ先の決まった人がほとんどであった。たまたまお嬢様は一度目の縁談が上手く行かずに、ここまで来たところ良き相手として選ばれたのだろう。

「でもね、愛がない結婚だから幸せになれないという訳ではないと思うわ。どのみち貴族として生まれた以上、平民の人達ほどの自由な恋愛は望めないでしょう。いかに利点の多い結婚ができるかが重要なのだから。それならば、できるだけ良い相手と結婚をした方がいい」

「良い相手」

「えぇ。私にとっては、しっかりと相手のことを配慮してくれたり、こちらの意見を受け入れてくれる人がそれに当てはまるの。殿下は幼い頃から知ってる分、そう言う意味での相性は良いと感じてるわ。だからシュイナ、安心してね。私は嫁ぎ遅れにも関わらず、満足のいく結婚になると思えてるの」

 何というか、お嬢様らしいと感じてしまった。

 知り尽くした訳ではないけれど、今までのお嬢様を見てきてどんな人間かは理解できていると思う。

 合理的で思慮深く、頭の回転が早いお嬢様。貴族の令嬢として完璧なのにどこかそれらしくない一面も持ち合わせている。風変わりな一面は滅多に見せることはなく、淑女の鑑として社交界に存在する。自身の意志は曲げずに貫く力がある。けど頑固という訳ではなく。

 そんな素敵なお嬢様に仕えれて、凄く良い経験になっている。

「お嬢様に仕える選択肢を選んだ自分を褒めたいです」

「…………ふふふっ」

 予想外の言葉だったのか、一瞬固まったかと思えば顔をくしゃりとして無邪気に笑った。

「ほんっとうに、シュイナは上手だわ」

「そんなことは」

「謙遜しないで。でも、こんな逸材が今まで埋もれていたのは本当に勿体ないと思うほどなのよ。お兄様の交流関係に初めて感謝したかもしれないわね」

「そ、そうなのですか」

「えぇ。今までは録なことが無かったから……って、今はこの話はいいのよ。そうではなくて」

 何だか少し察せるようで察せないが触れないでおこう。

「シュイナに出会えて私も良かったと思っているの。こればかりはベアトリーチェ様にも感謝したいくらい」

「ありがとうございます」

 無邪気な笑みはまだ残っていて、初めて垣間見る幼ささえも品を感じた。

「さぁ、仲を深めるのですから私が一方的に話していても仕方ないわね」

「そうですか?」

「えぇ、そうよ。ですから今度はシュイナの番よ」

「私の?」

「えぇ、思う存分恋愛話を聞かせてちょうだい。何なら愚痴でもいいのよ」

 そう言われて固まってしまった。

 どうしよう、ここ数年は結婚に興味ないことから話せるような事が無い……。そう焦りを感じる。

「幼い頃のとかでも良いのですか」

「もちろんよ、何だって構わないわ」

「では────」

 私は少しでも面白い話ができるように過去を探るのであった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

処理中です...