滅びた国の姫は元婚約者の幸せを願う

咲宮

文字の大きさ
上 下
20 / 79

19. 銀色の御守り

しおりを挟む


 お嬢様の部屋に戻りドライミントが仕上がったことを告げる。

「よかった!」

「ですので、お出しするお茶に関しては問題ありません。時間も迫ってきましたから着替えを済ませましょう」

「そうしましょう」

「本日の装いはどうしますか」

 衣装タンスを開ける。以前言っていた、勝負ドレスに手を伸ばしながら返事を待つ。

「…………今日は大切な日、銀色が基調になっているものにするわ」

「これ、ですか」

「えぇ」

 お嬢様が選ばれたのは滅多に着ることのない、銀と白を基調としたドレス。銀といっても派手に輝いているわけではなく、必要最低限の色合いでドレスにアクセントをつけている。全体的に見ると、華やかというよりも清廉な印象を受けるだろう。

「大切な日と勝負ドレスは違うのですか?」

「あぁ……そうね。勝負ドレスは自分で一番気に入っているドレスのことよ。大切な日に着るそのドレスには、どうか力を貸してくださいと願掛けを込めたものなの」

 なるほど、神頼みを込めた……所謂お守りのような意味合いを持つということか。
 お嬢様の言葉通り、銀と白が基調のドレスは他のドレスに比べて新品同様に見えるほど、どこにも傷みやシワなどは見当たらなかった。

「とても品のあるドレスですね」

「えぇ、こだわって作ったのよ」

「一からですか」

「そうね。デザインを頼んで配色や装飾は自分で選んだわ」

「……お嬢様は才能センスがありますね」

 配色や装飾を自分で決めるのも、ある程度知識がなくては良いものは作れない。

「嬉しいわ、ありがとう」

 時々お嬢様が、一令嬢としているのをとても勿体なく感じてしまう。ただ高い教養を身につけるだけでなく、更なる向上心をもっている。そして様々な才能センスに溢れている。きっと、想像以上の努力を重ねてきたのだろう。

「後ろ、失礼致します」

 陶器のような肌に裾を通す。
 髪の艶はしっかと戻っており、出会った頃の不十分な手入れを感じさせないほどに戻った。
白と銀を基調にしたドレスには、腰回りに薄い紫色の花がデザインされている。

 髪を整え、身支度を終える。
 ベアトリーチェ嬢によるお茶会は既に始まっており、窓から使用人が慌ただしく動く姿が見えた。

「茶葉良し、身支度よし、食器や茶器も良し……あとは軽食を」

「料理人の方に確認して参ります」

「えぇ、お願い」

 今回のお茶会では、大公家の料理人を使ってよいと許可が出ている。出す料理を決めて事前に伝えておく。時間も迫ってきたので、念のための確認をしに本館の調理室へ向かう。
 原則立ち入り禁止の本館も、今日に関しては限られた場所だが許可が出ていた。

 ミントティーに合うお菓子として、ヌガーとラングドシャの用意を頼んだお嬢様。文句無しの選択だと思う。

 一度案内してもらった調理室へ直行する。迷路のような建物で道を覚えるのは大変だったが、お嬢様の顔に泥を塗るような行為をしないよう気合いを出して覚えた。

「こっちか」

 調理室が近づくに連れて甘く良い香りが漂う。

「失礼致します、フローラ・リフェイン公爵令嬢様の侍女にございます」

「お待ちしておりました」
 
 対応してくれた方は料理長で、ライナックより若干歳上に見えた。身なりにしっかりと気を遣っているからか、料理人だというのに品が感じられた。

「ヌガーとラングドシャでしたね。味は複数用意しておきましたよ」

「お心遣い感謝します」

「いえ。それにしても、流石リフェイン家のご令嬢。お茶に合わせるお菓子をわかっていらっしゃる」

「自慢の主です」

 限界を決めずに努力し続けるお嬢様は、こちらも誠心誠意仕えつくそうという気持ちにさせてくれる。

「なるほど。では、お菓子に関してはお茶会開始直前にお持ちしますね」

「はい、よろしくお願いいたします」

 確認を取れ、安心することができたので調理室を後にした。

 さすがに、本館で悪事を働こうとは思わないだろう。人の目も多く、用意したのは大公家専属の料理人だ。おかしなことが起きれば犯人捜しが始まることは避けられない。それに手を出すことが危険だということくらいは理解しているはずだ。

「……急ごう」

 時刻は11時前。そろそろベアトリーチェ嬢のお茶会は終盤に差し掛かる頃だ。
 歩く足を早めると、曲がり角から声が聞こえた為ぶつからないように足を止める。

 すると、気になる話が聞こえてきた。

「ラベーヌ様のお茶会の様子はどうだ?」

「それがな……」

 恐らくは大公家の使用人だろう。
 人気の少ない場所での無駄口は、どの家の使用人も変わらずするようだ。

 それよりも話の内容が気になってしまう。
 ベアトリーチェ嬢がどこまで健闘したのかは聞きたいものだ。

「何だか上手くいっているらしいぞ」

「本当か、それ」

「俺だって嘘かと思ったよ。最初見た時、お茶会とは思えない雰囲気だったろ。派手に飾るだけ飾って……ありゃパーティーだと思ったくらいだ」

「そこは俺も見たさ。正直言ってお客様方も引いていただろ」

「あぁ。それなのに、リブル夫人が偉く褒めてな」

「あの夫人が?」

「そう、あの夫人がだよ。その様子見て、国内の夫人方は笑顔ひきつらせてたくらいだよ」

「そんなことが……」

「夫人の感性は変わってるのかもな」

「かもしれないな」

 そう話ながら私がいる反対方向へ歩いていく二人。

 話を聞いただけでわかる。
 ベアトリーチェ嬢は、以前お嬢様にかけ損ねた契約魔法を夫人にかけたのだ。 

 そう予想がつくと、私は頭を悩ませながら別館へ歩き出した。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約破棄を、あなたのために

月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?

【完結】恋は、終わったのです

楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。 今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。 『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』 身長を追い越してしまった時からだろうか。  それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。 あるいは――あの子に出会った時からだろうか。 ――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。

さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】 私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。 もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。 ※マークは残酷シーン有り ※(他サイトでも投稿中)

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

処理中です...