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19. 銀色の御守り
しおりを挟むお嬢様の部屋に戻りドライミントが仕上がったことを告げる。
「よかった!」
「ですので、お出しするお茶に関しては問題ありません。時間も迫ってきましたから着替えを済ませましょう」
「そうしましょう」
「本日の装いはどうしますか」
衣装タンスを開ける。以前言っていた、勝負ドレスに手を伸ばしながら返事を待つ。
「…………今日は大切な日、銀色が基調になっているものにするわ」
「これ、ですか」
「えぇ」
お嬢様が選ばれたのは滅多に着ることのない、銀と白を基調としたドレス。銀といっても派手に輝いているわけではなく、必要最低限の色合いでドレスにアクセントをつけている。全体的に見ると、華やかというよりも清廉な印象を受けるだろう。
「大切な日と勝負ドレスは違うのですか?」
「あぁ……そうね。勝負ドレスは自分で一番気に入っているドレスのことよ。大切な日に着るそのドレスには、どうか力を貸してくださいと願掛けを込めたものなの」
なるほど、神頼みを込めた……所謂お守りのような意味合いを持つということか。
お嬢様の言葉通り、銀と白が基調のドレスは他のドレスに比べて新品同様に見えるほど、どこにも傷みやシワなどは見当たらなかった。
「とても品のあるドレスですね」
「えぇ、こだわって作ったのよ」
「一からですか」
「そうね。デザインを頼んで配色や装飾は自分で選んだわ」
「……お嬢様は才能がありますね」
配色や装飾を自分で決めるのも、ある程度知識がなくては良いものは作れない。
「嬉しいわ、ありがとう」
時々お嬢様が、一令嬢としているのをとても勿体なく感じてしまう。ただ高い教養を身につけるだけでなく、更なる向上心をもっている。そして様々な才能に溢れている。きっと、想像以上の努力を重ねてきたのだろう。
「後ろ、失礼致します」
陶器のような肌に裾を通す。
髪の艶はしっかと戻っており、出会った頃の不十分な手入れを感じさせないほどに戻った。
白と銀を基調にしたドレスには、腰回りに薄い紫色の花がデザインされている。
髪を整え、身支度を終える。
ベアトリーチェ嬢によるお茶会は既に始まっており、窓から使用人が慌ただしく動く姿が見えた。
「茶葉良し、身支度よし、食器や茶器も良し……あとは軽食を」
「料理人の方に確認して参ります」
「えぇ、お願い」
今回のお茶会では、大公家の料理人を使ってよいと許可が出ている。出す料理を決めて事前に伝えておく。時間も迫ってきたので、念のための確認をしに本館の調理室へ向かう。
原則立ち入り禁止の本館も、今日に関しては限られた場所だが許可が出ていた。
ミントティーに合うお菓子として、ヌガーとラングドシャの用意を頼んだお嬢様。文句無しの選択だと思う。
一度案内してもらった調理室へ直行する。迷路のような建物で道を覚えるのは大変だったが、お嬢様の顔に泥を塗るような行為をしないよう気合いを出して覚えた。
「こっちか」
調理室が近づくに連れて甘く良い香りが漂う。
「失礼致します、フローラ・リフェイン公爵令嬢様の侍女にございます」
「お待ちしておりました」
対応してくれた方は料理長で、ライナックより若干歳上に見えた。身なりにしっかりと気を遣っているからか、料理人だというのに品が感じられた。
「ヌガーとラングドシャでしたね。味は複数用意しておきましたよ」
「お心遣い感謝します」
「いえ。それにしても、流石リフェイン家のご令嬢。お茶に合わせるお菓子をわかっていらっしゃる」
「自慢の主です」
限界を決めずに努力し続けるお嬢様は、こちらも誠心誠意仕えつくそうという気持ちにさせてくれる。
「なるほど。では、お菓子に関してはお茶会開始直前にお持ちしますね」
「はい、よろしくお願いいたします」
確認を取れ、安心することができたので調理室を後にした。
さすがに、本館で悪事を働こうとは思わないだろう。人の目も多く、用意したのは大公家専属の料理人だ。おかしなことが起きれば犯人捜しが始まることは避けられない。それに手を出すことが危険だということくらいは理解しているはずだ。
「……急ごう」
時刻は11時前。そろそろベアトリーチェ嬢のお茶会は終盤に差し掛かる頃だ。
歩く足を早めると、曲がり角から声が聞こえた為ぶつからないように足を止める。
すると、気になる話が聞こえてきた。
「ラベーヌ様のお茶会の様子はどうだ?」
「それがな……」
恐らくは大公家の使用人だろう。
人気の少ない場所での無駄口は、どの家の使用人も変わらずするようだ。
それよりも話の内容が気になってしまう。
ベアトリーチェ嬢がどこまで健闘したのかは聞きたいものだ。
「何だか上手くいっているらしいぞ」
「本当か、それ」
「俺だって嘘かと思ったよ。最初見た時、お茶会とは思えない雰囲気だったろ。派手に飾るだけ飾って……ありゃパーティーだと思ったくらいだ」
「そこは俺も見たさ。正直言ってお客様方も引いていただろ」
「あぁ。それなのに、リブル夫人が偉く褒めてな」
「あの夫人が?」
「そう、あの夫人がだよ。その様子見て、国内の夫人方は笑顔ひきつらせてたくらいだよ」
「そんなことが……」
「夫人の感性は変わってるのかもな」
「かもしれないな」
そう話ながら私がいる反対方向へ歩いていく二人。
話を聞いただけでわかる。
ベアトリーチェ嬢は、以前お嬢様にかけ損ねた契約魔法を夫人にかけたのだ。
そう予想がつくと、私は頭を悩ませながら別館へ歩き出した。
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