17 / 79
16. 一方的な再会と誓い
しおりを挟むこんな夜更けにどうやら大公殿下は散歩をしていたようで。
「ウィ、ウィリアード様っ……!」
驚きと共に魔法が引っ込むベアトリーチェ嬢。その声よりも先に、大公殿下に対して頭を下げる。
「声が聞こえたから来てみたけど……何をしているのかな」
この状況から大方は予想が着くだろうが、果たしてベアトリーチェ嬢はどのように言い訳をするのか。
「わ、私も散歩をしていまして。迷っていたところにフローラ様……リフェイン公爵令嬢付きの侍女に出会い、案内を求めていた所ですの」
悪くないが良くもない、無難な言い訳である。
「そう……」
「お、おかげさまでわかりましたわ。では、これで失礼いたします」
色々と問い詰められる前に撤退するのが吉と見たか、一目散に反対側の別館へ向かっていった。
「……私もこれで失礼いたします」
一介の侍女が大公と話すこともないと思い、入り口へと翻す。
「待って」
呼び止められて、一瞬固まった。
もしや、バレたか……と焦る気持ちが現れるよりも前に大公殿下が言葉を紡ぐ方が先であった。
「怪我はないか」
「…………はい、大丈夫にございます」
「そうか。彼女の動向にはこちらも注視しているが、中々全てに口を挟むわけにもいかなくてね」
穏やかに話しているというのに、その声色からは何も感じない。事務的に淡々と告げているように思える。
「……よく、頷かなかったね」
その言葉から察するに、どうやら大公殿下は話の一部始終を聞いていたようだ。
「私が仕えるのはフローラ様ですので」
「……魔法が怖くないのかい」
最もな疑問だ。
フローラ様に仕えようとして止めていった者の多くは、魔法が原因なのだから。
「……フローラ様に仕える侍女である前に、私はアトリスタ家の令嬢でもあります」
「プライドがある、と」
「いえ。アトリスタ家のある田舎で辺境の地には、噂は届きにくいのです。見たこともないもので脅されても、いまいち理解ができぬというもの」
「それは……絶好の機会を邪魔してしまったようだ」
幸か不幸か、私はまだベアトリーチェ嬢が魔法を発動したものを自身の目で見ていない。
ならばここは、ただの無知な田舎者に成り下がるのが手っ取り早い。
「……むしろ良かったと思いますが」
「…………そうか」
話相手であるのだから、多少顔を見ても不敬と取られないと思い少しだけ表情を伺う。
そのタイミングで風が吹くと、大公殿下の髪が静かになびく。深い青と夜空は絶妙に合い、気高さが増す。宝石のように綺麗だった瞳は、輝きを失い寂しさが垣間見えた……そんな気がした。
「リフェイン公爵令嬢は、良い人選をしたね」
「……ありがたきお言葉です」
「…………」
何故だかじっと見つめられる。
対応や返しに不手際があっただろうか。
「アトリスタ嬢は………」
「……?」
「……いや、何でもないよ。引き留めて悪かったね。時間も遅い、気をつけて」
「はい、失礼いたします」
何か言いかけたが特に大切なことでもなかったようで、ようやく私は解放されて自室に戻ることができる。大公殿下から動く気配を感じなかった為に、最後まで気を抜かずに部屋へと戻った。
ベッドに飛び込みたい気持ちを押さえて就寝準備を始める。
大公殿下……ウィリアードの対応から察するに、ベアトリーチェ嬢への好感は少ないだろう。魔法を盾に取られていなければ相手にすらしていないと思う程、ベアトリーチェ嬢への対応は冷めていた。心底どうでもいい、そんな心の声が聞こえてくるかのように。
では、お嬢様のことはどう思っているのか。
これは考えてもわからない。二人とも、それぞれ王族と貴族としての振る舞い方が身に染みついているせいか中々本心が現れない。ウィリアードのお嬢様への接し方は、確実にベアトリーチェ嬢とは異なるものだと思うが、真意までは読み解けない。それは意外にもお嬢様も同じだ。実際のところ、ウィリアードを異性としてどう見てるのかが具体的に掴めない。
そこまで深いことを聞けるほどの仲には、まだなれていない気がして尋ねることもできない。この二人の関係はそっと見守ろうと思う。
「…………別人みたい」
横になって、考える。
私の知っている、少年のウィリアードはここまで冷めた人間ではなかった。興味のない相手でも、ある程度は思いやりを持って接していた筈だ。今と比べて随分人間味のある人だったと思う。大公という立場が彼を変えたのだろうか。大人になってかなり変わった彼に対して、自分は何も変わらないなと感じる。
婚約者として10年の間過ごしてきた仲。
今となっては、立場的にも遠い存在になってしまったが姿を見れるだけでもどこか安心してしまう。
「…………恩がある」
私の敵討ちを自然としてくれたウィリアードに対して、自分にできることはしたい。この縁談問題が解決すれば会う機会もなくなるだろう。それまでに、私はできる限りの恩を返そうと決めるのであった。
夜の怒涛な出来事に心身共に疲れていたのか、いつもよりも深い眠りにつくのであった。
2
お気に入りに追加
2,539
あなたにおすすめの小説
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
婚約破棄を、あなたのために
月山 歩
恋愛
私はあなたが好きだけど、あなたは彼女が好きなのね。だから、婚約破棄してあげる。そうして、別れたはずが、彼は騎士となり、領主になると、褒章は私を妻にと望んだ。どうして私?彼女のことはもういいの?それともこれは、あなたの人生を台無しにした私への復讐なの?
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
さよなら、皆さん。今宵、私はここを出ていきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【復讐の為、今夜私は偽の家族と婚約者に別れを告げる―】
私は伯爵令嬢フィーネ・アドラー。優しい両親と18歳になったら結婚する予定の婚約者がいた。しかし、幸せな生活は両親の突然の死により、もろくも崩れ去る。私の後見人になると言って城に上がり込んできた叔父夫婦とその娘。私は彼らによって全てを奪われてしまった。愛する婚約者までも。
もうこれ以上は限界だった。復讐する為、私は今夜皆に別れを告げる決意をした―。
※マークは残酷シーン有り
※(他サイトでも投稿中)
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

【完結】この運命を受け入れましょうか
なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」
自らの夫であるルーク陛下の言葉。
それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。
「承知しました。受け入れましょう」
ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。
彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。
みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。
だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。
そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。
あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。
これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。
前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。
ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。
◇◇◇◇◇
設定は甘め。
不安のない、さっくり読める物語を目指してます。
良ければ読んでくだされば、嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる