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15. 呼び出しという名の買収

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 お茶会の準備が終わった。後はお嬢様の手腕にかかっている為、私ができることは少ない。当日まであと1日。お嬢様の落ち着いた様子を見ると、何も問題が無いように思える。ベアトリーチェ嬢の進捗は知ることがないため、それに関してはお互い様だろう。

「それではお嬢様、これで失礼いたします」

「えぇ、おやすみなさいシュイナ」

「おやすみなさいませ」

 お嬢様の部屋を後にして廊下に出ると、二人組の侍女が廊下の奥に見えた。普段見かけることのない顔だ。

「ねぇ、貴女」

「…………失礼ですが、どちら様でしょうか」

 大方予想はつく。
 ベアトリーチェ嬢付きの侍女だ。

 自分が来なければマナー違反にならないとでも思っているのだろうか。

「ベアトリーチェ様が呼んでいらっしゃるわ。着いてきなさい」

 先程とは違う侍女が発言する。

「生憎、私の主人はフローラ・リフェイン様でして。ラベーヌ公爵令嬢ではありません」

「だから何だというの」

「貴女、ベアトリーチェ様を怒らせるような真似はしない方がいいわよ?」

 教養の身に付いてない人間の傍には同じような人間しかいないということだろうか。それとも、魔法という存在が正常な判断を邪魔しているのか。

「…………私はフローラ様の侍女ですから、そちらの建物に入る訳にはいきません」

 遠回しに断るが、相手は私の想像を遥かに越えた行動をしていた。

「だとしたら、ベアトリーチェ様に感謝なさい。この建物の近くで待機されてるのですから」

「わざわざ出向くことなど無かったのに、私の侍女になるのだから迎えに行かなくては……と足を運んでくださったのよ」

 買収する気か。
 
 夜に行動する辺り人の目を気にはしているようだが、気にすることを間違えていると思う。

 こちらまで来たというのに無下にすれば、中まで入ってきかねない。お嬢様の睡眠を妨げるのは避けたい。

 仕方なく、私は二人の侍女について行くことにした。

「……わかりました」

「最初からそうすればいいのよ」

 やはり仕える人に従者は似るのだろうか。
 そう考えながら、別館から出る。
 本館から死角になっている場所に連れていかれた。

「ベアトリーチェお嬢様、連れて参りました」

「ご苦労」

 相変わらず派手で豪華なドレスを身にまとうベアトリーチェ嬢。本日は紫色を基調とした上に多くの装飾が施されたものであった。不思議と品は感じられず、毒々しさの方が強く出ていた。
 ベアトリーチェ嬢の後ろには更に二人の侍女が控えており、完全なる多勢に無勢であった。

「貴女がフローラ様の専属侍女ね」

「…………はい」

「名は?何と言うの」

「…………シュイナと申します」
 
 名乗りたくはないが、最低限の礼節は守らなくてはならない。まぁ、ベアトリーチェ嬢彼女相手に取る礼儀もないとは思うが。

「そう、シュイナね。早速だけど貴女、私の密偵になりなさい」

「…………」
 
「安心して?今リフェイン家から出ている倍の給料を約束するわ」

 予想は大当たりで、見事に買収を持ちかけられた。
 赤い髪をなびかせながら、堂々と悪事を告げる姿は悪女そのものである。

「…………お断りさせていただきます」

「……何ですって?」

 恐らく断るという選択肢を選ぶなど思っていなかったのだろう。私の予想外の反応に少し固まっている。
 後ろに控える侍女達も、ありえないという表情で見つめてくる。

「聞き間違いね」

 自信ありげに私の発言を否定するが、ただの現実逃避になっている。

「貴女の役目はフローラ様の動向を、逐一私に報告することよ。手始めにお茶会関して話なさい」

「お断りします、と申し上げた筈です。私が仕えるのはフローラ・リフェイン様お一人のみ。裏切る心はありませんし、密偵などになるつもりもございません。どうかお引き取りくださいませ」

 淡々と意志を告げ、この場を切り上げようとする。

「貴女……自分が何を言ってるのかわかっているのかしら」

「はい」

「もしかして……私が魔法を使えることを信じてないのかしら。だとしたら、今見せてあげるわ。考えもすぐに変わるでしょう」

 どうしても受け入れてくれない姿は、最早迷惑の域を超えている。

 魔法を使う体勢に入ったものの、発動までが異常に遅い。心なしか、ベアトリーチェ嬢の表情も少し曇っている。

「……っ」

 その姿は、普通の人から見れば頑張っている様子に見えるだろう。だが、私にはどうしても痛々しく見えてしまう。
 
 貴女はどうしてそんなに魔力が少ないの。何故生き残れたの。公爵令嬢として振る舞えて本当に満足なの?……貴女の目的は、願いは一体何
────。

 ロゼルヴィアとして聞きたいことがたくさんあるのに、それができないもどかしさ。

「……!」

 ようやく発動できる。
 その事実に安堵するのも束の間、意外な声が響いた。

「こんな夜更けに何をしているのかな」

 声の主は、この大公家の主……ウィリアードであった。
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