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79.棚の中の騎士

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 お知らせもなしに更新を止めてしまい、大変申し訳ございませんでした。本日より再開いたします。何卒よろしくお願いいたします。

▽▼▽▼


 かつてないほどの素早い動きで、私は着席して仕事に励む体勢を取った。

「ルミエーラ!」
(お、おかえりなさい)

 あくまでも平静を保つことを忘れずに、バートンの方を向いて笑顔を浮かべた。

「……何をしているんだ?」

 見習い神官から聞いていた話と違ったからか、神官長らしくない抜けた質問を投げ掛けられた。

(……見ての通り仕事ですよ)

 両手の手のひらを開いて、整列された書類を紹介するように見せた。

「あ、あぁ。そうだな……」

 頭の中を整理しているからか、バートンの動きはいつもよりゆっくりとしたものだった。それでも私の向かいに座ると、きょろきょろと部屋の中を見渡した。

「…………」
(アルフォンスを探してる、みたいね……)

 バートンが落ち着かない理由は明白だったが、それをわかっていると悟られないように、何も知らない風に装った。

『どうれましたか?』
「ん……あぁ。実はだな、先程貴族を聖女の元に通したと見習い神官から聞いてな」
(…………どう言い訳しよう)

 まず思い付いたのは、見習い神官が見ていたのは幻だという話。だがこれをするには、アルフォンスが一人の見習い神官としか関わっていないことが最低条件になる。多くの者が見ていた場合、私の方が怪しくなるから。

「落とし物を届けにきた騎士家の方だと聞いたが……」
(そこまで知っているのね)

 落とし物を聖女に届けにきたとなれば、私が外出したのは確かなことになってしまう。外出でバートンがどれだけ怒るかはわこらないが、少なくとも良いことは起きない。

(できるだけ避けないと……)

 高速で頭の中を回転させると、昨日持っていったバックがわずかに視界に入った。そしてなんとかなりそうな言い訳が思い付いた。

(……いつも迷惑かけられてるなら、今回くらい問題ないわよね)

 そう考えると、手を急ぎ動かした。

『どうやら私ではなく、ジュリアの落とし物のようでした』
「ジュリアの……?」
(大嘘だけど、どうにかなって……!)

 怪訝な顔をするバートンに力強く頷いた。

「……はぁ」

 何か少し考えた後、バートンは大きくため息をついた。

「あの娘が業務をサボって外出している話は度々聞いていたが、まさかこうして再び耳にするとは」
(……えっ、そうなの?)
 
 バートンが頭を抱える向かいで、私は驚きを隠せずに目をぱちぱちとまばたきをしてしまった。

「ではもう騎士の方は帰られたということか」
(そ、そうです)

 貴方の後ろに隠れているとは、口が裂けても言えない。必死に動揺が顔にでないよう堪えながら、笑顔で頷いた。

「わかった。……はぁ。何故大神官様はあんな娘を寄越したんだか」
(いい迷惑ですよね、本当)

 最後の方はバートンの独り言だったが、激しく同意していた。

「対応してくれたんだな。ありがとう、ルミエーラ」
(……滅相もない)
「……あ」
(?)

 立ち上がろうとしたバートンが、思い出したように座り直した。

「ルミエーラ。……騎士の方とはやり取りをしたのか?」
(私が喋れないことがバレていないか、という話よね)

 それに対する回答も用意してあったので、迷うことなく書き記した。

『髪色を見て、探していた人ではないとすぐ判断されました。その後、近くの者に渡してお帰りになられました』
「そうか……わかった。何事もなかったのなら何よりだ」
(ごめんなさいバートン。全て嘘です)

 自分が並べた言葉に一つも事実がないことが、罪悪感を増させた。それでも笑顔を崩すことなく伝えきった。

「私が留守にしたばかりにすまなかったな。業務がまだあるだろう。程々に頑張ってくれ」
(はい)

 バートンが席を立つと同時に、私も立ち上がってペコリと頭を下げた。バートンを見送り、扉が閉まった。それでも、まだ私は少しの間そこから動かなかった。

(……行った、よね?)

 耳を澄ませながら遠ざかる足音を確認すると、私はそっとアルフォンスが入った棚に向かった。

(よいしょっ)

 力を入れてそこを開けると、小さく丸まったアルフォンスがキツそうな体勢で収まっていた。

(ア、アルフォンス……! 終わったよ!)

 その光景に反射的に彼の肩をそっとさすった。

「……ルミエーラ様。終わったんですね」

 どこか弱々しい声に、全力で頷いた。どうにかアルフォンスを棚から出すと、私は込み上げてきた申し訳なさから謝罪をした。

『こんな狭いところにごめんなさい』
「案外快適なものでしたよ」
(そ、そんなわけは……)
「……実は少し睡眠不足だったので。思わず中で意識が飛んでしまいました」
(それって窒息じゃない……!?)

 ぼんやりとした焦点のないアルフォンスの表情は、とても体調の良い人には見えなかった。慌てて彼を棚から引っ張り出した。

「……お疲れ様です、ルミエーラ様」
(貴方の方が余程お疲れ様よ、アルフォンス)

 椅子をくっつけて、横たわれるよう簡易的なベッドを作った。

『ここに横になって!』

 スケッチブックを片手に、椅子の方を指差した。

「…………」

 虚ろな目でこちらを見つめるアルフォンス。それを心配そうに眺めていると、彼はそっと口を動かした。

「ルミエーラ様は……膝枕をしてくれないのですか?」
(!?)

 予想外すぎる言葉に、私は思わず固まってしまった。

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