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30.思い隠れる作戦会議
しおりを挟むルキウスを見送ると、私とディートリヒ卿は仕事部屋で、本格的な作戦会議を始めた。
「ルミエーラ様。まず第一に、神殿に行くとなると数日教会を空けることになります」
そう。教会は王都から少し離れた場所にあるため、日帰りで行くのは難しい。
「ルミエーラ様が数日不在の場合、神官長様は騙せても、恐らく世話係を騙すのは難しいことかと思います」
(確かに……ソティカとは必ず毎日顔を合わせているから)
ディートリヒ卿は真剣な眼差しで、二本指を立てて話を進めた。
「そこで、対処方法として二つの案があります。一つ目は、彼女を味方に付けること。二つ目は、彼女に一時的に教会を空けてもらうこと。このどちらかです」
(……前者は理解できたけど、後者は少しわからなかった)
というのも、私が王都の教会で過ごす中で、ソティカが数日間も休むことが全くなかったのだ。
(今思えば凄いことよね……)
思い返してみると、ソティカは常にそばにいてくれた。……だけど、それでも彼女はルキウスの部下なのだ。私の味方には、きっとなってもらえない。
それがわかっているから、意思を書いて見せた。
『前者は不可能だと思います。だから、後者がよいのですが。具体的にはどのような案なのですか?』
「……ご説明しますね」
親しいけど味方にはつけれない。そのもどかしい想いを汲み取ったからか、少しだけディートリヒ卿も悲しい瞳をしている気がした。
「世話係の彼女が神殿所属ですので、神殿から呼び出しがあれば戻らざるを得ないでしょう」
(それはそうだけど……でもどうやって?)
首をかしげながら疑問を訴えた。
「……ルミエーラ様、既にご存じかもしれませんが、彼女は大神官様と定期的にやり取りをされています」
(まぁ……そうだろうとは思っていたけど、やっぱり少しだけ……ほんの少しだけ裏切られたみたいで、胸が痛む)
報告されていたこと全てが嫌というわけではないけれど、それでもソティカのことは世話係として見てきたから。まるで監視をされ続けていたようで、明るい感情は一切浮かばなかった。
「すみません……お伝えしない方がよかったですかね」
(ううん。どうせ察していたことだから)
『大丈夫です』
残念な気持ちはあるものの、だからと言ってソティカのことが嫌いになったわけではない。というか、むしろそれ以外の感情が浮かんできてしまった。
(いやでも、ソティカも大変だよね。代わり映えのない日々について何年も報告してたんだから)
恐らくルキウスが監視をつけたのは、私がいつか能力に目覚めたら、それを報告することが目的のはず。けど、一向にその兆しを見せない上に、何の変哲もない日常を過ごしていたのだ。
報告とはいえ、毎回同じことを上司に手紙を書くのは相当面倒なことだと、私は思ってしまった。
(あれ? ……よく考えたらソティカってちょっと可哀想)
「……その表情の変わり具合を見るからに、大丈夫そうですね」
ディートリヒ卿の不安を除くために、小さく微笑みながら頷いた。
「では、続きをお話ししますね。その手紙を、少しだけいじらせていただこうかと」
(……それ、大丈夫なんですか)
「これに関してはギリギリの所を攻める形になりますね。……ですがご安心ください。何があっても、ルミエーラ様に不利になることは決して行いませんから」
(…………)
ディートリヒ卿の言う作戦では、定期的な手紙のやり取りを利用して、ソティカを神殿に呼び出すとのことだった。
いつものように、爽やかな笑顔を取り戻しながら丁寧に説明をされた。ただ、どうにもその案は危うい気がする。
思うことがあって黙ってしまったが、すぐに手を動かした。
『ディートリヒ卿には不利になるということですか』
「……いえ、そこまで不利では」
(あ……今、濁した)
直感でわかった。
このやり方は、確実にディートリヒ卿の負担が大きいものだと。
考えてみればわかることだ。ディートリヒ卿が今からやろうとしてることは、手紙の偽造。万が一にでもルキウスにバレてしまえば、ディートリヒ卿でも無事では済まないだろう。
そんなやり方は、望んでない。
『駄目です』
「え……」
かつてないほど真剣で、揺るぎない眼差しを向けながらスケッチブックを見せた。それが予想外の反応だったのか、彼は固まってしまう。そんなことなど気にせずに、私はとにかく続きを書いた。
『ディートリヒ卿が不利になるなら、その案は却下です』
「!」
今度は明確に驚く反応を見せると、少しの間、自然と私達は見つめ合う構図になってしまった。
黙っていてもしょうがないと、何か追加で言葉を投げようと考えるも、ディートリヒ卿が口を開く方が先だった。
「……困りましたね。これが最善で確実な案だったのですが」
(うっ……でもーー)
「ルミエーラ様にそう言われては、違う案を考えなくてはいけませんね」
(!)
ディートリヒ卿は、私の言葉を聞き入れてくれた。私はそのことが嬉しくて、夢中で喜んでしまった。
彼が隠した、複雑そうな笑顔に気が付くことなく。
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