120 / 133
九章
94
しおりを挟む手紙を読み終えたテオルートさんは、涙を流しながら微笑んでいた。
「……エリー、君には敵わないな」
何度も読み返す姿に、私の胸まで暖かくなっていった。ようやく目線を手紙から外すと、心底大切そうに自身の内側のポケットに手紙をしまい込んだ。その表情は、憑き物が取れたような晴れやかな表情になっていた。
コンコンと御者の方にノックをすると、馬車を止めさせた。
そして真剣な眼差しでこちらを見つめる。
「……テリジア嬢」
「はい」
「貴女の言う通りでした。私が間違っていた。……自分の非を認め、深く胸に刻むと共に、許されないとわかっていますが謝罪をさせてください」
「……」
静かに頷くと、彼は深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした」
「……」
「如何なる罰も受ける所存です。どうか、陛下と話し合ってお決めください」
(それは……)
番であるセドに事の顛末をありのまま告げれば、確かにテオルートさんは厳罰に処されるだろう。……それはたとえ証拠がなくても。
「今からでは少し遅れた時間になりますが、全速力で飛ばせば開始時間に間に合います。急ぎ戻ります。私の処罰は、その際に」
その言葉を最後に、王城から少し離れた場所にいた馬車は急いで来た方向を戻るのだった。
様々な考えが自分のなかを巡りがら、彼の言う処罰について考えていた。
馬車が出入りする王城の入り口にたどり着くと、馴染みのある人が集まっていた。
「シーナ!無事だったのね!!」
「シン……」
「お兄様、陛下にご報告を!」
「わかった」
「あ……」
駆け寄るシンに、心配をかけてしまったと申し訳なさを感じながらも、もう全てが知られているのかとどこか歯がゆい思いを感じていた。
テオルートさんの方を見れば、覚悟を決めた面持ちをしていた。
「それにしてよ良かったわ、シーナが無事で」
「うん……」
「本当にありがとうございます、フォルス公子」
「……え?」
「……」
シンが感謝を述べた瞬間、疑問が一気に浮かび上がった。
「何きょとんとしてるの、シーナ!フォルス公子が助けてくれたのでしょう」
「た、助け……えっと、どういうこと?」
「あらシーナ、聞いてないの?」
「うん……」
「シーナ。貴女ね、誘拐されかけたのよ」
(……それは今では)
シンの言葉が今一理解できずにいると、具体的な説明をしてくれた。
「実はシーナが出ていった後に、もう一組馬車がいらしたの。おかしな話でしょう?慎重に接して、調べてみれば正式な使者じゃなかったのよ」
「それって」
「そう。いないと思ってたごく僅かの陛下の敵が、今日貴女を狙ったということ。それを見事にフォルス公子が助けてくれたっていう話よ」
「……そう、だったのね」
「そうよ。……あ、私もお母様達を呼んでこないと。ここで待っててちょうだい!」
「えぇ」
突然の情報に驚きながらも、テオルートさんが経緯を静かに教えてくれた。
「……元々はそうでした」
「……」
「偶然、計画を耳にしたので、これに乗じれば貴女を連れ出せると思いましたので」
「つまりそれは」
「はい。状況を利用しただけです。ですのでお気になさらないでください」
(…………でもそれなら)
浮かんでいた考えがまとまると同時に、エディさんがセドとシトさんを連れて来た。
「フィナ!!」
「セド、っ」
勢いよく引き寄せられると、力強く抱き締められた。
「無事で……本当に良かった。怪我はないか?」
「はい、どこにも」
「あぁ……良かった、無事で」
「ご心配をおかけしました」
セドの奥には安堵の表情を浮かべるシトさんがいた。
少ししてセドの胸から解放されると、遂に避けられない事を尋ねられた。
「テオルートが助けてくれたのか」
「……」
テオルートさんは何も答える様子はない。私が告げるのをただ待っていた。
処罰という言葉を巡ってたどり着いた答えを、私はセドに告げた。
「はい、助けていただきました」
「!」
「そうか、それなら本当に良かった。テオルート、恩に尽きる」
「…………は、はい」
彼の動揺は当然の反応で、声色からも察せられた。
「フィナ、そのドレス……本当によく似合ってる」
「セドのおかげです」
「兄様、本当に申し訳ないけどもう時間だ。シーナもごめんね」
「いえ」
「……遅らせればいいものを」
「もう無理だからね。建国祭の開幕に国王がいないとかあり得ないから……ほら行くよ。テオ、引き続きシーナを任せたからね」
「フィナ、後で会おう。必ず」
「はい、必ずお会いしましょう」
ゆっくりしていられないのは重々承知だったため、ただ二人の後ろ姿を見送った。
「シーナ、シンはどこへ?」
「叔母様達を探しに行かれました」
「わかった。念のため俺も行ってくる」
「はい」
エディさんが離れたのを確認してからテオルートさんの方を見れば、未だに困惑を隠せない表情をしていた。
「……テリジア嬢、どういうおつもりですか」
「これが最善だと思いました」
「そんなわけが!」
「あるんです、実は」
「……?」
「テオルートさんが私にされたことは、とんでもない殺気を向け続けたことと、それを実現しようとしたことのみです。この二点、確かに事実ではありますが何分証拠がありません」
「……」
「……私は、セドに証拠もなしに重い処罰を下すような暴君のようなことはして欲しくありません。ですので今回は控えることにしました」
「いえ、充分私は罰される身です。私が事実だと認めれば貴女の証言だけではなくなりますから、確かなものに」
「未遂じゃないですか。その上再犯の可能性はない。……セドを守るに充分な能力を持たれている人をむやみに遠ざける理由はありませんし」
本当に色々な要素を考えての決断だった。未遂とはいえ、散々な殺気を当てられたから。
でも、自分の立場や状況、そしてエリーさんのことを考えると妥当な判断だと思ったのだ。
当然ながら、未だにテオルートさんは納得の表情にならない。
「でも。許す許さないはまた別のおはなしです」
「もちろんです」
「正直、怖い思いはしましたから、その分くらい請求してもいいと思うのです。いかがでしょう?」
「当然の結果です。どのような処罰でも受ける所存です」
「ですので、セドだけでなく。私の影にもなっていただけませんか?」
「…………え?」
「といっても影というよりも……使いっぱしり、ですかね?」
「そ、その程度で」
「おや、舐めてらっしゃいますか?私的には激務だと思うのですが」
「げ、激務……」
唖然とするテオルートさんに、私は更に畳み掛けた。
「それと。私的にこれはかなり重い罰になると思うのですがもう一つ」
「……何なりと」
その言葉を聞いて、私はにっこりと笑みを深めた。
「私の卒業公演の、モデルになってください」
0
お気に入りに追加
8,632
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。