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九章
92
しおりを挟むパズルのピースが繋がって一つになるような、そんな感覚。嫌悪も殺気も理由が見えてきた。浮かぶ言葉と想像が正解だと言わんばかりに、馬車は確実に王城から離れていった。
「……」
「……」
わかったところで何から話すべきで、彼の胸にはどんな言葉なら響くのか。それが全くわからずに沈黙が続いてしまう。
(ここまで強く向けられた殺気も、遂に行動として現れた……私にできることなんて、あるのかな)
今までの態度を思い出しては急激に不安になっていった。
確固たる彼の意思を、一体どうやったら崩せるのか。
(……もう、なにも……………………?)
無理だと思いながら手にしたショールを掴むように、ぎゅっと力を入れれば何かが挟まっていることがわかった。
チラリとめくってみれば、そこにはあるはずのないお姉さんの手紙があった。
(! ……あの時、巻き込んで持ち上げてしまったのかしら)
全く意図しない出来事に動揺するも、その手紙を見て重要なことを思い出した。
ーーーー自分の恋は決して悲恋じゃなかった。幸せだ。でも、その証明をすることができなかった。
彼女が残した最後の思い。……それを証明する相手が、届けるべき人が、今目の前に座っている。
(……何を不安がってるのフィリシーナ。響かないから諦めるのではないわ。響かせて、納得させて。私にもそして彼女にとっても望む未来を作るのよ!)
頬を叩けない代わりにぎゅっと目をつぶって気合いを入れると、気持ちを落ち着かせた。そしてテオルートさんに向き合い始めた。
「……失ってしまうなら、最初から始めない方が良い。何も知らない方が傷にもならないから。深い傷を負ってしまうくらいなら、出会わない方が良い」
「……」
肘をついて窓の外を眺めていたテオルートさんは、何かに気付いたようにこちらに顔を向け始めた。
「……悲恋とは。番に出会えないことでも、番と過ごす幸せを知らないことでもない。悲恋とは、番を失うことである」
あの時の禁書は。
そう書きたかったんじゃないかと思って、推測を口に出す。今更ながらに気付いたが、あれは水の滲みなんかじゃない。書き手の、彼の、テオルートさんの涙だったのではないか。
「テオルートさん。……貴方にとって、その恋は悲恋でしたか?」
手紙に触れながら、当時の彼女の思いを吐き出すように問いかけた。予想外の言葉に驚きを隠せない様子だった。
「………………」
「…………エリーさんとの恋は、悲恋でしたか?」
「!!」
その瞬間、彼のもつ最大限の殺意を全身で浴びた。
「なぜ……お前が彼女の名前を知っている……!」
余裕の欠片も感じられない、追い詰めらた眼差しは動揺そのものを映していた。
それでも臆することはなかった。萎縮することもなかった。不思議と手紙から力を感じたのだ。
「トラン町に行ったのです」
「……!」
「そこでレーネさんという方にお会いしました。彼女には亡くられた姉君がおられまして」
「…………違う」
「レーネさんによれば、姉君には恋人がいらっしゃったと。とても幸せな日々を過ごしていたようで」
「…………うるさい」
「最後まで、彼女にとっては幸せな毎日だったと。だからこそ未練があったようです」
「…………黙れ」
「幸せだったけど、彼は悲恋だと決めつけた。悲恋じゃなかったのに、その証明ができなかったと。……エリーさんは最後までそれが未練だったようです」
「そんな筈がない!!」
一秒たりとも目をそらさずに、嘘偽りないことを伝えるために、怯むことなく言葉に出し続けた。
「悲恋だと思い続けることが正しいと思ってらっしゃるのですか」
「知ったような口を利くな!」
「彼女が!悲恋でなかったと言っているのに。幸せだったと言っているのに、その思いは無視するのですか!」
荒々しく、でも苦しさを感じる叫びは一つ一つが言葉になって具現化され始めた。
「何も知らないお前に何がわかる! ……失ったものはもう二度と元に戻らない。お前にわかるか? 目の前で愛しい人が消えてしまう苦しみが。あれは苦しいなどという言葉で語れる感情じゃない。人が許容できる感情ではないんだ……!! それを陛下にさせるわけにはいかないっ!」
「……っ」
「消えた瞬間、俺には何も残らない。全て嘘だったかのように無くなっていくんだ」
あまりにも強い言葉だが、それが間違いだとわかった。
「結婚してしまえば……番ってしまえば、思いは強くなる。その前に、貴女を消す義務が私にはあります」
最後に下された言葉は、冷徹なものではあった。だがそれと同時に、傷付きすぎた心が、答えを見つけられずに彷徨った結末にも見えた。
「……貴方の悲恋だという思いを消すつもりはありません」
「……」
「……でも」
初めて目線をそらすと、自分の思いを整理して告げた。
「勝手に悲恋にしないで。私達の恋も、エリーさんの恋も」
それを決めるのは自分自身の権利だから。
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