フラグを折ったら溺愛されました

咲宮

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1巻

1-2

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「だから……シーナが本当にゼロ国への留学を望むなら、ローゼに世話を頼もう」
「本当ですか!」

 それはありがたい。しかし、私はローゼ叔母様のことをよく知らない。

「大丈夫。ローゼはきっと力になってくれる」

 私の不安を察した父様が教えてくれた。

「……どうやら冗談ではなさそうだ。私もローゼと連絡を取らないといけないようだね」
「ありがとうございます、父様!」

 思いのほかすんなり認めてくれた。だが、父様の表情は少し寂しそうだった。

「……父様。つきましては提案がございます」
「なんだい?」
「今年の留学枠は私、ということにしていただけないでしょうか」
「あぁ。そういうことか」
「はい。公爵家の者が行くのは異例ですが、ほかの貴族の子供が行かずに済むなら良い話のはずです」
「そうだね。……実は留学の件は、今年は私が担当だったんだ。なんとかなるだろう」
「そうなのですか」
「まさか、自分の娘が行くことになるとはな……」
「意外でしたか」
「思いもしなかったよ」

 父様は苦笑した。
「ただ、その留学枠で行くんだ。どんなに苦しくても、一年間はゼロ国で過ごさなくてはならない
 辛くなったらいつでも帰ってきてほしいけど、それはできない。……覚悟はあるかい?」

「……はい」

 この国に留まる方が辛いことを、父様は知るよしもない。

「……うん、良い目だ」

 こうして、私の留学が決まった。具体的な日取りが決まるのはもう少し先だが、一つ大きな問題がある。
 婚約者である王子――ユエン・サン殿下に会いに行かなくてはならない。
 すごく面倒に感じるが、仕方がないと思い直した。


 翌日。
 すぐにでも国から出たいけれど、そうはいかない。まだ婚約者として全力で頑張っていた頃の私が、今日殿下と会う約束をしていたのだ。私は覚悟を決めて立ち上がった。

「準備しなくては」

 それと同時に部屋にノック音が響いた。

「失礼します」

 そう言って入ってきたのは、私の専属侍女のキナ。

「さ、準備いたしましょう、お嬢様」
「ありがとう、キナ」

 それにしても憂鬱である。過去最大といっても過言ではない。
 それは、接しなくてはならないから。これまでの私のように、とにかく殿下を褒め、マシンガントークをしなくてはならない。
 母が亡くなり、しばられるものがなくなったとはいえ、いまさら素を出すわけにもいかず、嫌われるとわかった上でも、それをしないといけない。

「できましたよ」
「ありがとう」

 考えているうちに支度が終わった。

「お嬢様、お疲れのようですね。大丈夫ですか?」
「……えぇ。大丈夫よ」

 心配させてしまった。疲れているように見えるならば、直さないと。気を引き締める。

「……行きましょう」
「はい」

 疲れているのは、前世の記憶が戻ったからだ。
 キナとともに馬車に乗り込んだ。


 数時間馬車に揺られて、王城に着いた。

「お嬢様、着きましたよ」
「えぇ」

 すでに疲労は最高潮だが、頑張るしかない。
 これさえ乗り切れば、楽しい楽しい留学生活が待っている! そう思えば頑張れる気がした。
 広間に通され、殿下を待つ。

「……」

 スイッチを入れないと。対殿下用のフィリシーナにならなくては。そう思いながら殿下についての情報を思い出していた。
 ユエン・サン第一王子。サン国の王位継承順位第一位の方である。私と同い年の十八歳。幼い頃から天才と呼ばれていて、弟の第二王子が生まれても、次期王の座は磐石ばんじゃくだ。
 ゲーム内では優しくて何でもできて完璧。だが実際は何にも興味がない王子という設定だが、まさにそうだと思う。
 ユエン殿下は九歳の時国王陛下の命令で婚約者を定めることになった。その時のパーティーで知り合い、婚約者になったのが私、フィリシーナだ。何にも興味がないというのはフィリシーナに対しても同様で、以前は何の感情も持っていなかったが、近頃は嫌悪感を抱き始めている。よって私達ははっきり言って不仲だ。

「お嬢様、肩の力を抜いた方が良いかと……」
「そ、そうね」

 思っているより緊張している。いつもなら緊張なんてしないのだ。だから今日の私も緊張しては駄目。いつも通りに演じなくては。

「……頑張ろう」

 小さな声で自分を鼓舞する。そしてようやく肩の力が抜けた頃、扉が開く。
 不機嫌そうに殿下が入室してきた。

「殿下、お久しぶりにございます。いかがお過ごしでしたか?」

 いつも通りの挨拶を交わす。

「別に、普通だよ」

 いつも通り素っ気ない反応が返ってくる。
 仮にも婚約者であるフィリシーナにここまで塩対応だなんて。
 もう少し愛想よくするかと思っていたが、私には不必要という判断なのだろう。

「それは良かったです」

 どんな些細なことでもいいから、とにかく会話を切らさない。
 それが今まで私がやっていたことだ。

「殿下は、最近お忙しいと聞きます。無理はなさってないですか?」
「いや、大丈夫だよ」
「今日は素晴らしい天気ですね! こんな天気の良い日には、お散歩なんてしたくなりませんか」
「そうかな」
「そういえば! もう少しで殿下のお誕生日でしたね。今年は何か欲しいものはありますか?」
「特にないよ」
「お誕生日パーティーのドレス……何がいいと思いますか!」
「何でも似合うんじゃない」
「まぁ! 殿下がそうおっしゃるのであれば、殿下にふさわしいドレスを選びますわね!」
「うん、そうだね」

 質問や提案をことごとくかわす殿下。そして話すこと一時間。最初の方から内容のない話を絞り出していたけれど、どんどん同じことを言うハメになっていた。
 しかし、殿下は全く聞いている様子はなく、右から左へ綺麗に流していた。いつものことながら、目は一回も合わなかった。好き嫌いはさておき、殿下は私には心底興味がないと思う。

「殿下、そろそろ」
「あぁ」

 従者が、殿下を呼びに来た。

「じゃあね」
「はい、殿下。お体、ご自愛くださいませ」

 やっと終わった。良かった……
 ちなみに留学のことについては話さなかった。
 話すも話さないもシーナの自由と父は言ってくれた。
 なので、私は万が一のことを考え、言わなかったのだ。引き止めるなんてこと、絶対にないと思うが危ない橋は渡らないに越したことはない。
 今日も私に対する好意は見られなかったのでむしろ安心した。
 実は、ゲームで彼に殺されるのだと途中から恐怖がこみ上げてきた。我ながらよく耐えたと思う。

「それではお嬢様、帰りましょう」
「そうね」
「……次も頑張ってください」

 キナは、私が無理していたのを知っている。直接言われたわけではないが、長年一緒にいればわかるのだろう。
 キナの言う次がいつ来るかわからないが、それが訪れないことを願った。
 馬車へ向かう際にひとりの令嬢が目に入る。
 別に気にする必要はないはずなのに、なぜか目が惹きつけられた。

「あの方……」

 きっと見たことがない方だからだろうと結論づけ、馬車に乗り込んだ。
 こうして王城を後にした。


 毎年、留学は今から数か月後に行われる。
 だが、指定日があるのではないので、今行っても問題はない。なので、私は留学を少し早めてもらった。
 サン国にいると殿下と会うことになる。早めに行動できるならその方が良い。

「準備しなくちゃ」

 父様とローゼ叔母様の文通の結果、今すぐでもいいと言ってくださった。
 留学生はゼロ国の留学を担当する貴族が用意した家で過ごすのがしきたりだ。留学生の身内がゼロ国にいる場合は、身内が預っても良いようだ。
 私は、一人暮らしをしているローゼ叔母様の息子のところで過ごすことになった。何でも、世話上手で面倒見がよく恋愛に全く興味がない人なのだとか。父様が信頼していて、その理由は会えばわかるらしい。
 今回の留学で、私は舞踊の専門学校に通うことに決めた。サン国への留学制度は友好が目的という建前なので、ゼロ国で一年以上何かを学べばいいという、なんとも緩い制度なのだ。成果を確認することはない。とにかく一年、ゼロ国で留学生という肩書きで過ごせというだけだ。私のように、わざわざ専門学校に行く者などきっと今までいなかっただろう。
 叔母様が過ごす場所は領地だが、息子は王都で暮らしている。
 舞踊の専門学校は王都にあるので、私が住むのもそっちの方が良いとの判断だ。

「……」

 ゼロ国へ行くことに不安がないわけではない。ただなぜか大丈夫な気がする。
 まだ会ったことのないローゼ叔母様には親近感が湧いていた。それに、大好きな舞踊ができるだけで何でもできる気がするのだ。一つ希望があれば十分だろう。

「……様」

 父様やこの家から離れるのは少し寂しいけど。

「姉様!」
「‼」

 突然の大きな声に驚く。

「な、何……?」

 振り向くと、弟であるラドナードが扉に寄りかかっていた。

「ラ、ラド。何しているの?」
「稽古が終わったから、もうすぐ留学していなくなってしまうという、姉様の顔を見納めに」
「あ、そう」

 ラドナード・テリジア。
 乙女ゲームに出てこなかったけれど、彼の容姿は整っている。
 歳は私と二つとしか変わらないのに、背は私よりも高い。

「……変わっているよね、ゼロ国に留学するだなんて」
「やっぱりそう思う?」
「うん」
「わざわざ会いにきてくれるなんて。何、寂しいの?」
「え、別に」

 即答。
 そう言われると、逆に私が寂しいのだけど。

「お茶でも……する?」

 寂しがっていないラドには必要ないかもしれないが、駄目もとで提案する。

「……する」

 普段は必ず拒否するのだが、しばらく会えないからか、今回は首を縦に振ってくれた。
 可愛いところもあるものだ。

「姉様は先行ってて。着替えてから行くから」
「わかったわ」

 稽古着から着替えるため、ラドは一旦部屋に戻った。
 ラドとの仲は良好で、何だかんだ私のことを心配してくれる。
 ラドは剣や学問をちゃんと学んでいて、私がいうのもなんだが、できた弟だと思う。
 お茶をすることをキナに伝えて、私はテラスへ向かった。


 少し待つと着替えたラドがやって来た。

「姉様、根本的な話。どうして留学することに決めたの?」
「ゼロ国の音楽に興味があって」
「え、あれって全然サン国と違うよね」
「それが良いんじゃない」
「へぇ……どれくらい行くつもり?」
「決めてないからわからないわ」
「え、一年以上行くの?」
「楽しかったら帰ってこないかも」

 帰ってきたら死ぬかもしれないしね、という言葉は呑み込む。

「……本当に?」
「えぇ」

 さすがにラドも驚いている。

「……ゼロ国は治安が良いし豊かだから、暮らしに不便はないんだろうけど」
「そうね」
「全く知らない土地で、よく自分から頑張ろうって思えるね」
「なんとかなるって思ってるから」
「そう言えるところがすごいよ。……俺が知らないうちに姉様は怖いもの知らずになったみたいだね」
「かもね」

 確かにはたから見たら無謀にも、奇行にも見えるだろう。

「ラドは留学するのを止めないのね?」
「別に、姉様が行きたいのに止めようとは思わない」
「あら、そう」
「俺は応援する派だから。ま、頑張って、姉様」
「うん、ありがとう。頑張るわ」
「そういや、キナは連れて行くの?」
「ううん。連れて行かないわよ」
「それ、大丈夫なの」
「大丈夫でしょ」

 キナ本人にも連れて行ってほしいと言われた。けれど、ローゼ叔母様の息子の家にお世話になるし、向こうには使用人はいないらしいから、私が連れて行くのも変な話だ。
 それに今の私は自分のことは自分でできるので、いなくても大丈夫。寂しいけれど、甘えてはいられない。
 キナには、定期的に手紙を書くという条件付きで了承を得た。

「まぁ……姉様なら大丈夫か」
「えぇ」
「ねぇ、ユエン殿下はいいの?」

 これで終わりかと思った時、爆弾が落ちた。

「……うん、別に」

 深掘りしたくてもできない話題だ。

「……そっか。もともと、姉様が好んで婚約したわけじゃないものね」
「え、ラド、なぜそれを」
「そりゃわかるよ、見てれば」

 父様が理解してくれているのは知っていたけど、ラドにまで伝わってるとは思わなかった。

「姉様は知らないと思うけど、姉様が婚約して頑張ってくれたおかげで、俺はすごく楽な生活ができたんだよ。だからとても感謝してる」

 突然、照れ臭そうにラドは告げる。

「楽な生活?」
「うん。母様の全神経が姉様をに向けられたじゃん。だから、俺はあの癇癪かんしゃくの対象から早々に外れて、穏やかに過ごせた」
「そうだったの」
「でも、同時に申し訳なくも思ってる。姉様一人に母様を押し付け過ぎたなって」

 まさか、ラドがそんなことを考えていたとは。

「好きでやってたから。母様の期待に応えたくて頑張っていたのよ」

 本当は逃げたくて仕方がなかったけど、私が頑張っていたお陰でラドが救われたなら、私の頑張りは報われたのだ。

「そっか」
「でも気にしてるなら……」
「ん?」
「ラドはこれから頑張ってよ。頑張って、テリジア家と父様を支えて」

 私にはもうできなくなるから。

「……もちろん」

 だから、ラドに託す。

「父様を任せるわよ」
「了解」

 その後、他愛ない会話をして別れた。
 部屋に戻って留学の準備をしながら、ラドは成長したのだなと思った。


 いよいよ、出発の日が来た。
 玄関には父様やラドや屋敷中の使用人が見送りに来てくれた。

「シーナ、体調に気をつけるんだよ? 無理はしないこと、危険なこともしないこと」
「姉様は一人でやってしまうタイプだから、しっかり周りを頼ってね」
「うんうん。ローゼとその息子に頼るんだよ」
「わかったわ」
「……本当に留学するのか。寂しくなるね」
「そんなことないでしょう、父様。ラドがいるし」
「いや……うん、そうだけど」

 父様はうつむいて黙ってしまった。私は首を傾げてラドを見る。

「そうじゃないと思うけど。相変わらず鈍感」
「何か言った?」
「何も」
「そう。ならいいけど。…………ラド、父様をお願いね」
「了解」

 名残惜しいが、出発しないと。

「…………じゃあ、行ってくるわね?」
「うん」
「シーナ、気をつけるんだよ!」

 父様とラドの声に背を向け、馬車に乗った。

「では、いってきます!」
「いってらっしゃい」
「頑張ってね」
「「「いってらっしゃいませ!」」」

 父様、ラド、使用人の皆に見送られ、私はゼロ国へと出発した。



   第二章


 ゼロ国はサン国から海を渡った先にある。
 港までは近いが、船に乗ってから数時間かかるようだ。乗り物酔いをするタイプではないから、船旅はとても楽しみ。

「お嬢様。港に着きましたよ」

 思ったよりも早く着いた。港にはあまり来たことがなかったが、改めて見ると良い景色だ。

「うわぁ……」

 すでに私が乗る船は来ていた。思ったより大きくて驚く。

「もう乗れるはずよね」
「はい」
「では、行くわ。ここまでありがとう」
「いえ、いってらっしゃいませ」

 御者に笑顔で見送られて船に乗り込む。船は前世でいう豪華客船のようなもので、中もすごくきらびやかだった。

「広いな……」

 手続きを済ませ、自分の部屋に向かう。

「わ、すごいな」

 父様が取ってくれた部屋は私の自室と変わらないくらい広く、使い勝手が良さそうだった。

「何しようかな」

 船の中ですることを決めていなかったので、少し困った。悩んでいると、扉がノックされる。

「誰だろう」

 扉を開けるとそこには見知らぬ人が立っていた。
 背は高く、髪は一まとめにしている。中性的な整った顔立ちで性別の判断がつかない。

「えっと……どちら様で?」
「……貴女がフィリシーナ・テリジア?」
「え、はい」

 名前を知られていることに驚き、警戒する。
 まさか出国早々トラブルに巻き込まれるのだろうか。

「あ、あなたは……?」
「あら。聞いていないのかしら?」

 口調からは女性のようにも感じるが、声の高さからしてきっと男性だ。
 ……なるほど、オネェさんか。
 あいにく、何も聞かされていないのでそう言うしかない。

「何も聞いていません」
「…………なぜかしら」

 それを私に聞かれても困る。伝えるはずだった人に言ってほしい。

「えっと、どちら様ですか」
「ジェシンよ」

 と言われても、その名前の知り合いはいない。

「……その、名乗られてもわからないので、人違いではないでしょうか」
「あら。…………そうね、母の名前がローゼと言えばわかるかしら?」
「……あ!」

 その一言でようやくわかった。
 どうやら叔母様に言われて、わざわざ迎えにきてくれたのだ。
 事情がわかったところで改めて自己紹介をしてもらった。
 ジェシン・ソムファ。
 ローゼ・ソムファ侯爵夫人の息子である。やっぱり男性であった。
 年齢は二十六歳。次男なので家のことは長男に任せ、自分はやりたいことをしているんだとか。

「やりたいこと? もしかして舞踊関係ですか」
「系統としては似ているかもね。デザイン関係の仕事って思ってくれればいいわ」
「なるほど」

 ジェシンさんの美しい所作や雰囲気から、その職業はとても似合いそうだ。

「ところで、どうしてゼロ国への留学を自ら志願したのかしら」
「音楽の文化にすごく惹かれたんです」
「なるほど。あれに魅力を感じるサン国の人間が、あたしの母のほかにもいるとはね」

 やはりゼロ国の人から見ても珍しいようだ。

「ま、血が繋がっているってことかしら」
「そうかもしれません」

 今回の留学は我が家にはローゼ叔母様という伝手つてがあったから、思ったより簡単に話が進んだ。まだ会ったことのない叔母様に何度感謝したことか。

「貴女はフィリシーナ、よね。ならシーナと呼んでいいかしら? これから同居するんだから、気を遣わないで。敬語も身内なんだからやめましょ。あたしのことはシンでいいわ」
「わかりま……わかったわ、シン」

 その言い分は大いに説得力があった。

「それでよし」

 満足そうに微笑むシン。


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