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第五十八話 蝉時雨のなかで
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「龍堂くん!」
隼人は歩道橋に待つ背に駆け寄った。
「中条」
龍堂は振り返り、自らも距離をつめた。白い日が、二人の足元に濃い影をのばしている。むかいあい、しばし見つめ合う。
「体調はどうだ?」
「うん、もうすっかり元気だよ! ありがとう」
隼人はにっこり笑って、力強く拳を握ってみせた。龍堂の目の奥に、安堵が浮かぶ。
「よかった。無理するなよ」
「うん」
隼人はくすぐったい嬉しさでいっぱいになる。夏休みが始まってから、龍堂と初めて会う。学校の外で見る龍堂はやっぱり新鮮だった。もっとも夜に一緒に歩いたりしていたが、昼は雰囲気が違って見える。夏の陽射しに、龍堂の輪郭が輝いて見えた。
隼人は同じ陽射しが、じりじりと自分の頬を焼く熱にも忘れて、龍堂を見上げていた。龍堂は微笑して、庇うように隼人の顔の近くに手をかざした。大きな手は、隼人の顔に影を作る。
隼人はにこっと笑みを返して、龍堂の頰に、同じように手を伸ばした。自分も龍堂を守れるように。
生憎、龍堂の背は高いので、同じように完全防備とはいかなかった。それでも龍堂は嬉しそうに笑った。くすぐったそうな笑い声を聞いていると、隼人の胸はぎゅっと切なくなる、
龍堂は、隼人の髪に触れた。
「熱いな。影のあるところに行こう」
そう言って隼人を促した。隼人も頷き、隣に並んだ。
◇
「龍堂くん、学校の夏期講習申し込んだ?」
公園の木陰にあるベンチで、隼人は両手でお茶を包みつつ尋ねた。すぐそこの自販機で、龍堂が買ってくれたお茶は、ひんやりと隼人の手に涼を与えた。このお茶には、たぶん龍堂の「快気祝」の気持ちがあるんだと隼人は思う。だから、このお茶を今すぐ飲みたい気持ちと、宝物にしたい気持ちがせめぎ合っていた。
龍堂は、同じお茶の缶を傾け、一口飲んでから、隼人の問いに答える。
「申し込んでない」
「そっか!」
隼人は思わず声が明るくなった。
「中条は?」
「俺も、申し込んでないんだ」
うっかり申し込みそびれたことは、黙っておいた。龍堂の目が笑った。隼人も安堵に息をつく。
「よかった。申し込んでたらどうしようって思ってた」
言ってから失言に気づいた。しまった、嬉しくてつい口が滑った。滑りすぎた。
龍堂は、おたおたする隼人に、「どうして?」と尋ねた。隼人はうっと言葉に詰まる。龍堂の真っ直ぐな視線に、言い逃れはできない。観念した。
「だって、それじゃ龍堂くんと会えなくなるから……」
これは本心だった。絶対自分のうっかりを呪うだろう。手の中のお茶が、自分と同じみたいに汗をかいている。隼人は意を決して、封をあけ、口をつける。のどが渇いていた。
龍堂は答えなかった。隼人はちょっと不安になる。どうしよう、夏期講習って大切なのに自己中って思われたかな。隼人はおずおずと顔を上げた。
目があったのは龍堂の愉しげな目だった。形のいい唇が、ふふと笑んでいる。
からかわれたんだと気づいて、隼人は「あっ」と声をあげた。
「龍堂くん」
「中条はそんなにぼくが恋しいんだ」
隼人は顔が真っ赤になった。かっかとする頬を、ふくらまして風船みたいに弾けたい、そんな気持ちだった。
でも、まったく龍堂の言う通りだった。でも、そのまま照れてるのは、なんだか悔しくて「そうだよ」と応える。
「すっごくさみしい」
「へえ」
夜に会えても? と重ねて聞かれて、ぶんぶんと頷く。もうやけっぱちだった。
「だって、一緒に夏期講習も受けたいよ」
隼人はじっと龍堂を見つめる。
「もちろんそれだけじゃなくって。他にもいろいろ、龍堂くんとしたいことたくさんあるよ」
隼人は言い切る。かなり恥ずかしかったが、いっそ悔いはなかった。
龍堂はじっと隼人を見つめる。純粋で、どこかあどけない目つきだった。隼人も見つめ返した。
龍堂が笑う。
「情熱的だな」
隼人の頰に、龍堂の指先が優しく触れる。
「ぼくもお前とずっといたいよ。素直な中条」
じっと目を覗き込むように見つめられ、隼人は龍堂の目に溢れる誠実さが、直接流れこんできた。隼人はしびれるような幸福に、思わず笑った。そうしなければ、倒れてしまいそうだった。
龍堂が、ゆっくりと体を離す。隼人はなんだかそれに付いていきそうになった。俺ってさみしがりなのかな、隼人は不思議に思う。龍堂とずっとこうしていたいなんて。
龍堂はまたお茶に口をつけた。隼人もそれにならう。そうしてまた二人は話し出す。
蝉時雨の中。なのに、龍堂の声ばかり、隼人には聞こえていた。
◇
隼人は天井を見上げている。とりあえず抱きしめた枕は、すっかり人肌になり心臓の音を共有していた。
「龍堂くん」
そこからなにか続けるわけじゃない。けれども、隼人は最近物思いにふけるといつも、その名前を口に出した。すると幸せな気持ちと切ない気持ちでいっぱいになる。
隼人は「はあ」と長く息をつく。ころころとベッドを転がる。スマホを取り上げ、LINEの画面を開く。
「さすがに、用事なさすぎるよね」
さっき会ったばかりなのに。もう会いたかった。
隼人はぶんぶんと首をふる。
「勉強しよう! 宿題だってたくさんあるんだし!」
気合をいれて、ベッドから立ち上がる。たくさん進めておいて一緒に勉強するときに、驚いてもらいたい。
「ようし」
決意を込め、隼人はペンをテキストに滑らせた。
隼人は歩道橋に待つ背に駆け寄った。
「中条」
龍堂は振り返り、自らも距離をつめた。白い日が、二人の足元に濃い影をのばしている。むかいあい、しばし見つめ合う。
「体調はどうだ?」
「うん、もうすっかり元気だよ! ありがとう」
隼人はにっこり笑って、力強く拳を握ってみせた。龍堂の目の奥に、安堵が浮かぶ。
「よかった。無理するなよ」
「うん」
隼人はくすぐったい嬉しさでいっぱいになる。夏休みが始まってから、龍堂と初めて会う。学校の外で見る龍堂はやっぱり新鮮だった。もっとも夜に一緒に歩いたりしていたが、昼は雰囲気が違って見える。夏の陽射しに、龍堂の輪郭が輝いて見えた。
隼人は同じ陽射しが、じりじりと自分の頬を焼く熱にも忘れて、龍堂を見上げていた。龍堂は微笑して、庇うように隼人の顔の近くに手をかざした。大きな手は、隼人の顔に影を作る。
隼人はにこっと笑みを返して、龍堂の頰に、同じように手を伸ばした。自分も龍堂を守れるように。
生憎、龍堂の背は高いので、同じように完全防備とはいかなかった。それでも龍堂は嬉しそうに笑った。くすぐったそうな笑い声を聞いていると、隼人の胸はぎゅっと切なくなる、
龍堂は、隼人の髪に触れた。
「熱いな。影のあるところに行こう」
そう言って隼人を促した。隼人も頷き、隣に並んだ。
◇
「龍堂くん、学校の夏期講習申し込んだ?」
公園の木陰にあるベンチで、隼人は両手でお茶を包みつつ尋ねた。すぐそこの自販機で、龍堂が買ってくれたお茶は、ひんやりと隼人の手に涼を与えた。このお茶には、たぶん龍堂の「快気祝」の気持ちがあるんだと隼人は思う。だから、このお茶を今すぐ飲みたい気持ちと、宝物にしたい気持ちがせめぎ合っていた。
龍堂は、同じお茶の缶を傾け、一口飲んでから、隼人の問いに答える。
「申し込んでない」
「そっか!」
隼人は思わず声が明るくなった。
「中条は?」
「俺も、申し込んでないんだ」
うっかり申し込みそびれたことは、黙っておいた。龍堂の目が笑った。隼人も安堵に息をつく。
「よかった。申し込んでたらどうしようって思ってた」
言ってから失言に気づいた。しまった、嬉しくてつい口が滑った。滑りすぎた。
龍堂は、おたおたする隼人に、「どうして?」と尋ねた。隼人はうっと言葉に詰まる。龍堂の真っ直ぐな視線に、言い逃れはできない。観念した。
「だって、それじゃ龍堂くんと会えなくなるから……」
これは本心だった。絶対自分のうっかりを呪うだろう。手の中のお茶が、自分と同じみたいに汗をかいている。隼人は意を決して、封をあけ、口をつける。のどが渇いていた。
龍堂は答えなかった。隼人はちょっと不安になる。どうしよう、夏期講習って大切なのに自己中って思われたかな。隼人はおずおずと顔を上げた。
目があったのは龍堂の愉しげな目だった。形のいい唇が、ふふと笑んでいる。
からかわれたんだと気づいて、隼人は「あっ」と声をあげた。
「龍堂くん」
「中条はそんなにぼくが恋しいんだ」
隼人は顔が真っ赤になった。かっかとする頬を、ふくらまして風船みたいに弾けたい、そんな気持ちだった。
でも、まったく龍堂の言う通りだった。でも、そのまま照れてるのは、なんだか悔しくて「そうだよ」と応える。
「すっごくさみしい」
「へえ」
夜に会えても? と重ねて聞かれて、ぶんぶんと頷く。もうやけっぱちだった。
「だって、一緒に夏期講習も受けたいよ」
隼人はじっと龍堂を見つめる。
「もちろんそれだけじゃなくって。他にもいろいろ、龍堂くんとしたいことたくさんあるよ」
隼人は言い切る。かなり恥ずかしかったが、いっそ悔いはなかった。
龍堂はじっと隼人を見つめる。純粋で、どこかあどけない目つきだった。隼人も見つめ返した。
龍堂が笑う。
「情熱的だな」
隼人の頰に、龍堂の指先が優しく触れる。
「ぼくもお前とずっといたいよ。素直な中条」
じっと目を覗き込むように見つめられ、隼人は龍堂の目に溢れる誠実さが、直接流れこんできた。隼人はしびれるような幸福に、思わず笑った。そうしなければ、倒れてしまいそうだった。
龍堂が、ゆっくりと体を離す。隼人はなんだかそれに付いていきそうになった。俺ってさみしがりなのかな、隼人は不思議に思う。龍堂とずっとこうしていたいなんて。
龍堂はまたお茶に口をつけた。隼人もそれにならう。そうしてまた二人は話し出す。
蝉時雨の中。なのに、龍堂の声ばかり、隼人には聞こえていた。
◇
隼人は天井を見上げている。とりあえず抱きしめた枕は、すっかり人肌になり心臓の音を共有していた。
「龍堂くん」
そこからなにか続けるわけじゃない。けれども、隼人は最近物思いにふけるといつも、その名前を口に出した。すると幸せな気持ちと切ない気持ちでいっぱいになる。
隼人は「はあ」と長く息をつく。ころころとベッドを転がる。スマホを取り上げ、LINEの画面を開く。
「さすがに、用事なさすぎるよね」
さっき会ったばかりなのに。もう会いたかった。
隼人はぶんぶんと首をふる。
「勉強しよう! 宿題だってたくさんあるんだし!」
気合をいれて、ベッドから立ち上がる。たくさん進めておいて一緒に勉強するときに、驚いてもらいたい。
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