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第四十話 意外な支倉くん
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「話し合ったけど、うまく行かねえ」
掃除をしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、ケンだった。ケンよ言いようはぶっきらぼうだったが、けんか腰というよりも、すねているように感じた。
「マオとアンナに、あれから話したけど、あいつらユーヤに相当キてるみてぇで。むしろ『何でウチらに折れさせるんだ』って。俺までギスっちまったじゃねーか」
じろりとケンに睨まれる。隼人はというと、「それは……」と戸惑った。しかし、ケン自身、本当に隼人に怒っているわけではないらしい。睨む目には険がなかった。
「うーんと、それって、一ノ瀬くんが謝らないとどうにもならないっていうこと?」
「だからそう言ってんだろ、バカかオメーは」
なんでそんなこと言うの? そのとおりだけど!
隼人は遠回りをやめ、もう思ったことを言うことにした。
「ふたりとも、そんなに一ノ瀬くんと仲悪かったっけ? そりゃ、あの時けんかしてたけど、話し合いも嫌って相当じゃない?」
「それは……色々あんだよ。あいつら溜め込むとこあっから。いつから地雷踏みまくってたかわかんね」
渋い顔でつむがれたケンの言葉に、隼人は意外の声をあげる。
「そうなんだ。二人とも、はっきり言いそうなのに」
ぎっとケンが目をむく。
「ふざけんな。あいつらかなり気ぃつかいなんだよあれで。後で爆発すっから、わりに大変なんだよ俺も」
強い語調の語尾は、ため息で締めくくられた。隼人は「ふむ」とほうきを抱えながら言う。
「支倉くんは、その時々怒ってそうだもんね」
「は? わかった口聞いてんなよ」
つかチョーシのんな。言いつつケンは、隼人を殴るつもりはないらしい。適当な机に身を預けたまま、ぶつぶつ言っている。
隼人はというと、ほうきを動かしつつ思案していた。話してみると、ケンは案外話しやすい。始まりが始まりだけに、互いに遠慮がないだけかもしれないが。
「まあたしかに、支倉くんも気遣い屋さんだよね」
「あ?」
「いつも、『まあまあ』って周りを止めたり、フォローしてるじゃない」
オージに対する振る舞いや、場をとりなす姿を思い出す。うんうんと隼人はひとり納得した。
「そう見えるかよ」
「うん」
「ふーん。まあ、お前に言われても、なんの足しにもならねえけどな」
そんな言い方しなくていいだろ!
隼人が憮然としていると、ケンは「どうしようもねえってことか」と呟いた。
「切るにしても、ちゃんとしてえのによ」
その声はやるせなさに満ちている。隼人はうーんと頭をひねった。
「今怒ってるから、話したくないってこともあるかもしれないよ?」
「は?」
「うーん、時間が必要っていうか」
隼人は言葉を探す。嫌なことをされたら、許すのは大変だ。隼人だってユーヤと今すぐ仲直りしろと言われても出来るかわからない。ただ、マオとヒロイさんはそれだけじゃない気がした。
「塚地くんも広井さんも、一ノ瀬くんと仲良くしたいから、我慢してたんだよね? 一ノ瀬くんに、わかってほしいんじゃないかな」
二人は友達だからこそ、許せないこともあるだろう。ケンは黙って聞いていたが、長いためいきをついた。
「やっぱ、ユーヤと話すっきゃねえか……」
机に座って、だらりと上体を前に脱力させる。
「ユーヤには自分でわかってほしかったけどな。ヘタに話しかけて、あいつらにユーヤ派って思われんのもだしよ……」
「うーん」
難しいなあ。隼人は考える。
ケンは、深く考え込んでいるのがはっきりわかる、沈痛な面持ちだった。友達思いなんだな、隼人は思った。
「まあ、話してみるわ」
むくりと起き上がると、ケンは去っていった。隼人は西日の差し込む教室で、一人掃除を再開した。
◇
隼人は自室で、まっさらのノートを開いていた。
「ハヤトロク~高二編~も、ようやく二冊目か……色々あって、あんまり書けなかったからなあ」
新しいノートに、今日のケンとの出来事を書きつけていく。ケンは、思っていたよりずっと、友達思いで気遣い屋な男だった。
「思えばハヤトロクでも、ムードメーカー的な存在だったもんな」
書き終えて、ノートを棚にしまうと、入れ替わりに一冊目のハヤトロクを引きだす。パラパラと読み返すと、あちらこちらに、ケンが周りをとりなしたり、場を盛り上げようとする描写がある。
自分にはとんでもない態度をとってくる人も、友達には優しい。それは、ひとりだった隼人には、なかなか辛い現実だった。けれど。
「うまくいったらいいよね」
今、隼人はひとりではない。だから心を強く持てる気がした。
ひとりのさみしさや心もとなさは、隼人も知っているつもりだ。そんな苦しい思いをしている人は、いない方がいい。
とはいえ、ユーヤのことは腹が立つし、許せるかというと、とりあえず謝ってくれないとわからないけど。でも、不幸を呪いたいわけじゃない。
「隼人、ご飯だよー」
月歌が、部屋に入ってきた。慌てて、隼人はハヤトロクを教科書とノートの下に隠した。
「隼人?」
「ううん、ありがとうお姉ちゃん」
ちょうど出していた教科書も数学で、あまり見られたくないものだった。隼人は視線をそらそうと、何気ない風を装って、それらを鞄にしまった。
「お待たせ」
そうして、部屋を後にしたのだった。
掃除をしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、ケンだった。ケンよ言いようはぶっきらぼうだったが、けんか腰というよりも、すねているように感じた。
「マオとアンナに、あれから話したけど、あいつらユーヤに相当キてるみてぇで。むしろ『何でウチらに折れさせるんだ』って。俺までギスっちまったじゃねーか」
じろりとケンに睨まれる。隼人はというと、「それは……」と戸惑った。しかし、ケン自身、本当に隼人に怒っているわけではないらしい。睨む目には険がなかった。
「うーんと、それって、一ノ瀬くんが謝らないとどうにもならないっていうこと?」
「だからそう言ってんだろ、バカかオメーは」
なんでそんなこと言うの? そのとおりだけど!
隼人は遠回りをやめ、もう思ったことを言うことにした。
「ふたりとも、そんなに一ノ瀬くんと仲悪かったっけ? そりゃ、あの時けんかしてたけど、話し合いも嫌って相当じゃない?」
「それは……色々あんだよ。あいつら溜め込むとこあっから。いつから地雷踏みまくってたかわかんね」
渋い顔でつむがれたケンの言葉に、隼人は意外の声をあげる。
「そうなんだ。二人とも、はっきり言いそうなのに」
ぎっとケンが目をむく。
「ふざけんな。あいつらかなり気ぃつかいなんだよあれで。後で爆発すっから、わりに大変なんだよ俺も」
強い語調の語尾は、ため息で締めくくられた。隼人は「ふむ」とほうきを抱えながら言う。
「支倉くんは、その時々怒ってそうだもんね」
「は? わかった口聞いてんなよ」
つかチョーシのんな。言いつつケンは、隼人を殴るつもりはないらしい。適当な机に身を預けたまま、ぶつぶつ言っている。
隼人はというと、ほうきを動かしつつ思案していた。話してみると、ケンは案外話しやすい。始まりが始まりだけに、互いに遠慮がないだけかもしれないが。
「まあたしかに、支倉くんも気遣い屋さんだよね」
「あ?」
「いつも、『まあまあ』って周りを止めたり、フォローしてるじゃない」
オージに対する振る舞いや、場をとりなす姿を思い出す。うんうんと隼人はひとり納得した。
「そう見えるかよ」
「うん」
「ふーん。まあ、お前に言われても、なんの足しにもならねえけどな」
そんな言い方しなくていいだろ!
隼人が憮然としていると、ケンは「どうしようもねえってことか」と呟いた。
「切るにしても、ちゃんとしてえのによ」
その声はやるせなさに満ちている。隼人はうーんと頭をひねった。
「今怒ってるから、話したくないってこともあるかもしれないよ?」
「は?」
「うーん、時間が必要っていうか」
隼人は言葉を探す。嫌なことをされたら、許すのは大変だ。隼人だってユーヤと今すぐ仲直りしろと言われても出来るかわからない。ただ、マオとヒロイさんはそれだけじゃない気がした。
「塚地くんも広井さんも、一ノ瀬くんと仲良くしたいから、我慢してたんだよね? 一ノ瀬くんに、わかってほしいんじゃないかな」
二人は友達だからこそ、許せないこともあるだろう。ケンは黙って聞いていたが、長いためいきをついた。
「やっぱ、ユーヤと話すっきゃねえか……」
机に座って、だらりと上体を前に脱力させる。
「ユーヤには自分でわかってほしかったけどな。ヘタに話しかけて、あいつらにユーヤ派って思われんのもだしよ……」
「うーん」
難しいなあ。隼人は考える。
ケンは、深く考え込んでいるのがはっきりわかる、沈痛な面持ちだった。友達思いなんだな、隼人は思った。
「まあ、話してみるわ」
むくりと起き上がると、ケンは去っていった。隼人は西日の差し込む教室で、一人掃除を再開した。
◇
隼人は自室で、まっさらのノートを開いていた。
「ハヤトロク~高二編~も、ようやく二冊目か……色々あって、あんまり書けなかったからなあ」
新しいノートに、今日のケンとの出来事を書きつけていく。ケンは、思っていたよりずっと、友達思いで気遣い屋な男だった。
「思えばハヤトロクでも、ムードメーカー的な存在だったもんな」
書き終えて、ノートを棚にしまうと、入れ替わりに一冊目のハヤトロクを引きだす。パラパラと読み返すと、あちらこちらに、ケンが周りをとりなしたり、場を盛り上げようとする描写がある。
自分にはとんでもない態度をとってくる人も、友達には優しい。それは、ひとりだった隼人には、なかなか辛い現実だった。けれど。
「うまくいったらいいよね」
今、隼人はひとりではない。だから心を強く持てる気がした。
ひとりのさみしさや心もとなさは、隼人も知っているつもりだ。そんな苦しい思いをしている人は、いない方がいい。
とはいえ、ユーヤのことは腹が立つし、許せるかというと、とりあえず謝ってくれないとわからないけど。でも、不幸を呪いたいわけじゃない。
「隼人、ご飯だよー」
月歌が、部屋に入ってきた。慌てて、隼人はハヤトロクを教科書とノートの下に隠した。
「隼人?」
「ううん、ありがとうお姉ちゃん」
ちょうど出していた教科書も数学で、あまり見られたくないものだった。隼人は視線をそらそうと、何気ない風を装って、それらを鞄にしまった。
「お待たせ」
そうして、部屋を後にしたのだった。
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