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第三十九話 期待と戸惑い
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「ふふふ」
鼻歌が止まらない。あれから龍堂と落ち合って、たくさん話して帰った。月明かりと電灯の光の下で会う龍堂は新鮮で、なんだかどきどきした。
隼人の家の前でわかれて、龍堂は去っていった。「俺も送る」と言ったら、「それじゃ意味ないだろ」と笑った。どういう意味だろう? わからないけど、なんだか胸がぎゅっとなった。
「夏休みもこうして会えたら嬉しいな」
龍堂の家は、隼人の家とそう遠くなさそうで、こうして歩きに行けば、休みの間も会えるのではないだろうか。
ちょっとはしゃぎすぎだろうか、なんて自分を諌めるほど、胸が期待でいっぱいだった。
「フジタカ、おはよー」
「ああ」
ふいに、マオとヒロイさんの声が、隼人の耳に届いた。あのテストの一件から、二人はオージと親密になった気がする。今まではあくまで、ケンやマオ、ヒロイさんと話していたのはユーヤであって、オージはいつも一歩引いている感じがあったから。
こうしてわいわいと宿題の話をしていると、不思議な心地がした。
隼人は視線を戻そうとして、ユーヤが目に入った。ユーヤはひとり、机に突っ伏している。ユーヤは相当苛立っているらしく、指先で何度も机を叩いている。
結構な音だが、ヒロイさんたちは気にした風もなく、楽しげに話している。
もしかして、ケンカしてるのかな?
それこそ、あのテストの一件で。それで隼人は合点がいった。
それでユーヤは昨日ひとりだったのだ。
ユーヤが立ち上がる。椅子が大きな音を立て、後ろの机にぶつかった。ユーヤは気にした様子もなく、ずんずんとやってくる。
「痛っ!」
「見てんじゃねーよ! このブタッ!」
隼人の襟首をつかむと、思い切りぶん投げた。隼人は椅子から転げ落ちる。ユーヤは見向きもせずに教室から出ていった。強く閉められた扉の音は、静かになった教室内に、痛いほどの余韻を残した。
隼人は困惑しきり、身を起こした。
オージは、しばらくユーヤを目で追っていたが、ヒロイさんたちに呼ばれると、何事もなかったかのようにまた宿題の話を始めた。
こんなこともあるんだ。隼人は椅子に座り直しながら、どことなくきまりの悪い気持ちになった。
◇
「お前さぁ、ユーヤのこと、さぞいい気味って思ってんだろーな?」
音楽の授業のあと、ジャン先生に呼び止められた龍堂を持っていると、ケンがやってきた。けげんに見上げると、隼人は少し驚く。ケンの顔には、いつもの馬鹿にしたような笑みはなく、どことなく気まずそうな、やるせなさそうな気配があった。
「思ってないです」
「どーだか。お前、ユーヤのことムカついてんだろ?」
隼人は黙る。それから、はっきりケンを見返した。
「たしかに、一ノ瀬くんのことは俺、好きじゃないです」
ケンが意外そうに目を見開き、それから勝ち誇ったように笑う。
「やっぱりな、」
「でも、いい気味だなんて思いません」
隼人はぎゅっと、拳を握った。
「一ノ瀬くんには、すごい腹が立ってます。けどそれは俺と一ノ瀬くんの間の問題で、支倉くんたちのことは関係ないです」
そうだ。自分はスッキリしなかった。隼人は、自分とユーヤの問題は解決したい。けどそれは、ユーヤが不幸になれば解決するわけではないのだ。
ケンは黙り込んでいた。隼人はこの際だから言いたいことを言うことにした。
「支倉くんだって、話すのは俺じゃないと思う。一ノ瀬くんが気になるなら、話し合って仲直りしたらいいんじゃないかな」
ケンはどう目し、それならきつく睨んできた。
「ざけんな、龍堂の腰巾着が……何でテメーなんぞに」
「だって支倉くん、楽しくなさそうだから。あと、俺と龍堂くんは友達だから、そんなふうに言わないでほしい」
「テメェ……!」
「お待たせ、中条」
ケンが気色ばみ、隼人に掴みかかろうとしたとき、ハスキーな低音が二人の間に割って入った。
「龍堂くん、お疲れ様」
「ありがとう」
行こう。そう言って、守るように促されて隼人は頷いた。隼人と龍堂が、連れ立って歩いていく背を、ケンの視線はずっと刺していた。
鼻歌が止まらない。あれから龍堂と落ち合って、たくさん話して帰った。月明かりと電灯の光の下で会う龍堂は新鮮で、なんだかどきどきした。
隼人の家の前でわかれて、龍堂は去っていった。「俺も送る」と言ったら、「それじゃ意味ないだろ」と笑った。どういう意味だろう? わからないけど、なんだか胸がぎゅっとなった。
「夏休みもこうして会えたら嬉しいな」
龍堂の家は、隼人の家とそう遠くなさそうで、こうして歩きに行けば、休みの間も会えるのではないだろうか。
ちょっとはしゃぎすぎだろうか、なんて自分を諌めるほど、胸が期待でいっぱいだった。
「フジタカ、おはよー」
「ああ」
ふいに、マオとヒロイさんの声が、隼人の耳に届いた。あのテストの一件から、二人はオージと親密になった気がする。今まではあくまで、ケンやマオ、ヒロイさんと話していたのはユーヤであって、オージはいつも一歩引いている感じがあったから。
こうしてわいわいと宿題の話をしていると、不思議な心地がした。
隼人は視線を戻そうとして、ユーヤが目に入った。ユーヤはひとり、机に突っ伏している。ユーヤは相当苛立っているらしく、指先で何度も机を叩いている。
結構な音だが、ヒロイさんたちは気にした風もなく、楽しげに話している。
もしかして、ケンカしてるのかな?
それこそ、あのテストの一件で。それで隼人は合点がいった。
それでユーヤは昨日ひとりだったのだ。
ユーヤが立ち上がる。椅子が大きな音を立て、後ろの机にぶつかった。ユーヤは気にした様子もなく、ずんずんとやってくる。
「痛っ!」
「見てんじゃねーよ! このブタッ!」
隼人の襟首をつかむと、思い切りぶん投げた。隼人は椅子から転げ落ちる。ユーヤは見向きもせずに教室から出ていった。強く閉められた扉の音は、静かになった教室内に、痛いほどの余韻を残した。
隼人は困惑しきり、身を起こした。
オージは、しばらくユーヤを目で追っていたが、ヒロイさんたちに呼ばれると、何事もなかったかのようにまた宿題の話を始めた。
こんなこともあるんだ。隼人は椅子に座り直しながら、どことなくきまりの悪い気持ちになった。
◇
「お前さぁ、ユーヤのこと、さぞいい気味って思ってんだろーな?」
音楽の授業のあと、ジャン先生に呼び止められた龍堂を持っていると、ケンがやってきた。けげんに見上げると、隼人は少し驚く。ケンの顔には、いつもの馬鹿にしたような笑みはなく、どことなく気まずそうな、やるせなさそうな気配があった。
「思ってないです」
「どーだか。お前、ユーヤのことムカついてんだろ?」
隼人は黙る。それから、はっきりケンを見返した。
「たしかに、一ノ瀬くんのことは俺、好きじゃないです」
ケンが意外そうに目を見開き、それから勝ち誇ったように笑う。
「やっぱりな、」
「でも、いい気味だなんて思いません」
隼人はぎゅっと、拳を握った。
「一ノ瀬くんには、すごい腹が立ってます。けどそれは俺と一ノ瀬くんの間の問題で、支倉くんたちのことは関係ないです」
そうだ。自分はスッキリしなかった。隼人は、自分とユーヤの問題は解決したい。けどそれは、ユーヤが不幸になれば解決するわけではないのだ。
ケンは黙り込んでいた。隼人はこの際だから言いたいことを言うことにした。
「支倉くんだって、話すのは俺じゃないと思う。一ノ瀬くんが気になるなら、話し合って仲直りしたらいいんじゃないかな」
ケンはどう目し、それならきつく睨んできた。
「ざけんな、龍堂の腰巾着が……何でテメーなんぞに」
「だって支倉くん、楽しくなさそうだから。あと、俺と龍堂くんは友達だから、そんなふうに言わないでほしい」
「テメェ……!」
「お待たせ、中条」
ケンが気色ばみ、隼人に掴みかかろうとしたとき、ハスキーな低音が二人の間に割って入った。
「龍堂くん、お疲れ様」
「ありがとう」
行こう。そう言って、守るように促されて隼人は頷いた。隼人と龍堂が、連れ立って歩いていく背を、ケンの視線はずっと刺していた。
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