31 / 90
第三十一話 俺らしくない?
しおりを挟む
「リュードー!」
また来た。隼人は身を固くした。龍堂とふたり勉強していると、ユーヤが入ってくることは少なくなかった。隼人は思わず周りに目を走らせる。オージやケンたちはいない。それなら、ユーヤが止められることはないだろう。――そんなさもしいことを考えることが癖になってきていた。
「なーに? なんの問題解いてんのっ?」
ユーヤはピコピコと上体を左右にゆらし、龍堂の手元をのぞきこもうとする。
「邪魔しないでくれないか?」
龍堂はさらりと断ると、すっと身をかわした。ユーヤは「むぅ、またそーゆー!」と唇をとがらせて、今度は隼人のノートを覗き込んだ。背後の龍堂に見えないように目を見開き隼人に凄むのも忘れずに。
隼人の問題を見て、大げさに驚いてみせた。
「えーっ! すっげー簡単なやつ! リュードー寝てても解けるやつじゃんか」
すんだ大きな声が、ほぼ無人の教室中に響いた。ユーヤはキッ! と、隼人を睨みつける。
「リュードーの足引っ張んなよな!」
隼人は身を小さく縮めた。ユーヤはボールペンを隼人の筆箱からふんだくると、ノートに逆から答えを書き始めた。
「ちょっ、まっ……」
「んだよっ? リュードーを手伝ってやってんだろ!」
「一ノ瀬」
落ち着き払った、ハスキーの低音がユーヤを呼んだ。ユーヤは顔を真っ赤にして「なに? リュード……」と笑顔で応えようとした。
「ぼくが中条に教えてるんだ。邪魔しないでくれないか」
ユーヤの顔が、赤黒くなった。さっきとは違う感情――怒りや屈辱の色だ。肩を怒らせて、声を張り上げる。
「そーいって!いつもリュードーばっか犠牲になってんじゃん! こいつ、ぜんっぜん覚えねーしっ 」
ユーヤの険のある言葉と視線に、隼人は身を小さくした。まったくの図星だった。
最近、緊張して問題がうまく解けないのだ。龍堂がこれだけ時間をとってくれているのに、申し訳ないのに。
――これで、期末の試験がぼろぼろだったら――最悪の仮定。しかしそれはもう叶いかけているのだ――どうすればいい? 龍堂にどんな顔を向ければいいのだろう。
隼人は俯いた。冷や汗がびっしょりと制服を濡らした。
「……」
一方の龍堂は、ゆったりとしたものだった。沈黙の中、時が動き出す。
龍堂はゆるく首を動かし、ユーヤを見上げた。
「それは一ノ瀬がうるさいからじゃないか?」
「なっ……」
龍堂の笑みには、たぶんに冷めた皮肉が滲んでいる。隼人は思わず顔をあげた。
「とにかく、ぼくらは今解いてるんだ。どこかへ行ってくれ」
ユーヤは、ぽかんとしたあと、わなわなと震えだす。目を潤ませて、八重歯を唇に食い込ませた。
「なんだよ……!リュードーの、バカっ!! もお知らねえっ!」
どこか熱を孕んだ目で龍堂を睨みつけ、去っていった。龍堂はそれを冷めた様子で見送り、「お待たせ」と隼人に向き直る。隼人は泣きたい気持ちだった。
「ごめん、龍堂くん」
「中条が謝ることじゃない」
龍堂は気にした様子もない。また教科書をくり始めた。隼人は恥ずかしかった。
本当は、自分がユーヤを追い払わないといけないのに。龍堂に迷惑ばかりかけている。
龍堂がユーヤと一緒にいるのは嫌だ。なのに、今みたいにふたりきりになるのも怖くなってきた――ガッカリされるのが、怖くて。
◇
「隼人くん、最近へんだね」
大丈夫?
ひとりで教室の掃除していると、やってきたマリヤさんに声をかけられた。
「そうかな」
「うん。やつれてるし……」
マリヤさんの言葉に、隼人は思わず苦笑した。ダイエットを始めてからこっち、一番かけられる言葉だった。ケンとマオにも、「ゾンビみたい」「でなきゃ、ジジイ!」と笑われている。
隼人は笑って、「大丈夫だよ」と手を振った。
「たぶん、ちょっと夏バテかも」
「そっか。――でね……」
安堵したマリヤさんは話し始めた。
「オージくんが、最近よくそばにいてくれるんだけど……でも、求められるのはまだ怖くて……」
部屋に誘われたけど、昨日も断っちゃった。マリヤさんは悲しげに目を潤ませた。隼人はうんうん、と頷いた。しかし、マリヤさんはその対応に眉をひそめた。
「隼人くん、怒ってる?」
「えっ?」
「何か楽しく無さそう……迷惑だった?」
「そんなことないよ」
「いいの。ごめんなさい甘えて。わかってるの」
そう言ってマリヤさんは背を向けた。小さな姿は悲しげだった。
「違うんだ、ちょっとぼんやりしてただけで……」
「――やっぱり」
マリヤさんが肩越しに振り返り、きっと睨んできた。それから、ふっと切なげに笑った。
「隼人くんらしくないよ」
前のほうがよかった。
そう言って、マリヤさんも去っていった。
――俺らしくない……? ――
隼人はぼんやりと教室に立ち尽くした。どつしていいか、もうわからなかった。
◇
隼人は考えた末、マリヤさんの言う通りだと思った。自分だって今の自分は好きじゃないという結論に達した。
けれど、頑張ることをやめるわけにはいかなかった。
「龍堂くんのそばにいたいんだ」
ちゃんと胸を張って。そのためには、相応しくならないといけない。
また来た。隼人は身を固くした。龍堂とふたり勉強していると、ユーヤが入ってくることは少なくなかった。隼人は思わず周りに目を走らせる。オージやケンたちはいない。それなら、ユーヤが止められることはないだろう。――そんなさもしいことを考えることが癖になってきていた。
「なーに? なんの問題解いてんのっ?」
ユーヤはピコピコと上体を左右にゆらし、龍堂の手元をのぞきこもうとする。
「邪魔しないでくれないか?」
龍堂はさらりと断ると、すっと身をかわした。ユーヤは「むぅ、またそーゆー!」と唇をとがらせて、今度は隼人のノートを覗き込んだ。背後の龍堂に見えないように目を見開き隼人に凄むのも忘れずに。
隼人の問題を見て、大げさに驚いてみせた。
「えーっ! すっげー簡単なやつ! リュードー寝てても解けるやつじゃんか」
すんだ大きな声が、ほぼ無人の教室中に響いた。ユーヤはキッ! と、隼人を睨みつける。
「リュードーの足引っ張んなよな!」
隼人は身を小さく縮めた。ユーヤはボールペンを隼人の筆箱からふんだくると、ノートに逆から答えを書き始めた。
「ちょっ、まっ……」
「んだよっ? リュードーを手伝ってやってんだろ!」
「一ノ瀬」
落ち着き払った、ハスキーの低音がユーヤを呼んだ。ユーヤは顔を真っ赤にして「なに? リュード……」と笑顔で応えようとした。
「ぼくが中条に教えてるんだ。邪魔しないでくれないか」
ユーヤの顔が、赤黒くなった。さっきとは違う感情――怒りや屈辱の色だ。肩を怒らせて、声を張り上げる。
「そーいって!いつもリュードーばっか犠牲になってんじゃん! こいつ、ぜんっぜん覚えねーしっ 」
ユーヤの険のある言葉と視線に、隼人は身を小さくした。まったくの図星だった。
最近、緊張して問題がうまく解けないのだ。龍堂がこれだけ時間をとってくれているのに、申し訳ないのに。
――これで、期末の試験がぼろぼろだったら――最悪の仮定。しかしそれはもう叶いかけているのだ――どうすればいい? 龍堂にどんな顔を向ければいいのだろう。
隼人は俯いた。冷や汗がびっしょりと制服を濡らした。
「……」
一方の龍堂は、ゆったりとしたものだった。沈黙の中、時が動き出す。
龍堂はゆるく首を動かし、ユーヤを見上げた。
「それは一ノ瀬がうるさいからじゃないか?」
「なっ……」
龍堂の笑みには、たぶんに冷めた皮肉が滲んでいる。隼人は思わず顔をあげた。
「とにかく、ぼくらは今解いてるんだ。どこかへ行ってくれ」
ユーヤは、ぽかんとしたあと、わなわなと震えだす。目を潤ませて、八重歯を唇に食い込ませた。
「なんだよ……!リュードーの、バカっ!! もお知らねえっ!」
どこか熱を孕んだ目で龍堂を睨みつけ、去っていった。龍堂はそれを冷めた様子で見送り、「お待たせ」と隼人に向き直る。隼人は泣きたい気持ちだった。
「ごめん、龍堂くん」
「中条が謝ることじゃない」
龍堂は気にした様子もない。また教科書をくり始めた。隼人は恥ずかしかった。
本当は、自分がユーヤを追い払わないといけないのに。龍堂に迷惑ばかりかけている。
龍堂がユーヤと一緒にいるのは嫌だ。なのに、今みたいにふたりきりになるのも怖くなってきた――ガッカリされるのが、怖くて。
◇
「隼人くん、最近へんだね」
大丈夫?
ひとりで教室の掃除していると、やってきたマリヤさんに声をかけられた。
「そうかな」
「うん。やつれてるし……」
マリヤさんの言葉に、隼人は思わず苦笑した。ダイエットを始めてからこっち、一番かけられる言葉だった。ケンとマオにも、「ゾンビみたい」「でなきゃ、ジジイ!」と笑われている。
隼人は笑って、「大丈夫だよ」と手を振った。
「たぶん、ちょっと夏バテかも」
「そっか。――でね……」
安堵したマリヤさんは話し始めた。
「オージくんが、最近よくそばにいてくれるんだけど……でも、求められるのはまだ怖くて……」
部屋に誘われたけど、昨日も断っちゃった。マリヤさんは悲しげに目を潤ませた。隼人はうんうん、と頷いた。しかし、マリヤさんはその対応に眉をひそめた。
「隼人くん、怒ってる?」
「えっ?」
「何か楽しく無さそう……迷惑だった?」
「そんなことないよ」
「いいの。ごめんなさい甘えて。わかってるの」
そう言ってマリヤさんは背を向けた。小さな姿は悲しげだった。
「違うんだ、ちょっとぼんやりしてただけで……」
「――やっぱり」
マリヤさんが肩越しに振り返り、きっと睨んできた。それから、ふっと切なげに笑った。
「隼人くんらしくないよ」
前のほうがよかった。
そう言って、マリヤさんも去っていった。
――俺らしくない……? ――
隼人はぼんやりと教室に立ち尽くした。どつしていいか、もうわからなかった。
◇
隼人は考えた末、マリヤさんの言う通りだと思った。自分だって今の自分は好きじゃないという結論に達した。
けれど、頑張ることをやめるわけにはいかなかった。
「龍堂くんのそばにいたいんだ」
ちゃんと胸を張って。そのためには、相応しくならないといけない。
20
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
嫌われものの僕について…
相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。
だか、ある日事態は急変する
主人公が暗いです
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
どうやら手懐けてしまったようだ...さて、どうしよう。
彩ノ華
BL
ある日BLゲームの中に転生した俺は義弟と主人公(ヒロイン)をくっつけようと決意する。
だが、義弟からも主人公からも…ましてや攻略対象者たちからも気に入れられる始末…。
どうやら手懐けてしまったようだ…さて、どうしよう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
片思いの練習台にされていると思っていたら、自分が本命でした
みゅー
BL
オニキスは幼馴染みに思いを寄せていたが、相手には好きな人がいると知り、更に告白の練習台をお願いされ……と言うお話。
今後ハリーsideを書く予定
気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいましたのスピンオフです。
サイデュームの宝石シリーズ番外編なので、今後そのキャラクターが少し関与してきます。
ハリーsideの最後の賭けの部分が変だったので少し改稿しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる