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第二十九話 ただの口実だから
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教室の並ぶ廊下へ続く角を曲がろうとして、隼人は足を止めた。
「リュードー!」
ユーヤの、よく通る声が聞こえたからだ。その声が呼んだ名前に、隼人の胸がうるさいほど鳴った。その場に縫い付けられたように、隼人は動けなくなる。
「えへへっ、リュードー!」
ユーヤの声は、いつもより甘みが増していた。子犬や子猫がじゃれるような声。よせばいいのに、隼人は角から様子をうかがう。
ユーヤは、龍堂を覗き込むようにして、龍堂と正面に向き合っていた。なんというか、甘い仕草だった。
「何か用か?」
龍堂の声は落ち着いていた。静かにユーヤを見下ろす。ユーヤはふにゃりと笑う。
「んへ、別にぃ。用がなきゃ、俺話しちゃだめ?」
そう言って無邪気に笑う。白い八重歯がのぞいた。
「リュードー、昨日はごめんな? 俺の友達、みんな過保護でさっ」
そう言って、ユーヤの長い指先が、龍堂の制服の裾にのばされる。
隼人は耐えきれず、咄嗟にその場から飛び出した。
「龍堂くん!」
何も考えていなかった。ただ、隼人は駆け出して、龍堂のもとへ近づいた。ユーヤの目が剣みたいに隼人を刺したが、それすら気づいていなかった。
「中条」
龍堂は、くるりと隼人に向き直った。隼人はそれが嬉しかった。
「どうした?」
「ううん。えっと、……今から授業?」
「そうだよ。お前と一緒」
下手くそな隼人の言葉に、龍堂はおかしげに目を細めた。隼人は「そっか」とはにかんだ。頰がかっかと熱くなって、胸も一気に温かくなる。にぎにぎと握られたカバンの紐は隼人の手の中で細くなった。
咄嗟の行動だったのに、いざ龍堂を前にすると、それまでの気持ちの全部が抜け落ちた。いっぱい話したいことが生まれてきて、同時に、何も話さなくても幸せな気持ちになった。
「いま、俺がリュードーと話してんだよ! 入ってくんな!」
ユーヤが隼人に怒鳴りつけた。すごい目で睨まれて、隼人は思わず息を呑んだ。
「な、リュードー!」
ユーヤは、ぱっと笑顔に変わり、龍堂に一歩近寄る。
「ほんと、ごめんな? あのあと授業大丈夫だった?」
そう言って見つめるユーヤの目は、涙をたっぷり含んできらきらしていた。隼人は動揺しきりで、龍堂とユーヤを見て、それから、龍堂を見た。ユーヤに対して、またざわざわした感情がわいていたが、それは今考えることじゃない気がした。
今、自分が話したいのは、見ていたいのは龍堂だから。
龍堂は黙っていた。静かに目を伏せる。
「別にいいよ」
龍堂の言葉に、ユーヤはぱっと顔を明るくさせた。「リュードー……」と声をあげ、龍堂の腕に手を添わせようとする。龍堂は、それをさえぎった。
「あんなのただの口実だから」
そう言って、隼人を見た。一瞬の視線の交錯――隼人は息を止めた。体がぱっと熱くなって、隼人は自分が輝いている気がした。
龍堂は、ゆったりと去っていく。
その背を、隼人はぼうっと見送った。頰が内側から燃えているみたいだった。言葉にならない。ただ、ひたすらわくわくした――
「!」
横から思い切り突き飛ばされた。驚いて見ると、ユーヤだった。燃えるような目で、隼人を睨みつけている。
「カンチガイしてんじゃねえよブタ! リュードーは俺に会いに来てくれたんだからなっ!」
「えっ?」
肩を怒らせて去っていくユーヤを、隼人はぽかんと見送ったのだった。
「リュードー!」
ユーヤの、よく通る声が聞こえたからだ。その声が呼んだ名前に、隼人の胸がうるさいほど鳴った。その場に縫い付けられたように、隼人は動けなくなる。
「えへへっ、リュードー!」
ユーヤの声は、いつもより甘みが増していた。子犬や子猫がじゃれるような声。よせばいいのに、隼人は角から様子をうかがう。
ユーヤは、龍堂を覗き込むようにして、龍堂と正面に向き合っていた。なんというか、甘い仕草だった。
「何か用か?」
龍堂の声は落ち着いていた。静かにユーヤを見下ろす。ユーヤはふにゃりと笑う。
「んへ、別にぃ。用がなきゃ、俺話しちゃだめ?」
そう言って無邪気に笑う。白い八重歯がのぞいた。
「リュードー、昨日はごめんな? 俺の友達、みんな過保護でさっ」
そう言って、ユーヤの長い指先が、龍堂の制服の裾にのばされる。
隼人は耐えきれず、咄嗟にその場から飛び出した。
「龍堂くん!」
何も考えていなかった。ただ、隼人は駆け出して、龍堂のもとへ近づいた。ユーヤの目が剣みたいに隼人を刺したが、それすら気づいていなかった。
「中条」
龍堂は、くるりと隼人に向き直った。隼人はそれが嬉しかった。
「どうした?」
「ううん。えっと、……今から授業?」
「そうだよ。お前と一緒」
下手くそな隼人の言葉に、龍堂はおかしげに目を細めた。隼人は「そっか」とはにかんだ。頰がかっかと熱くなって、胸も一気に温かくなる。にぎにぎと握られたカバンの紐は隼人の手の中で細くなった。
咄嗟の行動だったのに、いざ龍堂を前にすると、それまでの気持ちの全部が抜け落ちた。いっぱい話したいことが生まれてきて、同時に、何も話さなくても幸せな気持ちになった。
「いま、俺がリュードーと話してんだよ! 入ってくんな!」
ユーヤが隼人に怒鳴りつけた。すごい目で睨まれて、隼人は思わず息を呑んだ。
「な、リュードー!」
ユーヤは、ぱっと笑顔に変わり、龍堂に一歩近寄る。
「ほんと、ごめんな? あのあと授業大丈夫だった?」
そう言って見つめるユーヤの目は、涙をたっぷり含んできらきらしていた。隼人は動揺しきりで、龍堂とユーヤを見て、それから、龍堂を見た。ユーヤに対して、またざわざわした感情がわいていたが、それは今考えることじゃない気がした。
今、自分が話したいのは、見ていたいのは龍堂だから。
龍堂は黙っていた。静かに目を伏せる。
「別にいいよ」
龍堂の言葉に、ユーヤはぱっと顔を明るくさせた。「リュードー……」と声をあげ、龍堂の腕に手を添わせようとする。龍堂は、それをさえぎった。
「あんなのただの口実だから」
そう言って、隼人を見た。一瞬の視線の交錯――隼人は息を止めた。体がぱっと熱くなって、隼人は自分が輝いている気がした。
龍堂は、ゆったりと去っていく。
その背を、隼人はぼうっと見送った。頰が内側から燃えているみたいだった。言葉にならない。ただ、ひたすらわくわくした――
「!」
横から思い切り突き飛ばされた。驚いて見ると、ユーヤだった。燃えるような目で、隼人を睨みつけている。
「カンチガイしてんじゃねえよブタ! リュードーは俺に会いに来てくれたんだからなっ!」
「えっ?」
肩を怒らせて去っていくユーヤを、隼人はぽかんと見送ったのだった。
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