23 / 90
第二十三話 いじめの瀬戸際
しおりを挟む
週明け、隼人は学校に向かっていた。校門をくぐるとき、ほんの少し、いつもよりお腹に力が入る。内に入り込みそうになる肩を反らし、丸くなりそうな背を伸ばし、隼人は歩いた。
怯えるな。前をむくんだ。なにも大したことじゃない。
隼人は自分の心の中に、大きなヒーローを抱き、てくてくと歩いていた。
ハヤト、俺を励ましてくれ。
自分の心の中にあるハヤトを自分に重ねる。強くなるんだ。
校舎に向かい歩いていく生徒たちの中で、自分だけが浮き上がっているような気がする。溶け込むように、まっすく進めるように、隼人は心を静かにした。
教室の扉を開ける。
何人かの生徒が、丁度こちらを振り返った気がして、隼人は怯む。ケンやマオ、ヒロイさんが、じろりと隼人を見たのがわかった。
気にするな。隼人は平静をよそおって、席へ向かう。大丈夫。何も変わらない。椅子に座ると、隼人は鞄を開いた。机の中に置いておいた教科書を取り、さりげなく中を確認する。大丈夫そうだった。
隼人は安堵して、鞄の中にそれを詰める。今日から教科書はすべて持って帰るつもりだった。少しかさばるけれど仕方ない。
ひとまず安心して、隼人は机の中を探った。それは何気ない行動だった。ぱたぱたと手を広げて、隼人は身をこわばらせる。
なにか入っている。
手で探ると、チクッと痛みが走った。隼人は恐る恐るそれを手に掴み、そっと取り出した。そして思わず息を飲む。
カッターナイフだ。しかも、刃がでている。その瞬間、隼人の精神が、胸の内にぎゅっとすくみあがった。どっと嫌な汗がわく。
落ち着け――落ち着け。
何度も心のなかで唱えて、隼人は心臓を落ち着ける。隼人はカッターの刃をしまい、それを机の隅に寄せた。落ち着け、再度唱えた。
指先がぬるついてきた。確認すると、指先が赤く染まっていた。さっき、切ってしまったのだ。隼人は拳を握り、傷を隠した。本能的に、そうしなければならない気がしていた。
この中に、自分が傷つくことを望んでいる人がいる。そうである以上は。
◇◇
隼人は校舎裏で息をついた。
「はあ」
昼休み、ようやく訪れた休息の時間だ。鞄の中をひらく。ぎっしりとノートや教科書が詰まっている。
もう一つ鞄を持ってこないといけないかもしれない。独白さえ、どこかぼんやりと遠い。隼人は鞄を閉じた。
これからどうしたらいいだろう。
考えて、「いつも通りに」と思う。しかし実際、それでは支障が出ている以上、そうはいかないこともわかっていた。
いったい誰がこんなことを? ユーヤたちだろうか? でも、最近ユーヤは自分に構わなくなったし、ケン達もこういうことをするタイプに思えない。
なら、別に誰かだろうか。考えて、途方に暮れる。クラス三十五人から、どう割り出すというのだ。
思った以上にきつい。
顔の見えない悪意は、対処ができない。もちろん、リンチのような悪意よりはましなのかもしれないが……それもいつ始まるかわからない。
そんな宙ぶらりんの心もとなさが、より隼人を不安にさせていた。指先の絆創膏を見つめる。
本当に、いったい誰なんだろう。こんな、人を怖がらせて、ひどいじゃないか。
自分のことが嫌いなら、はっきり言ってくれたらいいのに。たしかにだからといって、どうしようも出来ないけど、それでは満足できないのだ。それが怖い。
「はあ」
大きく息をついた。それから、「えい」とかぶりを振る。
「考えても仕方ないや。とりあえずご飯にしよう」
お弁当をとりだして、蓋を開けた。
「え、」
隼人は息を飲んだ。お弁当に、たっぷりの粉がかかっている。匂いから、チョークだとわかった。思わず口元をおさえる。
嫌な予感がした。隼人はマイボトルの蓋を取り、中をのぞいた。
「うっ……」
ボトルの底には、消しゴムのカスがびっしりと沈んでいた。いつから? 気持ちが悪くなり、隼人は身を丸くした。
涙が滲んでくる。何だこれ。あんまり陰湿すぎる。隼人はお弁当を見下ろした。
お母さんごめん。隼人は沈痛の思いで蓋を閉じた。
これからは、お弁当も持ち歩かなくては……そう思うと余計に悲しくなった。
今まで隼人は、ぼっちとかブタとか言われ、バカにされることはあっても、こんな目にあったことはなかった。
恵まれていたと思う。
今自分は、本当にいじめの瀬戸際にあるのだ。
怯えるな。前をむくんだ。なにも大したことじゃない。
隼人は自分の心の中に、大きなヒーローを抱き、てくてくと歩いていた。
ハヤト、俺を励ましてくれ。
自分の心の中にあるハヤトを自分に重ねる。強くなるんだ。
校舎に向かい歩いていく生徒たちの中で、自分だけが浮き上がっているような気がする。溶け込むように、まっすく進めるように、隼人は心を静かにした。
教室の扉を開ける。
何人かの生徒が、丁度こちらを振り返った気がして、隼人は怯む。ケンやマオ、ヒロイさんが、じろりと隼人を見たのがわかった。
気にするな。隼人は平静をよそおって、席へ向かう。大丈夫。何も変わらない。椅子に座ると、隼人は鞄を開いた。机の中に置いておいた教科書を取り、さりげなく中を確認する。大丈夫そうだった。
隼人は安堵して、鞄の中にそれを詰める。今日から教科書はすべて持って帰るつもりだった。少しかさばるけれど仕方ない。
ひとまず安心して、隼人は机の中を探った。それは何気ない行動だった。ぱたぱたと手を広げて、隼人は身をこわばらせる。
なにか入っている。
手で探ると、チクッと痛みが走った。隼人は恐る恐るそれを手に掴み、そっと取り出した。そして思わず息を飲む。
カッターナイフだ。しかも、刃がでている。その瞬間、隼人の精神が、胸の内にぎゅっとすくみあがった。どっと嫌な汗がわく。
落ち着け――落ち着け。
何度も心のなかで唱えて、隼人は心臓を落ち着ける。隼人はカッターの刃をしまい、それを机の隅に寄せた。落ち着け、再度唱えた。
指先がぬるついてきた。確認すると、指先が赤く染まっていた。さっき、切ってしまったのだ。隼人は拳を握り、傷を隠した。本能的に、そうしなければならない気がしていた。
この中に、自分が傷つくことを望んでいる人がいる。そうである以上は。
◇◇
隼人は校舎裏で息をついた。
「はあ」
昼休み、ようやく訪れた休息の時間だ。鞄の中をひらく。ぎっしりとノートや教科書が詰まっている。
もう一つ鞄を持ってこないといけないかもしれない。独白さえ、どこかぼんやりと遠い。隼人は鞄を閉じた。
これからどうしたらいいだろう。
考えて、「いつも通りに」と思う。しかし実際、それでは支障が出ている以上、そうはいかないこともわかっていた。
いったい誰がこんなことを? ユーヤたちだろうか? でも、最近ユーヤは自分に構わなくなったし、ケン達もこういうことをするタイプに思えない。
なら、別に誰かだろうか。考えて、途方に暮れる。クラス三十五人から、どう割り出すというのだ。
思った以上にきつい。
顔の見えない悪意は、対処ができない。もちろん、リンチのような悪意よりはましなのかもしれないが……それもいつ始まるかわからない。
そんな宙ぶらりんの心もとなさが、より隼人を不安にさせていた。指先の絆創膏を見つめる。
本当に、いったい誰なんだろう。こんな、人を怖がらせて、ひどいじゃないか。
自分のことが嫌いなら、はっきり言ってくれたらいいのに。たしかにだからといって、どうしようも出来ないけど、それでは満足できないのだ。それが怖い。
「はあ」
大きく息をついた。それから、「えい」とかぶりを振る。
「考えても仕方ないや。とりあえずご飯にしよう」
お弁当をとりだして、蓋を開けた。
「え、」
隼人は息を飲んだ。お弁当に、たっぷりの粉がかかっている。匂いから、チョークだとわかった。思わず口元をおさえる。
嫌な予感がした。隼人はマイボトルの蓋を取り、中をのぞいた。
「うっ……」
ボトルの底には、消しゴムのカスがびっしりと沈んでいた。いつから? 気持ちが悪くなり、隼人は身を丸くした。
涙が滲んでくる。何だこれ。あんまり陰湿すぎる。隼人はお弁当を見下ろした。
お母さんごめん。隼人は沈痛の思いで蓋を閉じた。
これからは、お弁当も持ち歩かなくては……そう思うと余計に悲しくなった。
今まで隼人は、ぼっちとかブタとか言われ、バカにされることはあっても、こんな目にあったことはなかった。
恵まれていたと思う。
今自分は、本当にいじめの瀬戸際にあるのだ。
21
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!
toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」
「すいません……」
ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪
一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。
作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

火傷の跡と見えない孤独
リコ井
BL
顔に火傷の跡があるユナは人目を避けて、山奥でひとり暮らしていた。ある日、崖下で遭難者のヤナギを見つける。ヤナギは怪我のショックで一時的に目が見なくなっていた。ユナはヤナギを献身的に看病するが、二人の距離が近づくにつれ、もしヤナギが目が見えるようになり顔の火傷の跡を忌み嫌われたらどうしようとユナは怯えていた。
男だけど幼馴染の男と結婚する事になった
小熊井つん
BL
2×××年、同性の友人同士で結婚する『親友婚』が大ブームになった世界の話。 主人公(受け)の“瞬介”は家族の罠に嵌められ、幼馴染のハイスペイケメン“彗”と半ば強制的に結婚させられてしまう。
受けは攻めのことをずっとただの幼馴染だと思っていたが、結婚を機に少しずつ特別な感情を抱くようになっていく。
美形気だるげ系攻め×平凡真面目世話焼き受けのほのぼのBL。
漫画作品もございます。


騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる