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第二十三話 いじめの瀬戸際
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週明け、隼人は学校に向かっていた。校門をくぐるとき、ほんの少し、いつもよりお腹に力が入る。内に入り込みそうになる肩を反らし、丸くなりそうな背を伸ばし、隼人は歩いた。
怯えるな。前をむくんだ。なにも大したことじゃない。
隼人は自分の心の中に、大きなヒーローを抱き、てくてくと歩いていた。
ハヤト、俺を励ましてくれ。
自分の心の中にあるハヤトを自分に重ねる。強くなるんだ。
校舎に向かい歩いていく生徒たちの中で、自分だけが浮き上がっているような気がする。溶け込むように、まっすく進めるように、隼人は心を静かにした。
教室の扉を開ける。
何人かの生徒が、丁度こちらを振り返った気がして、隼人は怯む。ケンやマオ、ヒロイさんが、じろりと隼人を見たのがわかった。
気にするな。隼人は平静をよそおって、席へ向かう。大丈夫。何も変わらない。椅子に座ると、隼人は鞄を開いた。机の中に置いておいた教科書を取り、さりげなく中を確認する。大丈夫そうだった。
隼人は安堵して、鞄の中にそれを詰める。今日から教科書はすべて持って帰るつもりだった。少しかさばるけれど仕方ない。
ひとまず安心して、隼人は机の中を探った。それは何気ない行動だった。ぱたぱたと手を広げて、隼人は身をこわばらせる。
なにか入っている。
手で探ると、チクッと痛みが走った。隼人は恐る恐るそれを手に掴み、そっと取り出した。そして思わず息を飲む。
カッターナイフだ。しかも、刃がでている。その瞬間、隼人の精神が、胸の内にぎゅっとすくみあがった。どっと嫌な汗がわく。
落ち着け――落ち着け。
何度も心のなかで唱えて、隼人は心臓を落ち着ける。隼人はカッターの刃をしまい、それを机の隅に寄せた。落ち着け、再度唱えた。
指先がぬるついてきた。確認すると、指先が赤く染まっていた。さっき、切ってしまったのだ。隼人は拳を握り、傷を隠した。本能的に、そうしなければならない気がしていた。
この中に、自分が傷つくことを望んでいる人がいる。そうである以上は。
◇◇
隼人は校舎裏で息をついた。
「はあ」
昼休み、ようやく訪れた休息の時間だ。鞄の中をひらく。ぎっしりとノートや教科書が詰まっている。
もう一つ鞄を持ってこないといけないかもしれない。独白さえ、どこかぼんやりと遠い。隼人は鞄を閉じた。
これからどうしたらいいだろう。
考えて、「いつも通りに」と思う。しかし実際、それでは支障が出ている以上、そうはいかないこともわかっていた。
いったい誰がこんなことを? ユーヤたちだろうか? でも、最近ユーヤは自分に構わなくなったし、ケン達もこういうことをするタイプに思えない。
なら、別に誰かだろうか。考えて、途方に暮れる。クラス三十五人から、どう割り出すというのだ。
思った以上にきつい。
顔の見えない悪意は、対処ができない。もちろん、リンチのような悪意よりはましなのかもしれないが……それもいつ始まるかわからない。
そんな宙ぶらりんの心もとなさが、より隼人を不安にさせていた。指先の絆創膏を見つめる。
本当に、いったい誰なんだろう。こんな、人を怖がらせて、ひどいじゃないか。
自分のことが嫌いなら、はっきり言ってくれたらいいのに。たしかにだからといって、どうしようも出来ないけど、それでは満足できないのだ。それが怖い。
「はあ」
大きく息をついた。それから、「えい」とかぶりを振る。
「考えても仕方ないや。とりあえずご飯にしよう」
お弁当をとりだして、蓋を開けた。
「え、」
隼人は息を飲んだ。お弁当に、たっぷりの粉がかかっている。匂いから、チョークだとわかった。思わず口元をおさえる。
嫌な予感がした。隼人はマイボトルの蓋を取り、中をのぞいた。
「うっ……」
ボトルの底には、消しゴムのカスがびっしりと沈んでいた。いつから? 気持ちが悪くなり、隼人は身を丸くした。
涙が滲んでくる。何だこれ。あんまり陰湿すぎる。隼人はお弁当を見下ろした。
お母さんごめん。隼人は沈痛の思いで蓋を閉じた。
これからは、お弁当も持ち歩かなくては……そう思うと余計に悲しくなった。
今まで隼人は、ぼっちとかブタとか言われ、バカにされることはあっても、こんな目にあったことはなかった。
恵まれていたと思う。
今自分は、本当にいじめの瀬戸際にあるのだ。
怯えるな。前をむくんだ。なにも大したことじゃない。
隼人は自分の心の中に、大きなヒーローを抱き、てくてくと歩いていた。
ハヤト、俺を励ましてくれ。
自分の心の中にあるハヤトを自分に重ねる。強くなるんだ。
校舎に向かい歩いていく生徒たちの中で、自分だけが浮き上がっているような気がする。溶け込むように、まっすく進めるように、隼人は心を静かにした。
教室の扉を開ける。
何人かの生徒が、丁度こちらを振り返った気がして、隼人は怯む。ケンやマオ、ヒロイさんが、じろりと隼人を見たのがわかった。
気にするな。隼人は平静をよそおって、席へ向かう。大丈夫。何も変わらない。椅子に座ると、隼人は鞄を開いた。机の中に置いておいた教科書を取り、さりげなく中を確認する。大丈夫そうだった。
隼人は安堵して、鞄の中にそれを詰める。今日から教科書はすべて持って帰るつもりだった。少しかさばるけれど仕方ない。
ひとまず安心して、隼人は机の中を探った。それは何気ない行動だった。ぱたぱたと手を広げて、隼人は身をこわばらせる。
なにか入っている。
手で探ると、チクッと痛みが走った。隼人は恐る恐るそれを手に掴み、そっと取り出した。そして思わず息を飲む。
カッターナイフだ。しかも、刃がでている。その瞬間、隼人の精神が、胸の内にぎゅっとすくみあがった。どっと嫌な汗がわく。
落ち着け――落ち着け。
何度も心のなかで唱えて、隼人は心臓を落ち着ける。隼人はカッターの刃をしまい、それを机の隅に寄せた。落ち着け、再度唱えた。
指先がぬるついてきた。確認すると、指先が赤く染まっていた。さっき、切ってしまったのだ。隼人は拳を握り、傷を隠した。本能的に、そうしなければならない気がしていた。
この中に、自分が傷つくことを望んでいる人がいる。そうである以上は。
◇◇
隼人は校舎裏で息をついた。
「はあ」
昼休み、ようやく訪れた休息の時間だ。鞄の中をひらく。ぎっしりとノートや教科書が詰まっている。
もう一つ鞄を持ってこないといけないかもしれない。独白さえ、どこかぼんやりと遠い。隼人は鞄を閉じた。
これからどうしたらいいだろう。
考えて、「いつも通りに」と思う。しかし実際、それでは支障が出ている以上、そうはいかないこともわかっていた。
いったい誰がこんなことを? ユーヤたちだろうか? でも、最近ユーヤは自分に構わなくなったし、ケン達もこういうことをするタイプに思えない。
なら、別に誰かだろうか。考えて、途方に暮れる。クラス三十五人から、どう割り出すというのだ。
思った以上にきつい。
顔の見えない悪意は、対処ができない。もちろん、リンチのような悪意よりはましなのかもしれないが……それもいつ始まるかわからない。
そんな宙ぶらりんの心もとなさが、より隼人を不安にさせていた。指先の絆創膏を見つめる。
本当に、いったい誰なんだろう。こんな、人を怖がらせて、ひどいじゃないか。
自分のことが嫌いなら、はっきり言ってくれたらいいのに。たしかにだからといって、どうしようも出来ないけど、それでは満足できないのだ。それが怖い。
「はあ」
大きく息をついた。それから、「えい」とかぶりを振る。
「考えても仕方ないや。とりあえずご飯にしよう」
お弁当をとりだして、蓋を開けた。
「え、」
隼人は息を飲んだ。お弁当に、たっぷりの粉がかかっている。匂いから、チョークだとわかった。思わず口元をおさえる。
嫌な予感がした。隼人はマイボトルの蓋を取り、中をのぞいた。
「うっ……」
ボトルの底には、消しゴムのカスがびっしりと沈んでいた。いつから? 気持ちが悪くなり、隼人は身を丸くした。
涙が滲んでくる。何だこれ。あんまり陰湿すぎる。隼人はお弁当を見下ろした。
お母さんごめん。隼人は沈痛の思いで蓋を閉じた。
これからは、お弁当も持ち歩かなくては……そう思うと余計に悲しくなった。
今まで隼人は、ぼっちとかブタとか言われ、バカにされることはあっても、こんな目にあったことはなかった。
恵まれていたと思う。
今自分は、本当にいじめの瀬戸際にあるのだ。
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