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第五話 龍堂太一
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「おい!」
廊下を歩いていると、ケンに立ち塞がられた。まただ。隼人は思う。
ユーヤたちは、最近、隼人が一人きり(もっともいつも一人なのだが、周りに人がいないという意味で)のとき、一人でやってきて、それぞれ口撃をくらわせてくるようにもなってきた。
もういじめの序章に入ってやしないか、隼人もさすがに不安になってきた。とはいえ、実際のところ多対一より一対一のほうが助かってもいた。まだ逃げることができるからである。
「逃~げ~んなよ。仲良くしようぜ」
肩を掴まれて、ぐんっと引っ張られる。遠心力で体が大きくふれた。
「なあブ~タ!」
今のは罵倒だぞ。
流石にむかっ腹が立って、隼人はケンをにらみ上げた。しまった、そう思ったときには遅い。向こうは超がつくほどの瞬発力で、「あ?」と笑みを返してきた。
「んだよブタ。なんか文句あんの?」
間違ってねーじゃんと笑ってくる。隼人は顔をそらした。
「何もないです」
「何で敬語~? きめ~!」
ギャハハ、と笑われるが、隼人は反応せず、でっと早歩きをさらに早めた。向こうは余裕のペースでついてくる。早く歩こうが蛇のように動こうが、ずっとついてきて、色々と罵倒してくる。
勘弁してくれ!
とはいえ、ついてくるなとも言えない。同じ教室に向かっているからだ。
音楽室までの道のりは遠かった。何でこの人だけ、自分と同じ選択授業なんだろう。
「なあ、ホンットさあ。お前ユーヤのこと意識してんよな?」
「ん?」
思わず聞き返してしまった。ちょっとブタやデブ、バカとは違う意味の言葉だったからだ。
「意識とはなんですか」
「まじで言ってんの?」
けらけら笑われ、隼人はいっそう不可解になる。
「皆言ってるけど、何でそんな反抗してんの? 張り合ってもユーヤにかなうとこねーよ?」
まずやせろし。そう言ってにししと笑う。
よくわからないが、わかった。つまりケンは、隼人がユーヤを嫌っていると思っているらしい。
そりゃ、好きか嫌いかでいうと嫌いの方だけど、いちいち聞かなくても。と思ったが、そこは友達だ。自分の好きな人を嫌いな人間が許せないのかもしれない。
「いや、俺、一ノ瀬くんのこと意識してませんよ」
だから隼人は、誠実のつもりで答えた。ケンは、「またまた」と笑ってから、目を見開いた。
「はぁ?」
「ただ、一ノ瀬くんのノリについてけなくて、困ってるだけなんです」
「あぁ!?」
急に声を荒らげすごまれ、隼人は「うわっ」とおののいた。
だって他に言いようがない。実際困ってるし。
そこで、ちょうどよく音楽室が見えた。
助かった!
隼人は、室内に逃げ込んだ。
「うっ!」
丁度、中から出てきた先生とぶつかり、教室外にはじき出される。
「何してる、中条。気をつけなさい」
恰幅のいいジャン先生が、美しいバスで隼人を叱った。
「すみません」
鼻を押さえつつ、隼人は今度こそ中に入る。いそいそと、自分の割り当ての席に座ると、左向こうでケンがこっちを睨んでいるのが見えた。
南無三。
見なかったことにして、隼人は教科書を眺めた。まだ歌われない歌というものは、どうしてこうも心をときめかせるだろう――などと思いながら、楽譜から当てずっぽうで鼻歌を歌う。隣の女子が、怪訝そうな顔をしたのでやめた。
隼人はついで、右向こうを見る。そして、「おっ」と顔を輝かせた。
今日もきまってるなあ。
隼人は龍堂太一を見つめる。二クラス合同の音楽の授業。E組の隼人に対し、彼はF組の生徒だった。
ユーヤを始め、オージやケン、マオなど美形の多いE組ではあるが、彼もまた、一味違った美形である。
なんというか、威風がある。今もひとり、ワイヤレスイヤホンで、何か聞いていて、それだけなのに何か格好よかった。
間違っても、「ひとりでいるのを誤魔化すため」そうしてる、と思われない芯のようなものがうかがえる。
いつ見てもそういうところが、かっこいいと思った。やっぱり男ならああなりたいものだなあ。名前さえ似合っている。自分も名前はかっこいいんだけどな。黒いライオンみたいだ、などと隼人は感心する。
その時、チャイムがなった。
龍堂がイヤホンを外した。
そのとき、ふいにぱちりと目があった。
隼人はとっさに、にこっと笑った。すると、気迫のある眼差しが、わずかに見開かれた。そんな気がしたが、すぐに龍堂の視線は、ゆったりと、違うところへ向かった。
それでも隼人はどきどきしたまま、ずっと笑っていた。
廊下を歩いていると、ケンに立ち塞がられた。まただ。隼人は思う。
ユーヤたちは、最近、隼人が一人きり(もっともいつも一人なのだが、周りに人がいないという意味で)のとき、一人でやってきて、それぞれ口撃をくらわせてくるようにもなってきた。
もういじめの序章に入ってやしないか、隼人もさすがに不安になってきた。とはいえ、実際のところ多対一より一対一のほうが助かってもいた。まだ逃げることができるからである。
「逃~げ~んなよ。仲良くしようぜ」
肩を掴まれて、ぐんっと引っ張られる。遠心力で体が大きくふれた。
「なあブ~タ!」
今のは罵倒だぞ。
流石にむかっ腹が立って、隼人はケンをにらみ上げた。しまった、そう思ったときには遅い。向こうは超がつくほどの瞬発力で、「あ?」と笑みを返してきた。
「んだよブタ。なんか文句あんの?」
間違ってねーじゃんと笑ってくる。隼人は顔をそらした。
「何もないです」
「何で敬語~? きめ~!」
ギャハハ、と笑われるが、隼人は反応せず、でっと早歩きをさらに早めた。向こうは余裕のペースでついてくる。早く歩こうが蛇のように動こうが、ずっとついてきて、色々と罵倒してくる。
勘弁してくれ!
とはいえ、ついてくるなとも言えない。同じ教室に向かっているからだ。
音楽室までの道のりは遠かった。何でこの人だけ、自分と同じ選択授業なんだろう。
「なあ、ホンットさあ。お前ユーヤのこと意識してんよな?」
「ん?」
思わず聞き返してしまった。ちょっとブタやデブ、バカとは違う意味の言葉だったからだ。
「意識とはなんですか」
「まじで言ってんの?」
けらけら笑われ、隼人はいっそう不可解になる。
「皆言ってるけど、何でそんな反抗してんの? 張り合ってもユーヤにかなうとこねーよ?」
まずやせろし。そう言ってにししと笑う。
よくわからないが、わかった。つまりケンは、隼人がユーヤを嫌っていると思っているらしい。
そりゃ、好きか嫌いかでいうと嫌いの方だけど、いちいち聞かなくても。と思ったが、そこは友達だ。自分の好きな人を嫌いな人間が許せないのかもしれない。
「いや、俺、一ノ瀬くんのこと意識してませんよ」
だから隼人は、誠実のつもりで答えた。ケンは、「またまた」と笑ってから、目を見開いた。
「はぁ?」
「ただ、一ノ瀬くんのノリについてけなくて、困ってるだけなんです」
「あぁ!?」
急に声を荒らげすごまれ、隼人は「うわっ」とおののいた。
だって他に言いようがない。実際困ってるし。
そこで、ちょうどよく音楽室が見えた。
助かった!
隼人は、室内に逃げ込んだ。
「うっ!」
丁度、中から出てきた先生とぶつかり、教室外にはじき出される。
「何してる、中条。気をつけなさい」
恰幅のいいジャン先生が、美しいバスで隼人を叱った。
「すみません」
鼻を押さえつつ、隼人は今度こそ中に入る。いそいそと、自分の割り当ての席に座ると、左向こうでケンがこっちを睨んでいるのが見えた。
南無三。
見なかったことにして、隼人は教科書を眺めた。まだ歌われない歌というものは、どうしてこうも心をときめかせるだろう――などと思いながら、楽譜から当てずっぽうで鼻歌を歌う。隣の女子が、怪訝そうな顔をしたのでやめた。
隼人はついで、右向こうを見る。そして、「おっ」と顔を輝かせた。
今日もきまってるなあ。
隼人は龍堂太一を見つめる。二クラス合同の音楽の授業。E組の隼人に対し、彼はF組の生徒だった。
ユーヤを始め、オージやケン、マオなど美形の多いE組ではあるが、彼もまた、一味違った美形である。
なんというか、威風がある。今もひとり、ワイヤレスイヤホンで、何か聞いていて、それだけなのに何か格好よかった。
間違っても、「ひとりでいるのを誤魔化すため」そうしてる、と思われない芯のようなものがうかがえる。
いつ見てもそういうところが、かっこいいと思った。やっぱり男ならああなりたいものだなあ。名前さえ似合っている。自分も名前はかっこいいんだけどな。黒いライオンみたいだ、などと隼人は感心する。
その時、チャイムがなった。
龍堂がイヤホンを外した。
そのとき、ふいにぱちりと目があった。
隼人はとっさに、にこっと笑った。すると、気迫のある眼差しが、わずかに見開かれた。そんな気がしたが、すぐに龍堂の視線は、ゆったりと、違うところへ向かった。
それでも隼人はどきどきしたまま、ずっと笑っていた。
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