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Epilogue
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りり子の手は、まだひどく痛んでいる。
「終わったね」
最後に車に乗り込んできたサキが、放心したように言った。高村が車を発進させる。
「これから、どうしようか? 帰るところがない」
繭が、困惑したように言った。帰るところがないのはりり子も同じだ。
「まだ、終わってなかった。さつきを迎えに行かなきゃ。千葉まで行ってくれる?」
「サキちゃん、俺のことタクシーの運転手と勘違いしてないか?」
「おとなしく言うこと聞きなさいよ。あんたが減らず口を叩けるのは誰のおかげだと思ってんのよ?」
「わかった。黙って運転すればいいんだろ」
サキの妹を迎えに行くために、千葉に向かった。あまりに手が痛むので、繭に言われてコンビニに寄って酢を買い、痛むところに振りかけた。アルカリを中和しなければならないらしい。高村の手も、水溶液のかかったりり子の手が触れたところが赤くなっていた。
痛みは、治まらない。でも、しばらくこの痛みを忘れずにいたいと思った。
ついさっきまで威勢のよかったサキは、窓の外を見ながら静かに泣いていた。何も言わずに泣かせておいた。千葉までの道のりは長い。
習志野の料金所のあたりでサキは泣くのをやめて、今日の午後りり子が家に帰ってからのことを話し始めた。それから三人で手分けして豊洲付近の救急病院に電話をかけ、山根が運び込まれた病院を突き止めた。通報が早かったため命に別状はないようだった。
「行ったほうがいいかな?」
サキが消えそうな声でつぶやいた。
「行かなくていい。もう終わったんだ。忘れろサキちゃん」
それまでずっと黙って運転していた高村がつぶやいた。
「でも行かなきゃ、いってちゃんと話をしなくちゃ、終わらない」
サキがそうつぶやいた。誰も、何も言わなかった。
それから程なくして、千葉の三宅の家に到着した。
さつきをサキの家で下ろしたあとに、サキがどうしても行きたいというので、山根が収容されている江東区の救急病院に行った。サキを下ろすと、そのまま倉庫の立ち並ぶ埠頭に車を走らせた。時刻は早朝の三時を回ったところだった。エンジンをかけっぱなしにして、車の中で眠った。
サキからの電話で目が覚めたときには、夜が白みかけていた。
病院の前で待っていたサキはつき物が落ちたようにすがすがしい顔をしていた。サキを乗せ、夜が明けていくのを見るために、埠頭へ戻った。
りり子は車から降りた。明け方の冷気に洗われる。高村はそんな青春ぽいことしてられないというので、車の中で寝かせておくことにした。
三人でフェンスに寄りかかって寒さに震えながら、明るくなりかけた空の高いところで漂白されていく半月を見た。夜が明ける前には見えなかった重く垂れ込める雲が次第に輪郭を現し、月はちょうどその合間にあった。
帰るところも逃げるところもなかったし、大金を手にすることもできなかった。半分のまま空に熔けていく月は、三人揃ってもやっと半分で、たいしたことはできなかったりり子たちみたいだ。それでも、暗い海の上で明度を増していく空を見ているだけで、これからひとりになっても、三人いっしょでも、どんなことでもできるような気分になった。サキと繭を無性に抱きしめたくなって、やってみたらおしくらまんじゅうみたいになって、フェンスに思い切りぶつかった。それから雨と朝露に濡れた芝生に寝転がって少しだけ泣いた。
「終わったね」
最後に車に乗り込んできたサキが、放心したように言った。高村が車を発進させる。
「これから、どうしようか? 帰るところがない」
繭が、困惑したように言った。帰るところがないのはりり子も同じだ。
「まだ、終わってなかった。さつきを迎えに行かなきゃ。千葉まで行ってくれる?」
「サキちゃん、俺のことタクシーの運転手と勘違いしてないか?」
「おとなしく言うこと聞きなさいよ。あんたが減らず口を叩けるのは誰のおかげだと思ってんのよ?」
「わかった。黙って運転すればいいんだろ」
サキの妹を迎えに行くために、千葉に向かった。あまりに手が痛むので、繭に言われてコンビニに寄って酢を買い、痛むところに振りかけた。アルカリを中和しなければならないらしい。高村の手も、水溶液のかかったりり子の手が触れたところが赤くなっていた。
痛みは、治まらない。でも、しばらくこの痛みを忘れずにいたいと思った。
ついさっきまで威勢のよかったサキは、窓の外を見ながら静かに泣いていた。何も言わずに泣かせておいた。千葉までの道のりは長い。
習志野の料金所のあたりでサキは泣くのをやめて、今日の午後りり子が家に帰ってからのことを話し始めた。それから三人で手分けして豊洲付近の救急病院に電話をかけ、山根が運び込まれた病院を突き止めた。通報が早かったため命に別状はないようだった。
「行ったほうがいいかな?」
サキが消えそうな声でつぶやいた。
「行かなくていい。もう終わったんだ。忘れろサキちゃん」
それまでずっと黙って運転していた高村がつぶやいた。
「でも行かなきゃ、いってちゃんと話をしなくちゃ、終わらない」
サキがそうつぶやいた。誰も、何も言わなかった。
それから程なくして、千葉の三宅の家に到着した。
さつきをサキの家で下ろしたあとに、サキがどうしても行きたいというので、山根が収容されている江東区の救急病院に行った。サキを下ろすと、そのまま倉庫の立ち並ぶ埠頭に車を走らせた。時刻は早朝の三時を回ったところだった。エンジンをかけっぱなしにして、車の中で眠った。
サキからの電話で目が覚めたときには、夜が白みかけていた。
病院の前で待っていたサキはつき物が落ちたようにすがすがしい顔をしていた。サキを乗せ、夜が明けていくのを見るために、埠頭へ戻った。
りり子は車から降りた。明け方の冷気に洗われる。高村はそんな青春ぽいことしてられないというので、車の中で寝かせておくことにした。
三人でフェンスに寄りかかって寒さに震えながら、明るくなりかけた空の高いところで漂白されていく半月を見た。夜が明ける前には見えなかった重く垂れ込める雲が次第に輪郭を現し、月はちょうどその合間にあった。
帰るところも逃げるところもなかったし、大金を手にすることもできなかった。半分のまま空に熔けていく月は、三人揃ってもやっと半分で、たいしたことはできなかったりり子たちみたいだ。それでも、暗い海の上で明度を増していく空を見ているだけで、これからひとりになっても、三人いっしょでも、どんなことでもできるような気分になった。サキと繭を無性に抱きしめたくなって、やってみたらおしくらまんじゅうみたいになって、フェンスに思い切りぶつかった。それから雨と朝露に濡れた芝生に寝転がって少しだけ泣いた。
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