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 大学の最初の一年間は、あわただしく過ぎていった。学年末試験が終わり、宝探しでもするようにかき集めたノートのコピーをすべて処分すると、私は春休みのバイトを探した。
街頭で試供品やチラシを配ったり、商業施設でキャンペーン販売をするバイトに応募して、ほとんど形だけの面接をパスすると、次の日から早速仕事を始めた。

 四月に入ると、大学内の生協での試供品の配布が続くようになった。日替わりで、あちこちの大学に行くのは面白い。大学の雰囲気も学生のカラーも大学によって全然違う。それに学食の食べ比べも密かな楽しみだった。
その日は、ヒロキ君が行っていた大学のひと駅隣にある女子大に行った。ここまできたら、ヒロキ君の大学も見に行ってみようかとも思ったけど、大学見て何になるんだ、とも思い、帰りにリョウコ伯母さんのところに寄ることにして、目的地の女子大に行った。

 こじんまりした生徒数の少ないところで、構内の学生達もいまどきの女子大生風ではなく清楚な感じの子が多い。隣駅の国立大学とは仲がいいらしいというのもわかるような気がする。
私がレジ袋に試供品のお菓子を詰めていると、誰かがじっと私のことを見ているような気配を感じたので、ふと顔をあげてみると、やはりどこかであったことのあるような女子学生が私のことを見ている。誰なんだろう? 私と同じくらいの身長があって、顔も身なりもぱっとしない、全身が「大きくてすみません」って言っているような感じの、いまいち垢抜けない人だった。その女子大には、高校時代の同級生が何人か進学した。ひとりひとり思い出してみたけど、その人は私の同級生ではなかった。そのあと、学生の往来が急に増えて忙しくなり、それ以上その人のことを考え続けることはできなかった。 

 それから数日後のことだった。リョウコ伯母さんから電話があった。ヒロキ君の友達で、私に会いたがっている人がいるけど、連絡先を教えてもいいだろうか、というような話だった。私とヒロキ君に共通の友達なんかいたっけ、としばらく考えてみたけど、誰も浮かんでは来なかった。それでも、断る理由もなかったので承諾した。しばらくしてから、電話が鳴った。
「石本カオルと申しますが、フミエさんはいらっしゃいますか?」
低く、落ち着いた声だった。
「私です」
「フミエさん? 突然電話してごめんなさいね。私、滝田ヒロキの友達で、無理言ってフミエさんの連絡先を教えてもらったのは私なの」
 名前に心当たりはなかった。何を言ってよいのかわからず、私は沈黙した。
「実は、フミエさんに謝らなきゃならないことがあって、でも、フミエさんは私のことなんか知らないわけだし、ずっと悩んでたの」
 私はますます混乱した。なぜ会ったこともないような人が私に謝らなければならないのだろう。
「あの……、言ってることが全然わからなくて、謝らなければならないことってなんですか?」
「ごめんなさいね。私ったら、ひとりでわけのわからないことをまくし立てていて。順番に話すわね。私は、フミエさんの従兄のヒロキとつき合ってたの。だから、フミエさんのことはヒロキから聞いてよく知っているし、写真も見たことあるの。先週うちの大学に来なかった?」
何かがパチッっと音を立ててつながった。あの人だ。T女子大で、私のことを見ていた不器用そうな女の子は、ヒロキ君のお葬式で、魂が抜けたみたいに一人だけ泣いていなかった人だ。
「あ、行きました。何だ、声かけてくれればよかったのに」
 ヒロキ君の彼女。もっと可愛らしい人を想像していたので、なんだか拍子抜けした。

「確信がなかったの。写真って映り方によってイメージが違うし、お葬式のときは、私も気が動転していて、人のことなんかに構っていられなかったから。でもね、うちに帰ってから、あれは確かにフミエさんだったって思って、しばらく考えたの。今となっては遅いのかもしれないんだけど、ちゃんとフミエさんには会って話をしなくちゃって思って」
 
 T女子大には、一週間後にもう一度行く予定があった。その辺が新学期のどさくさで授業をサボっていられる限界だった。その週が終わったら、科目登録をして学校に戻らなければならない。私は手帳を見て、T女子大に行く日と、その日は、一日コンタクトレンズのキャンペーン販売で、学食と生協店舗の間の通路にいるであろうことをカオルさんに告げた。メールアドレスを交換し、バイトが終わるころ、連絡を取り合う約束をして電話を切った。
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