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 見るだけならってことで、ヒロキ君を納得させ、私たちはラブホ街に入った。すごい。どこもかしこもラブホだらけだ。かの有名な「ご休憩、ご商談」の看板を掲げているところもある。こんなところで一体誰がご商談するんだ。周りを歩いているカップルは次々に薄暗い入り口に吸い込まれていく。と思うと、突然通りに出現するカップルも。みんな全然恥ずかしそうには見えない。制服を着た高校生のカップルもいる。学校に通報されたりはしないのだろうか。とりあえず、制服のない学校に行っていて良かったとひとまず安心してみる。
「どうせ行くなら、すごく悪趣味なとこがいいなあ。ミラーボールとか、天井に鏡とかがあって、遊園地みたいなとこ」
 なるべく大仰な、白亜のお城みたいなところを選び、空室のサインを確認して中に入った。その名も「モンサンミッシェル」だ。暗い受付には、室内の写真のあるパネルが並んでいて、空室のところだけに蛍光灯が点っている。105号室には、ピンクのカバーがかかった円形のベッドがあった。すげー、せっかく来たんだからやっぱりこういう部屋でないと。ベッドは動いたりしないんだろうか? 105号室のボタンを押すと、パネルの裏のライトが消え、受付からルームキーとしわくちゃの手が出てきた。うわー、なんだか都市伝説っぽい。ってか、これが普通なのか?

105号室といえば、やはり一階なんだろう。と思って、奥のドアの並んで居るエリアを見ると、105号室の赤いライトが点滅している。何から何まで笑っちゃうくらいによくできている。

 ヒロキ君と私は、105号室のドアを開けた。写真で見るより室内は狭く、空気が湿気を帯びている。
「すごい。風呂場がガラス張りだ」
「きゃー、部屋から丸見え。やだー、ヒロキ君、なんかやらしいこと考えてない?」
「こんなところに来てやらしいこと考えるなって方が無理な話だと思う」
「そーだよね」
 ベッドの頭のところにあるパネルにはたくさんのスイッチが付いている。ベッドは回るのだろうか? 話には聞いたことはあるけど、本当に回ったらかなり笑える。明日学校で話のネタにしちゃうかもしれない。全部のスイッチを押してみたけど、照明と有線放送の局が変わっただけだ。残念。

 ヒロキ君はまず、冷蔵庫の中身をチェックしてから、テレビをつけて、リモコンで五秒ごとにチャンネルを変えている。用もないのに冷蔵庫を開けるのがヒロキ君の癖で、小さい時からよくリョウコ伯母さんに怒られていたことを思い出した。テレビのチャンネルを頻繁に変えるのはアキヒロ伯父さんの癖だ。男の子って変なところが父親に似るんだ、と小さな発見をしてひとりで納得していたら、大げさな女のあえぎ声が聞こえていた。これがエロビデオってやつか。

 ふたりでベッドの上に座って、一分間ほど画面を凝視していたら、なんとなく気まずくなってきた。雰囲気を察したのか、ヒロキ君がテレビを消した。部屋が静かになると、もっと気まずくなった。
「ヒロキ君、せっかく来たんだからやっぱり、してかない?」
「え。それって……まずいんじゃない? 兄弟どんぶり……じゃなくて、イトコどんぶり……あ、そんな言葉はないか」
「従兄妹同士って、結婚できるんだよ。知らないの?」
「知ってたけどさ」
「私さ、この歳になっても彼氏できる気配ゼロだしさあ、ずっとこのままなのかな……と思うとね。相手がヒロキ君だったらいいかなってちょっと思った」
「ごめん。俺には彼女がいるんだ」
「そっか。ごめん。でも私はいいよ。彼女いても」
「俺はいやだ」
「なんだ。がっかり」
「がっかりとか言うなよ。なんだか悪いことしてるみたいじゃないか」
「彼女幸せだね。どんな人? 可愛い?」
「そりゃ可愛いよ。好きになったらどこもかしこも可愛い」
「ごちそうさまです」
「フミエちゃんには、悪いことしちゃった。ごめん」
「謝ることないのに」
「いや、彼女をどこに連れて行ったらいいかも全然わからないから、女の子ってどういうところに行きたがのか興味があって、なんとなくフミエちゃんについてきた」
「で、ラブホ」
「いや、見てみたかったのはこっちも同じ」
「予行練習か」
「そんなところだね」
「ほんとに予行練習してけば」
 
 私は壁にかかっている写真を見ていた。海の上に浮かぶ島にお城のような、カセドラルのような建物が建っている。その島は陸橋のようなもので陸につながっている。これはどこなんだろう。この部屋には似つかわしくない綺麗な写真だった。
「……親父、浮気してんの知ってる?」
「え、アキヒロおじさんが?」
「大学受験のとき、親父のマンションに泊まってたんだ。何かがおかしい。何ってわけじゃないんだけど、なんとなく親父ひとりの部屋って感じじゃないんだ」
「すごい。息子の勘ってやつだね。女の勘より鋭いかも」
「台所に、乾燥ハーブがあった。バジルと、オレガノとベイリーフ。うちの親父がそんなもの買うと思う?」
「アキヒロ伯父さんのことだからさあ、単身赴任を期に料理に目覚めちゃって、東京のうどんなんて食えん、とか言って、休日には単身赴任仲間とうどん打ってたりしてるんじゃない?」
「それだけじゃない。パンツが白のブリーフから柄物のトランクスに変わってた」
「それってっさあ、東京の夏の暑さに耐えられなかったとか、パンツ買いに行ったら店員にすすめられたとか……なんか別の理由があるんじゃない?」
 そう言いながらも、東京の夏が特別暑いとは思っていなかった。
「なんと言っても一番怪しいのは、俺とお袋がこっちに出てきてまた家族三人の生活に戻ったら、ハーブもトランクスも消えてたってことだ。疚しいことがなかったら、もとに戻す必要はないよな。問題はそこだ」
 そう言われると、なんだか怪しい。そういうことをする人には全然見えなかったのに。
「まあ、親父のことなんてどうだっていいんだ。でも俺はそういうのは絶対に嫌だ」
「いやー、ごもっとも」
 アキヒロ伯父さんといい、ヒロキ君といい、昔風に言うと、まったく隅に置けない。なんだかすっかりやる気をなくして、私は部屋の中を見回した。
 海に浮かぶ城の写真の隣に、物入れみたいな開き戸があった。いったい何が入っているんだろう。そう思って開けてみるとガラス窓だった。窓を開けると一メートルぐらい離れたところに隣のラブホが見える。景観の悪い窓は隠しておこう、ということなのか。

 窓の外には約二十センチ間隔の鉄の柵が付いていて、そのうちの一本の鉄棒が、すごい力で押し広げられたように曲がっていて、ちょうど人ひとりがやっと通れる位の隙間ができていた。
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