ワルプルギスの夜

まゆり

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 ゴールデンウィークを目前に控えた新宿の街は、生温かくんだ空気をはらんで浮き足立っている。ミリちゃんの居場所がおそらくSMルームの檻の中であることだけはヤスに言っておいた。鍵のことについては言うべきかどうか少し迷ったけど、これ以上余計なことをするなと言われるのがオチだと思い、言うのはやめた。鍵を探し当てたら、後は任せるけれど、入手経路についてまたとやかく言われると思うと面倒くさい。

 エイジに指定されたバーは、十人も入れば満席の小さなカウンターバーだった。こんなに狭いところで息が詰まりそうな気がしたけど、一度カウンターに座ってしまうと、逆に居心地よく感じる。黒服のバーテンダーが、客の奢りのダブルショットのバーボンを呷ると、何事もなかったように仕事に戻る。そんな店だった。
 待ち合わせの時間よりも十分ほど遅れて、エイジが店に入ってきた。
「ごめん、遅れて。チカさん、もう会えないかと思った」
 こういう普通のところで普通に会うのはなんとなく気恥ずかしかったけれど、いやらしい感じに目配せされたりしなくて、少し安心した。
「ホームページがあるなんて気がつかなかった」
「ずっと、探してたんだ」
「忙しかったのよ。いろいろと」
「彼氏とは?」
「仕事が忙しいみたいで、あんまり会えなくて」
 バーテンダーが注文を取りに来たので、ジャックダニエルのハイボールを頼んだ。こういう店では、つり銭なしで、コインをびしっと揃えてカウンターに積むんだって、ハードボイルド小説に骨の髄まで毒されていたシゲキに教え込まれた。そういう無駄な教養を生かすことが出来る日がやっと来たのかと思って、心の中で少し笑った。
「ところでこの前ね、シャクティのカウンターで隣に座った人が鍵を落としていったの。首輪に繋がれた女の人と一緒だったな。返したいんだけど、エイジさんだったらその人知ってるかな、と思って、大事なものだったら困るでしょ」
 私は、ポケットの中の家の鍵をチャラチャラと鳴らした。午後中かかって考えた言い訳だった。
「なんだ、そんな用だったのか」
「ううん。そうじゃないの。ただ、忘れないうちに聞いておいたほうがいいかと思って」
「縄師に惚れたんだろう」
 縄師って呼ばれてるのか。
「だからそういうんじゃなくって」
「……まあ、調教してもらえばいいさ。メアド多分知ってたと思う」
 エイジはポケットから携帯を取り出して、ディスプレイを覗き込んだ。バッグの中で私の携帯の通知音が鳴った。
「転送しといた」
「ありがとう」
 どうやって縄師から鍵を手に入れるかが問題だ。そんなことを考えていたら、エイジの手が太腿に置かれた。触れるか触れないかの絶妙なタッチで撫で回されたあと、スカートの裾から内腿に入り込んできて、ゆっくりと焦らすように少しずつ奥へと進んでいく。
「もう少し足開いて」
 エイジが耳元で囁く。低くかすれた声に、無意識下の欲望を刺激される。スカートの奥の敏感なところを爪の先でくすぐられ、思わず眉根を寄せた。体の中心がきつく収縮しながら潤ってくる。
「チカさん可愛い。ね、パンスト破っていい?伝線しないように上手く破くから」
「やめて」
 吐息を押し殺して、つとめて冷静に言ったつもりだったのに、私の声は媚びるように上擦うわずっている。
「じゃあ出よう」
 エイジに腰を抱かれてバーを出た。一番最初に目に付いたホテルに入り、部屋のドアを閉めると同時に、激しく唇をむさぼり合いながら、スカートを捲り上げられ、ストッキングとショーツを一気に下ろされた。じっとりとぬかるんだところにエイジの指が飲み込まれる。
 ゆっくりと擦り上げられ、全身に鳥肌が立ち、物欲しげにうごめく濡れた肉がエイジの指に絡みつく。でも、すぐに物足りなくなってエイジのスラックスのベルトに手をかけた。上手く外せなくて焦れて、ますます欲しくなる。
「欲しい?」
 スラックスを床に落とすと、エイジのものはすっかり硬くなっている。
「すごく欲しい」
「舐めて」
その場にひざまずき、エイジのものを咥え、唇で扱きながら舌先で先端をくすぐり、深く吸い込んでいやらしい音を立てる。
「チカさん、もうだめ。挿れさせて」
 エイジは私を立たせ、後ろから一気に挿入し、深く突き上げながら服の上から胸をまさぐる。もどかしくなってブラウスのボタンとブラのホックを外す。剥き出しになった乳首を指先で転がされながら、私は仰け反り、きつく目を閉じる。激しく腰を打ちつけられて、限界に達し、眼球が裏返って体がガクガクと震えた。きつい収縮は何度も訪れ、間隔がだんだんと短くなって気が狂うような絶頂感に翻弄されながら、耳の後ろで、エイジの低いうめき声を聞いた。

 エイジと別れてから、駅のホームで縄師にメールを打った。

 シャクティでお会いしたチカと申します。どうしてもお伺いしたいことがあるので至急連絡ください。

 送信ボタンを押すと、ほとんど人の乗っていない電車がホームに滑り込んできた。反対側のドアが開き、乗客を吐き出し、空っぽの光る箱になった車両を見つめていたらドアが開いた。エイジとあんなことになったのは、用件だけ済ましてさっさと帰るのが、申し訳ないような気がし。そうやって言い訳をつくって自分を騙しておいた。でも、好きになってしまったような錯覚に陥るほど私は若くなかった。昨日といい今日といい、私はどうかしている。過剰に性的な二日間を過ごしながらも、私は何もなかったように、電車に乗っている。それでもさすがに緊縛されてみようという気にはならなかったので、縄師には、事務的な雰囲気のメールを打っておいた。

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