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BAD BITCH 6

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「あの、増山さんという方は?」
「増山は午後の休憩中で、もうすぐ戻りますが」
 と、タカシさんは手を休めずに言った。ロットを巻かれている女性が鏡越しに怪訝そうな視線を送ってくる。取材日が間違いなく今日であることと、増山さんという女性がアポイントを受けたことを説明したけれど、今、手が離せないので、と言われただけだった。
 
 増山さんは、ちょうどタカシさんがロットをすべて巻き終えたころに、店に戻ってきた。ウェーブのかかった髪をタイトな感じにまとめた背の高い若い女性だった。クールな感じの切れ長の目と、艶を抑えたベージュ系の口紅が塗られたぽってりとした唇をどこかで見たような気がしたけれど、思い出せない。読者モデルや仕事関係の知り合いに、こういう感じの子はいなかったような気がする。
 
 タカシさんはお客さんの奥の個室に案内し、戻ってきた増山さんを頭ごなしに叱りつけた。
「何やってんだよおまえ、取材明日じゃなくて今日じゃないかよ。だらだら休憩しやがって、さっさと準備しろ」 
 ロットの山が増山さんに向かって投げつけられる。さっきは明日来いって言っておいて、いったいどうするつもりなのだ。増山さんはおろおろした様子で、
「すみません、勘違いしてました」
 と言って、深く頭を下げ、ロットを拾い始めた。
 とりあえず、取材を明日に回すことはできないことを説明し、予定していたカラーをやめて、カットとサロン用の髪質を改善するトリートメントだけに変更してもらうことにする。トリートメントの効果が目に見えてわかるようなシンプルなスタイルに変更し、あとは橋本くんの腕と、画像の修整でどうにかなるはずだ。動きのある凝ったスタイルは一件目で撮ってしまったので、ここは髪質で勝負した方が誌面も引き締まる。タカシさんと橋本くんに変更点を説明し、増山さんはひとり目のモデルをシャンプー台に案内する。喋り方が少し変だと思ったら、泣いているようだった。 
 
 ひどい雰囲気の中で始まったにもかかわらず、全部取材が終わってみると、タカシさんのサロンで撮った写真がいちばんよい出来だった。トリートメント効果にポイントを絞ったのがよかったのだろう。橋本くんは、タカシさんに睨まれながらも、意気消沈していた増山さんをフォローして、場の雰囲気を和ませていた。増山さんも、取材日を間違えるという大失態を犯したものの、さすがにタカシさんに見込まれたアシスタントだけあって、その後の仕事ぶりの手際のよさには好感を持った。なんとなく見覚えのある顔をしているのも、もしかしたら、すでにどこかの雑誌に載っていたからかもしれない。帰り際に橋本くんが増山さんと連絡先を交換していた。店を出てから橋本くんに聞くと、増山さんのようなクールな感じの子は、今日の読モよりも好みらしい。
 
 写真の選定とレイアウトを済ませ、原稿を書き終えると、時刻はすでに十時を回っていた。そろそろ帰ろうかと思い、祐介にメッセージを送った。仕事が終わったときには、連絡を入れるのが習慣になっている。ほとんどの場合、祐介の仕事の方がずっと早く終わるのに、今日は仕事終了メッセージがまだ来てない。また何かショックなことがあったのか? 瀬川ななみのブログ写真に、男のものらしい手が映っていた件で、祐介はここ数日というもの、なんとなく機嫌が悪い。
 
 つき合いはじめて間もないころに、三日間ほど音信不通になって、何ごとかと思って祐介のアパートに乗り込んだら、祐介は、ネットで拾ったという瀬川ななみのピントのぼけた盗撮画像の前で放心していたことがある。とにかくあまりに不鮮明な画像だったので、それが本当に瀬川ななみなのかもわからないとなだめすかして、コンビニまで連れ出し、お菓子とビールと雑誌を手当たり次第に買い込み、祐介のショック状態には甘いものが効くということを発見したのだ。
 
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