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二章第三節.イシハラナツイ、〈続〉〈続〉借金返済の旅
■番外編.海の男と不思議な男 ※【海の男ウィリアム・フライ視点】
しおりを挟む俺の名ぁ【ウィリアム・フライ】
海を愛し、海に産まれ、いつの日か海に散りてぇと思ってる……まさしく船乗りになるために生まれてきたような男だ。
今日も愛しの俺の愛船『イカロス号』は優雅に颯爽と空と海の蒼の狭間を駆け巡る。
俺の持った初めての船ーーこいつぁそんじょそこいらの船なんかとは格ってもんが違ぇんだ。
だが、そんな俺の命の船に乗ってやがるのは浪幔のロの字を欠片も持ち合わせちゃいねぇヒヨッコ共ばかりだ。
まぁそれは俺が渡航船の船長だなんてくだらねぇ職業に成り下がっちまったのが原因だがな。
元々俺ぁ伝説との呼び声高い【キャプテン・コッコ】船長の下で水兵として従軍していた。コッコ船長から航海術を学んだ俺ぁいつか独立して自分の船団を持ち、誰も見た事がねぇ秘境の海を冒険すんのが夢だった。
誰もまだ見た事のねぇ海、このオルスの『表面』の事だけじゃねえ。空に浮かぶ【天空大陸】ーー皆が【天体】と呼ぶ大陸にも海があるという。その空の海を観測したやつぁそうそういねぇってんだからそこを目指すのは船乗りとしちゃあ当たりめぇの夢ってもんよ。
そして俺ぁ水軍として戦果を挙げ、コッコ船長と職業の神様ってもんに認められて【船長】の職業に就(な)る事を許された。俺ぁ感極まったぜ、これでようやく船を持つ資格(センス)を得たってんだからな。
……だが、現実はそうそう甘くなかった。認められたものの俺の腕ぁコッコ船長には遠く及ばなかった。
気象や潮流を先読みする技術、操舵技術、位置観測技術、そして船員一人一人の体調や力を管理する技術。どれをとっても中途半端だった。どうやら俺にぁ天性の才はねぇんだと数々の失敗を以て知った。
『俺ぁ翔(と)ぶことができねぇ』、と。
そして俺ぁ軍を辞めた。
しかし諦めきれなかった俺ぁみっともなく、船にだけはしがみついた。いや、しがみついてんのぁ自分の夢にかもしれねぇ。
俺ぁ大陸間の貿易を牛耳る商会の犬になった。運ぶのは人や物……そして定期的にそんな事をして、いつしかそんなんで食い扶持を繋ぐようになっちまった。
今や俺の船ぁ覇気の欠片もねぇ冒険者や旅人、果ては馬すら乗せる商船扱いよ。今日も今日とて何を目的としてんのかわからねぇ木っ端な職業の奴等が呑気に景色を眺め釣りなんざしてやがる。
……だがよ、翔ぶのを諦めた遊覧船もどきの船長にぁお似合いなのかもしれねぇな、と何の躍動も面白味もねぇ海をボンヤリと眺めながら今日も船長としての職務を果たす。
そんな事を考えていた俺に罰が当たったのだろう。
今、この船はその義務を果たせないまま終わろうとしていた。
魔物の襲来、それもそんじょそこらの魔物じゃねえ。
全長70メートルはあるだろう【巨大鳥賊(クラーケン)】が今まさにこのイカロス号の眼前に立ちはだかっていた。こんな魔物は見たことがねぇ、齢40を越えた俺でも生まれて初めて目にした。物語で聞くような巨大な化物、そう形容する他ない怪物だ。
乗組員、乗客共に混乱に陥ってやがる。その化物が海面に姿を現しただけで船は今にも横転しそうなのだから無理もねぇ。商船と化したこの船に乗ってんのぁほとんどが商人やらヒヨッコの冒険者やら聞いたこともねぇ異界かぶれの職業のやつらばかりだ。部下の水兵も頼みの綱の船の護衛もこんな化物を初めて見たのか腰を抜かしてやがる。糞の役にも立ちゃあしねぇ。
化物はどデカイ目ん玉と触手のような脚をこちらへ向けて威嚇している。こいつぁ野良の魔物なのか……それとも魔王軍の一味のペットなのか……そんな思考の間すらも奪うような威圧感。
情けねぇ事に乗客の命を預かるべき俺もへたり込んで何もできなくなっちまった。いざという時に一番役に立たねぇ糞野郎は俺だってんだから笑い種よ。すまねぇな、コッコ船長、イカロス、俺の船に運悪く乗っちまった奴等。
翔べねぇ俺なんざにできる事は、もう何もねぇ。
だが、生きることすら諦めちまった瞬間ーー乗客の一人が船頭に歩いていき、クラーケンと相対した。
揺れをものともせず、襲いくる化物に立ちはだかったそいつぁ一言でいやぁ『変』としか言い様がなかった。
化物と対峙してるっつーのに一切の覇気も無さそうなやる気のねぇツラ、かったるそうに歩いていくその様はまるで自殺志願者にしか見えなかった。
しかし、その手には見た事もねぇ『光の剣』を携えてやがる。まるで手遊びでもしてるかの如くクルクルと振り回しながら。
そして光の剣を化物に向けてこう言ったんだ。
「【方舟】へと導いてやろう」
男が何やら意味不明な言葉を放つとクラーケンの触手みてぇな脚が一斉に船を呑み込むーー
ーー刹那、クラーケンは四方八方に飛散した。
何が起きたかなんざわからねぇ、気づいたら船が大きく揺れていた。細切れになった化物の破片が隕石が降るかのよう船に降ってきたからだ。化物は自分がバラバラにされ事切れたのにも気づいていないだろう、そのぐらい一瞬の出来事だった。
部下の水兵も乗客も、男の周りにいた一風変わったツレでさえも茫然としている様子だった。かくいう俺も言葉が一切出てこねぇでへたり込んじまった。
だが、男は化物を斬り刻んだことも周囲のことも気にしていねぇと言わんばかりに光の剣を懐にしまい、悠然と俺の方へ歩み寄って言ったんだ。
「厨房を借りるぞ」
一言、ただそう言って男はツレの美女のもとへ行く。思考が停止していた俺はひねり出すかのようにその男に言葉を投げかけた。
「な……なにをするってんだ……?」
「決まっているだろう。【飛べないイカはただのイカだ】」
「!!」
男が意味ありげに放った言葉に脳天を撃ち抜かれた。
【方舟へ導く】【飛べないイカはただのイカ】
これらは俺に向けて放たれた言葉だ、という事に気づいたからだ。
学のねぇ俺でも聞いた事がある、【創職記の神話】に登場する『のんの方舟』……詳しい内容は知らねぇが神に選ばれし『のん』とかいう人間が空をも翔ける方舟を造り、世界を救ったとかいう神話だ。
この男は俺が……この現状に甘んじていることーー夢にまだしがみついている事に気づいていて……叱咤激励しているのだ。そうする事でこの船はのんの『方舟』のように翔(は)ばたけると示唆しているのだ。
飛べないイカはただのイカ……俺がみっともねぇあまりに愛船イカロスを飛べないただのイカにしちまってた。俺の人生はもう俺だけのもんじゃねぇ、部下も、愛船も、そいつらの命や人生も全部ひっくるめたのが俺の命になったんだ。こいつらを生かすのも活かすのも俺次第ーーそれが、『船長』という職業なんだ。
「……………へっ、悪ぃな相棒。俺のせいでお前さんをただのイカにしちまってた。お前は飛べるイカだもんな……もう一度だけ、俺の夢に付き合ってくれっか……?」
『勿論だ』と、返事を貰えた気がした。
へっ、そうと決まりゃあぐずぐずなんてしてらんねぇ。この航海が終わったらすぐにでも未だ見ぬ海域を求めて旅立つ準備をしねぇとな。
だがその前に大事な事に気づかせてくれたあの不思議な男に礼をしねえといけねぇな。
「あんがとよ! あんたぁ恩人だ! また出逢う事があったらそん時ぁあんたの行きてぇ海に連れてってやる! 好きなように使ってくれや! 勿論、この航海も全力であんたの目的地まで案内してやるぜ! さぁ、出発だ!!」
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