146 / 207
二章第一節 一流警備兵イシハラナツイ、借金返済の旅
百十二.アイドルマスター
しおりを挟む『アイドルになりたい』
そんな、おおよそファンタジー世界とは思えない言葉を偽変態魔物は言った。
「はい、解散」
俺はだもん騎士と骨っ娘にさっさとこの阿呆らしい話を終わらせようという意味を込めて手を叩いて偽変態を無視して場を離れた。
「ちょっ……なんでぇ?! 今、ウチの生い立ちとか色々聞いてくれる流れやったやん!? お姉さんほんまに泣くよ!?」
偽変態がやかましい。
だもん騎士と骨っ娘はどうしたら良いのかわからないといった様子で戸惑っている。
「どういう事ネ……? アクア、【魅了師(アイドル)】って何アルか?聞いた事ないネ」
「……私も詳しくは知らないが……異界人によりこの世界に持ち込まれた職業の一種らしい。なんでもその美貌や振る舞い、歌や舞踊の技術で人々を魅了するとか……」
オルスの人間であろう二人にはアイドルというのがなんなのかピンときていないようだ。
まぁそれはそうだろう、アイドルなんて平和な世界でのみに成り立つ職業だ。前も言ったが魔物と人類の戦争が起きているオルスでアイドルなんかに傾倒してる場合じゃないだろう、人類よ。
すると偽変態はポツポツと過去を語ろうとした。
「ウチ達一族……サキュバスは前魔王の時から人類を操る扇動者として魔王軍と契約してたやん……」
「ストップだ、勝手に話すんじゃない。三行にまとめろ」
「えっ……? んーと………………『サキュバスっていう職業が嫌、小さい頃アイドルを見た、なりたい』……やんな」
「良し」
三行で聞いた偽変態の生い立ちは大体俺の予想通りだった。
よし、これでこの町に関するイベントは終わりだ。さっさと次に行こう。
「待つネ! イシハラ様! 全然わからないアルよ!? モヤモヤするからどういう事か教えてアル!」
「ナツイ……私も教えてほしい……それに魔物をこのまま放っておくわけには……」
二人は納得していないのか俺に説明を求める。
俺は幻想(ファンタジー)の世界観に現実(リアル)を持ち込まれるのが嫌いなため、至って簡潔に説明する。
要はサキュバスとして一族は魔王軍と契約して昔から色々やっていたが、偽変態はこの世界に持ち込まれたアイドルに憧れをもったためサキュバスではなくアイドルとして生きたいと思ったとかどうせそんなんだろう。
町を支配したのもアイドルとしての夢の第一歩、サキュバスとしてではなくアイドルとしてどれだけ人々を魅了できるか『実験』をしていた、魔王軍の眼を欺くために嫌々ながら18禁的な格好や振る舞いをしながらな。
「……正解やん……ウチはエッチな格好をしてエッチな事をして人類を魅了するなんて嫌やったんや……せやから歌って踊って人を魅了するアイドルにずっと憧れてたんよ……だから魔王様達には隠れてサキュバスとしての技術を使わんように人を操つっとった……魔王軍にバレへんように格好はこんなエッチなの着るしかなかったんやけど……」
「……つまり、この魔物は人々に危害を加える気はない。そういう事なの? ナツイ……」
だもん騎士が半信半疑といった様子で俺に聞く。
真面目なだもん騎士にとっては魔物がこんな事を言うなんて信じられないだろう。
しかし、この魔物が嘘をついてない事は目を覚まし始めたムキリョクの町民達によって証明される。
<うぉぉぉぉ!! リリスちゃーんっ! 握手してくれぇっ!>
<おい! なんでリリスちゃんはうずくまってるんだ!? それに変な男が横にいるぞ!>
<俺達のリリスちゃんに何しやがったんだこの野郎!!>
<スベテはリリスサマのために……>
住民達は洗脳されたように主に俺に抗議を起こす。
そこへなんか爺さんと騎士っぽい鎧を来たやつがやってきた。
爺さん達は俺達に弁明するように説明する。
どうやら俺達が町へ着く前にこの偽変態はこの町でコンサート的なものを開催していたらしく、町民達は総出でそれに参加していた。
そして一晩中騒ぎ続け精根尽き果てていた、と。
自分達はこの偽変態の味方でこの魔物の夢を応援する、と。
魔王軍であろうとそんなの関係ない、と。
<うぉぉぉぉ!! リリスっ! リリスっ! リリスっ!>
町民の一部はオタ芸みたいなのを踊り始める。
「……………みんな……」
偽変態は瞳を潤ませながら感動している。
それと対称にだもん騎士と骨っ娘はドン引きしていた。
「……ま……まぁ害がないなら別に放っておいてもいいんじゃないアルか……? アクア……」
「う、うむ……」
【一流警備兵技術『強制交通誘導』】
<<<<!!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?>>>>
ドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
いい加減この茶番劇にイライラした俺は踊り始めた町民達を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた町民達はギャグ漫画のように家屋に突っ込んだ。
「「!?」」
「なっ!? 何しとるんいしはら君っ!? 何でみんなを攻撃したんっ!?」
その光景を全員が驚いて見ていた。
偽変態が心底意味がわからないといった表情で俺に突っ込む。
いい加減このファンタジーなのか現実的なのかわからないふざけた展開に我慢ならなかった俺は全員に説教する。
「いいかお前ら。アイドルとはそんな生半可でゆるくできるような職業ではない。俺のいた世界にもアイドルはいたが、その全員が鍛練して血反吐を吐きながら美を磨き、やりたくもない仕事でもやって経験を積み重ねて日々精進、切磋琢磨して激しい競争業界に挑戦しながらアイドルを目指していた」
地球でも別にアイドルに興味なかった俺は適当に言った。だが、アイドルという職業が甘くない事はそんな俺にもわかる。
俺は呆けている偽変態に言う。
「それに比べてお前はどうだ? 魔王達にバレないようにしながら? お前はアイドルとして世界中を魅了したいんだろう? なら甘ったれた事を言うな、やるんなら魔王軍に殺される覚悟で抜けてからやりたい事をやれ。隠れながらコソコソやりながら天下なんかとれるか。お前は魔王軍にバレたらアイドルを目指すのをやめるのか?」
「!!」
「そしてアイドルになりたいならば使える武器は使えるだけ使え。たとえ際どい格好が嫌でもそれはお前の一族が誇った武器だろう。その綺麗な髪も顔も身体もな、それ自身がお前の魅力でもある」
下積み時代にはグラビアが嫌でもやらなければならない時もある、そういうものの積み重ねが活きてくる事だってあるんだ。
だったら嫌だなんて言ってる場合じゃない、自身の持つ魅力は最大限利用するべきであろう。
ファンタジー世界で俺はなにを言ってるんだ。
偽変態はなにかはっとした表情をして考えこんでいる。
そして、やがて口を開いた。
「………んふふ……ほんまやね、ウチはまだ甘えとったやんね。やるんやったら本気でやらなあかん、いしはら君の言うとおりやんか……。まさか年下の男の子にお説教されて気づかされるなんて思わんかったやん……」
こいつ俺より年上なのかよ、まだ20代かと思ってたのに。
あ、魔物的な年齢の数え方か。
若く見えるけど実は2000歳的な。
「お姉さんときめいちゃったやんね……決めたわ! ウチ、魔王軍やめて本気でアイドル目指すわ! そんで人間とか魔物とか関係なく皆を虜にしてみせるわ、サキュバスとしてではなくアイドルとして!」
偽変態は勝手になんか決意して朗らかな表情をみせた。よくわからんが一件落着したようだ、よかったよかった。
もう二度と会う事もないだろう、ていうか、ファンタジーの世界観を壊されたくないから二度と出てくるなよ。
「いしはら君、キミのいた世界でアイドルを修行させたりプロモーションしたりして導くような存在をなんて言うたん?」
急に偽変態はそんな事を俺に聞いてきた。
プロデュースして営業して売り込む的なやつのことか?
俺はプロデューサーという職業の事を適当に伝えた。
「ぷ、ぷろでゅーしゃー、ぷろでゅーさーやんね。いしはら君、ウチ魔王軍やめるって伝えてくるから……そしたらいしはら君についていきたいやん! いしはら君! いや、プロデューサー! ウチにアイドルとして色々教えて導いてほしいやん!」
「絶対に断る」
なんか偽変態はバカな事を言い出したので俺は強い意思を持って拒絶した。
しかしそんな事は聞こえていないかの如く、偽変態は顔を赤らめて俺に身体を密着させてきた。
「サ……サキュバスとしての技術はプロデューサーだけに使う事にするやんか……お姉さんがプロデューサーを気持ちよくするからアイドルとしてウチの事鍛えてほしいやん……これからよろしゅうやんな」
偽変態は俺に抱きつきながら耳元で囁いた。
だもん騎士や住民達がなんか睨んでいる。
面倒さの臨界点に達した俺は全てを無視して心をミュートにした。
0
お気に入りに追加
1,799
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

領地育成ゲームの弱小貴族 ~底辺から前世の知識で国強くしてたらハーレムできてた~
黒おーじ
ファンタジー
16歳で弱小領地を継いだ俺には前世の記憶があった。ここは剣と魔法の領地育成系シュミレーションゲームに似た世界。700人の領民へ『ジョブ』を与え、掘削や建設の指令を出し、魔境や隣の領土を攻めたり、王都警護の女騎士やエルフの長を妻にしたりと領地繁栄に努めた。成長していく産業、兵力、魔法、資源……やがて弱小とバカにされていた辺境ダダリは王国の一大勢力へと上り詰めていく。
※ハーレム要素は無自覚とかヌルいことせずにガチ。

チートな嫁たちに囲まれて異世界で暮らしています
もぶぞう
ファンタジー
森でナギサを拾ってくれたのはダークエルフの女性だった。
使命が有る訳でも無い男が強い嫁を増やしながら異世界で暮らす話です(予定)。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる