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二章第一節 一流警備兵イシハラナツイ、借金返済の旅

百十二.アイドルマスター

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 『アイドルになりたい』  

 そんな、おおよそファンタジー世界とは思えない言葉を偽変態魔物は言った。
 
 「はい、解散」

 俺はだもん騎士と骨っ娘にさっさとこの阿呆らしい話を終わらせようという意味を込めて手を叩いて偽変態を無視して場を離れた。

「ちょっ……なんでぇ?! 今、ウチの生い立ちとか色々聞いてくれる流れやったやん!? お姉さんほんまに泣くよ!?」
 
 偽変態がやかましい。
 だもん騎士と骨っ娘はどうしたら良いのかわからないといった様子で戸惑っている。

「どういう事ネ……? アクア、【魅了師(アイドル)】って何アルか?聞いた事ないネ」
「……私も詳しくは知らないが……異界人によりこの世界に持ち込まれた職業の一種らしい。なんでもその美貌や振る舞い、歌や舞踊の技術で人々を魅了するとか……」

 オルスの人間であろう二人にはアイドルというのがなんなのかピンときていないようだ。
 まぁそれはそうだろう、アイドルなんて平和な世界でのみに成り立つ職業だ。前も言ったが魔物と人類の戦争が起きているオルスでアイドルなんかに傾倒してる場合じゃないだろう、人類よ。

 すると偽変態はポツポツと過去を語ろうとした。

「ウチ達一族……サキュバスは前魔王の時から人類を操る扇動者として魔王軍と契約してたやん……」
「ストップだ、勝手に話すんじゃない。三行にまとめろ」
「えっ……? んーと………………『サキュバスっていう職業が嫌、小さい頃アイドルを見た、なりたい』……やんな」
「良し」

 三行で聞いた偽変態の生い立ちは大体俺の予想通りだった。
 よし、これでこの町に関するイベントは終わりだ。さっさと次に行こう。

「待つネ! イシハラ様! 全然わからないアルよ!? モヤモヤするからどういう事か教えてアル!」
「ナツイ……私も教えてほしい……それに魔物をこのまま放っておくわけには……」

 二人は納得していないのか俺に説明を求める。
 俺は幻想(ファンタジー)の世界観に現実(リアル)を持ち込まれるのが嫌いなため、至って簡潔に説明する。

 要はサキュバスとして一族は魔王軍と契約して昔から色々やっていたが、偽変態はこの世界に持ち込まれたアイドルに憧れをもったためサキュバスではなくアイドルとして生きたいと思ったとかどうせそんなんだろう。
 町を支配したのもアイドルとしての夢の第一歩、サキュバスとしてではなくアイドルとしてどれだけ人々を魅了できるか『実験』をしていた、魔王軍の眼を欺くために嫌々ながら18禁的な格好や振る舞いをしながらな。

「……正解やん……ウチはエッチな格好をしてエッチな事をして人類を魅了するなんて嫌やったんや……せやから歌って踊って人を魅了するアイドルにずっと憧れてたんよ……だから魔王様達には隠れてサキュバスとしての技術を使わんように人を操つっとった……魔王軍にバレへんように格好はこんなエッチなの着るしかなかったんやけど……」
「……つまり、この魔物は人々に危害を加える気はない。そういう事なの? ナツイ……」
 
 だもん騎士が半信半疑といった様子で俺に聞く。
 真面目なだもん騎士にとっては魔物がこんな事を言うなんて信じられないだろう。
 しかし、この魔物が嘘をついてない事は目を覚まし始めたムキリョクの町民達によって証明される。

<うぉぉぉぉ!! リリスちゃーんっ! 握手してくれぇっ!>
<おい! なんでリリスちゃんはうずくまってるんだ!? それに変な男が横にいるぞ!>
<俺達のリリスちゃんに何しやがったんだこの野郎!!>
<スベテはリリスサマのために……>

 住民達は洗脳されたように主に俺に抗議を起こす。

 そこへなんか爺さんと騎士っぽい鎧を来たやつがやってきた。
 爺さん達は俺達に弁明するように説明する。

 どうやら俺達が町へ着く前にこの偽変態はこの町でコンサート的なものを開催していたらしく、町民達は総出でそれに参加していた。
 そして一晩中騒ぎ続け精根尽き果てていた、と。
 自分達はこの偽変態の味方でこの魔物の夢を応援する、と。
 魔王軍であろうとそんなの関係ない、と。

<うぉぉぉぉ!! リリスっ! リリスっ! リリスっ!>

 町民の一部はオタ芸みたいなのを踊り始める。

「……………みんな……」

 偽変態は瞳を潤ませながら感動している。
 それと対称にだもん騎士と骨っ娘はドン引きしていた。

「……ま……まぁ害がないなら別に放っておいてもいいんじゃないアルか……? アクア……」
「う、うむ……」


【一流警備兵技術『強制交通誘導』】

<<<<!!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?>>>>

ドォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!
 
 いい加減この茶番劇にイライラした俺は踊り始めた町民達を吹き飛ばした。
 吹き飛ばされた町民達はギャグ漫画のように家屋に突っ込んだ。

「「!?」」
「なっ!? 何しとるんいしはら君っ!? 何でみんなを攻撃したんっ!?」

 その光景を全員が驚いて見ていた。
 偽変態が心底意味がわからないといった表情で俺に突っ込む。

 いい加減このファンタジーなのか現実的なのかわからないふざけた展開に我慢ならなかった俺は全員に説教する。

「いいかお前ら。アイドルとはそんな生半可でゆるくできるような職業ではない。俺のいた世界にもアイドルはいたが、その全員が鍛練して血反吐を吐きながら美を磨き、やりたくもない仕事でもやって経験を積み重ねて日々精進、切磋琢磨して激しい競争業界に挑戦しながらアイドルを目指していた」

 地球でも別にアイドルに興味なかった俺は適当に言った。だが、アイドルという職業が甘くない事はそんな俺にもわかる。

 俺は呆けている偽変態に言う。

「それに比べてお前はどうだ? 魔王達にバレないようにしながら? お前はアイドルとして世界中を魅了したいんだろう? なら甘ったれた事を言うな、やるんなら魔王軍に殺される覚悟で抜けてからやりたい事をやれ。隠れながらコソコソやりながら天下なんかとれるか。お前は魔王軍にバレたらアイドルを目指すのをやめるのか?」

「!!」

「そしてアイドルになりたいならば使える武器は使えるだけ使え。たとえ際どい格好が嫌でもそれはお前の一族が誇った武器だろう。その綺麗な髪も顔も身体もな、それ自身がお前の魅力でもある」

 下積み時代にはグラビアが嫌でもやらなければならない時もある、そういうものの積み重ねが活きてくる事だってあるんだ。
 だったら嫌だなんて言ってる場合じゃない、自身の持つ魅力は最大限利用するべきであろう。

 ファンタジー世界で俺はなにを言ってるんだ。

 偽変態はなにかはっとした表情をして考えこんでいる。
 そして、やがて口を開いた。

「………んふふ……ほんまやね、ウチはまだ甘えとったやんね。やるんやったら本気でやらなあかん、いしはら君の言うとおりやんか……。まさか年下の男の子にお説教されて気づかされるなんて思わんかったやん……」

 こいつ俺より年上なのかよ、まだ20代かと思ってたのに。
 あ、魔物的な年齢の数え方か。
 若く見えるけど実は2000歳的な。

「お姉さんときめいちゃったやんね……決めたわ! ウチ、魔王軍やめて本気でアイドル目指すわ! そんで人間とか魔物とか関係なく皆を虜にしてみせるわ、サキュバスとしてではなくアイドルとして!」

 偽変態は勝手になんか決意して朗らかな表情をみせた。よくわからんが一件落着したようだ、よかったよかった。
 もう二度と会う事もないだろう、ていうか、ファンタジーの世界観を壊されたくないから二度と出てくるなよ。

「いしはら君、キミのいた世界でアイドルを修行させたりプロモーションしたりして導くような存在をなんて言うたん?」

 急に偽変態はそんな事を俺に聞いてきた。
 プロデュースして営業して売り込む的なやつのことか?   
 俺はプロデューサーという職業の事を適当に伝えた。

「ぷ、ぷろでゅーしゃー、ぷろでゅーさーやんね。いしはら君、ウチ魔王軍やめるって伝えてくるから……そしたらいしはら君についていきたいやん! いしはら君! いや、プロデューサー! ウチにアイドルとして色々教えて導いてほしいやん!」
「絶対に断る」

 なんか偽変態はバカな事を言い出したので俺は強い意思を持って拒絶した。
 しかしそんな事は聞こえていないかの如く、偽変態は顔を赤らめて俺に身体を密着させてきた。

「サ……サキュバスとしての技術はプロデューサーだけに使う事にするやんか……お姉さんがプロデューサーを気持ちよくするからアイドルとしてウチの事鍛えてほしいやん……これからよろしゅうやんな」

 偽変態は俺に抱きつきながら耳元で囁いた。
 だもん騎士や住民達がなんか睨んでいる。

 面倒さの臨界点に達した俺は全てを無視して心をミュートにした。
 
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