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第二章 命名研究機関との戦い

第六十二話 終戦

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「くっ……!うぅっ……!」

最期を迎えた研究所所長の元には誰も駆け寄れなかった。
死を嘆いているゼロでさえも。
それはもう、皆、この状況に打つ手のない証明でもあった。

「予定が狂ったわね……でもお母さん…ありがとね。貴女の命一つだけで願いは一つ叶えられたわ」

ヒトは実の母を一瞥しただけで、すぐに俺達に向き合った。

「さぁ、こちらが賭けられるコインは二枚。幹部達全員の命とわたくしの命。そのどちらかで貴方達全員を始末して終わりにさせてもらうわ」
「…待てっ!テアッ!!」

その名を叫んだのは、誰でもない。俺だった。
俺は先程読んだ記憶からヒトの昔の……母からの呼び名を知り、叫んでいた。
時間稼ぎ……稼いでどうにかなるものでもないかもしれないが。
しかしそれ以上に、俺とヒト…二人で対峙した時の会話とその記憶が……どうも矛盾して整合性が取れていない事が気になったから。

「……その……呼び方を……するなっ!!」

ヒト…もといテアは途端に顔色、声色を変え激昂した。

「君は俺に怒りながら言ったな、『名付けの想い通りに生きていかなくてはいけないのか?』って。だが君の記憶を読んだ。君はそこに倒れている母親の思いの通りに生きていたじゃないか。母親の研究の役に立とうって必死だったじゃないか」

テアは黙って俺の話を聞いている。
その心の程は読み取れない。

「ここでの研究だってそうだ、命名の…所長とこの研究所のために研究に没頭した。君自身だってその能力を使い、命名研究に貢献したはずだ。そしてそれを誇りに思っていた」

そう、だからこそあの態度が気になった。

「何故あんなに取り乱した?君は……だったら自分の名を誇ってこう答える事ができたはずだ。名に恥じるような生き方はしていないって」

彼女はあの時、明らかに動揺していた。
母の想いの通りに生き、研究にも役立て、貢献したはずの能力を

その名を

明らかに恥じていた。

彼女は冷静で気丈なように見えて、実は心の弱い女性だった。
対峙した時も、先程も、心がグチャグチャで。
それによって彼女の本心だけは全く読み取れなかった。

だからわからない、彼女の自分の名に対する想いが。


しかし、それは案外簡単な答えだった。
それは直ぐに彼女の叫びにより判明した。

「そう生きるしかなかったからに決まってるじゃないっっ!!」

彼女のその叫びは

呼び名である『ヒト』のものではなく

母だけから唯一呼ばれた『テア』の本心の叫びだった。

「誰がっ…!産まれた時から研究が好きで…こんな名前でよかったなんて思うの!?研究者の母のもとに産まれてっ…!研究の役に立つようにって名前をつけられてっ…!わたしはっ……!最初から死ぬまでっ!名前と環境のせいで運命を決められていたのよっ!!」

テアの心からの叫びは続く。

「わたしだって!子供の頃は思ったわ!!こんな名前なんか嫌いって!!でも能力を使わなければ……母さんの役には立てなかった!!『人の心を操る』のにっ!能力を使わなければ……母さんの心はわたしの思い通りにはならなかった!!」

それは大きなジレンマ。
能力を遣うからこそ、母は彼女に優しかった。
能力に依らず、母の心は操れた。

しかし能力を遣わなければ、母は彼女に厳しかった。
能力に依らず、母の心は操れなかった。

嫌いな名前、だから嫌い。
だけど、それがなければわたしは心を操れない。
それは子供心に大きな禍根を残したのだろう。

「本で見た恋人たちみたいに!わたしだって名前なんかに頼らないで……人の心を操りたかった!!でもできなかったの!!この世界じゃ!皆わたしの能力だけを欲しがった!名前だけを欲しがった!!能力を使わないで……わたしが操れる人間なんていなかった!!」

……そうか。
皆、同じなのか。

前の世界と。

「だったら……嫌いでも何でもこの名前の下で嫌でも名前の通りに生きていくしかないじゃないっ!!」

自分の名前を誇り、その名に恥じない生き方をしてる人。
自分の名前を誇るが、名前など関係なく生きている人。
自分の名前が嫌いだから、名前の通りには生きない人。
自分の名前が嫌いだからこそ名前の重圧と戦う人、押し潰されるヒト。

皆の想いは、前の世界と全く同じなんだ。

皆、自分の名と、想いと、何かしら戦っている。

「だからわたくしは受け入れた!自分の運命を!研究者のヒトとして!テアなんてわたくしはもういない!わたくしは能力を使い人の心を操るヒト!わたくしにできる事は、それだけなんだから!!」

ヒュミはその名を自分の使命以外の場所で使う事を望んだ。

殺も忌み名としての自分を恥じながら名を使い共に歩む事を選んだ。

アイスメリアは姉の名を羨みながら自身への想いを受け入れ、自身でできる戦い方を探っている。

古心は悩み苦しみながらも両親からの想いを大切にしている。


名前は前の世界と何も変わらない。
受け取った者を喜ばせ、悩み抜かせ、大切にさせ、苦しませてもいる。
想いには意味がなく、それと同じくらい大切な意味がある。

「……話は終わりよ、ナナシ君。貴方には随分と取り乱させられたわね。やはり、あの男に似ているわ」

前の世界と一つ違う事は、産まれた時から全ての人が大きな力を持つ事ができる可能性があるという事。
それもある意味では、前の世界と同じと言えなくもない。

しかし、この世界ではそれにより皆が一喜一憂し、それに取りつかれている。
そこに、名前に、魔法じみた能力があるかないかの違い。

「今でも感じている事だけど……貴方の中には何か恐ろしいものが眠っている……初めて見た女の子の姿からそれは変わっていない…それがわたくしにはたまらなく恐ろしいわ…」

……だとするならば……俺はこの世界を一度手に入れなければならない。
やらなければいけない事……やるべき事ができた。

元々世界を平定するという女神からの依頼はあった。
しかし、それは女神のためのもの。
女神の望み。


そうではない、皆の名前に対する想いに触れて。

俺自身がこの世界でやりたいと思った事。

ゆらゆらと定まっていなかった目標が…今決まった。

「何を置いても……始末しなければならないわ。正直…ここにいる全員分の命を使っても貴方の存在と等価かはわからないけど……」

全ての能力を使い、神になるなんて曖昧なものじゃあない。

俺は……

世界を征服する。

「貴方だけは消さなければならないわ…………キラキラ」

「うん」


「だめぇぇぇっ!!!逃げてぇっ!ナナシぃっ!!!」

「旦那様っ!!!」

「「「ナナシさんっ!!!」」」



「願いを叶えなさい」

「ナナシを」

「殺せ、と」



「うん」


「お兄ちゃん」


バタンッ!!

願叶が最後の願いを叶えようとした矢先、誰も予想していなかった珍入者が凄い勢いで扉をあけ、その瞬間に状況を全て、切り裂いた。

「ぎゃひひひひっ!ヒトォ!お前俺を見捨てやがったなぁ!?ぎゃひひひひ!ま、どーでもいーけどくたばれや!」
「!!?ティ…ティアラップ!?貴女生きて……っ!?」

【空気振動ティアラップ】

ビリビリビリビリビリビリビリビリビリビリッ!!!

「かはっ!!?」

ボタボタボタボタ……

テアは喉を切り裂かれたようで、口からは大量に吐血する。

「殺しちゃだめって言ったでしょ!ティアラップ!」
「あぁ?ぎゃひっ、オマエラにとって敵なんだからべつにいーだろ……はいはい、わぁったよ、んな目で見んなってぇこころ、まだ死んでねーって」

現れたのはアールステッドで会った切り裂き少女と古心だった。
どうやってこの空間に……そうか、切裂少女は幹部の一人だから鍵を持っていたのか。
それに新たにこの場に現れた者にはキラキラの願いは適用されない。

「あっ!せーんぱーいっ、無事っすか!?助けに来ましたよぉ!」

何故古心と切り裂き少女が一緒にいるかは知らないけど助かった。
これでテアは声を出せないから願叶の願いを叶えることは……

スゥゥッ……

「!旦那様っ!まだ動いてっ…!」

リーフの声と共に、うずくまったテアが手を高く掲げた事に気づく。
まるで糸人形を操る人形遣いのように、テアは指を動かした。
まさか…声を出さなくても操る事が可能なのか!?

(……ふふ、わたくしの名は人『心』掌握…心の文字によって…傀儡対象に心で命令する事もできるのよっ!ティアラップの馬鹿は気づいていない…今度こそ終わりよ!ナナシ君!さぁ!願いを叶えなさい!キラキラ!!)


「…………………」

(………!?何故!?キラキラが反応しないっ!?まるで何も聞こえていないみたいに……何故っ!?)

カツ…カツ…

「残念でしたね、何か企んでいたようですが…貴女の『音』は既に無くしています。誰にも届いていませんよ」

【Silent invoice】

「サイ!!ブリッジ!」
「ヒト、あなたの目論見も…研究所も…これで終わりだよ」

続いて現れたのはサイとブリッジだった。
テアが何を企んでいたかはわからないけど…二人の登場によってそれらは全て阻止されたようだ。

「……………………」

音を無くされたテアはうなだれ、動かなくなった。
…ようやく、終わったのか……これで……。

チャキッ

「「「「!!」」」」

うなだれていたテアが隠し持っていたのかナイフを自分の喉元に当てがった。
そして、ためらいなく突き刺す。
あまりに一瞬の出来事に誰も反応できなかった。

ただ一人を除いて。


【ルール(事前ルール)】
『ルール・フォン・アウクストラが研究所の裏の顔を暴く事ができた時、どんな能力の干渉を受ける事なくどんな能力・動作でも封じる事が可能になる』

「間に合って良かったなのなのよ、事情はわからないけど…死んで罪から逃れようなんてあたくしは許さないわ。生きて、悔い改めなさい」
「ルール!」

また新たに現れたのは熱血王女ルールと…大勢の兵士達。
来てくれたのか……これで…ちゃんとした司法制度の場に研究所の証拠が行き渡る。
今度こそ…本当に終わりだ。

ルールの能力によってテアに首に突き刺さったナイフは皮膚一枚のところで止まっていた。
動きを封じられたテアはナイフを首に当てたポーズのまま…絶望的な顔をしている。

「………っ!……っ!」

音を無くされ、喉を裂かれたテアの思いはもう誰にも届かない。
けど、その悲痛な叫びは音を出さなくても、声に出さなくても…みんなに伝わっている。
そんな気がした。








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