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第一章 箱使いの悪魔

#002.■復讐の始まり

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「俺達はっ────………」

 
 突如、話し始めようとした兵士の言葉が途切れた。
 隣で聞いていた兵士は『それ』を見ても直ぐには状況を把握できずにいた。
 理解できたのは激しい振動と轟音と共に空から何かが降ってきた、という点のみであった。
 
 『箱』

 ごく簡単に言い表すならば……兵士は『箱』により押し潰され、下敷きとなり、発しようとしていた言葉と共にその場から姿を消したのだった。
 より正確に言うならば、既にこの世からも一欠片の肉片も残さずに消えているだろう。
 見るからに重量のありそうなコンクリートの塊はピタリと地面と接合していて少しの隙間も残していないのだから。

 残された兵士は時間を置いて徐々に事態を理解し始める。
 潰された兵士を捕らえていた氷は砕け、液体となり、青い氷からは決して産み出されない赤い色を交えて兵士の足元にまで流れ伝ってきていたのだから。

「うっ……うわあああああああああああああぁぁぁぁっ!!!?」

 血の気を失い、叫んでも既に何もかもが手遅れだった。
 マインは兵士の怯えた表情とは対称的にとても晴れやかそうに、そして多少の怒気を含んだ表情をして兵士に言った。

「あなた達が弄んだ少女には顔を潰された子もいたとか……本当に可哀想でなりません。ならばあなた方は全身を潰されて地獄へ行くべきだとマインもそう思います」
「はっ……話が違うぞ!! 俺らがやった事は認めるって言ったじゃねえか!! 大人しくしてりゃあ手は出さないって……!!」
「ええ、『マインは』手を出さないと言いました。何故ならマインはサポート……ソウル様の従順なる下僕……道具……召し遣い……マインなどがソウル様の【粛正】に手出しする事も口出しする事も畏れ多いというもの……全てはソウル様が決め、ソウル様が判じ、ソウル様が裁く事ですから。そうですよね? ソウル様」

 マインは惚気を含んだ表情をして箱の上部を見つめる。
 兵士を潰した箱の上に乗っていた悪魔はそれを受けて高らかに笑う。

「なはは、何度も言ってるだろマイン。マインは俺の奴隷じゃなくて相棒だ。自分の好きなように判断しろ」
「ソウル様……何てお優しい……マインはいつでも好きに判断しています。好きに判断した結果、ソウル様の道具になりたいと心からそう思っているのです。島にいた時から……いいえ、ソウル様に命を救われたあの日からそれだけはずっと変わりません」
「……まいったな……一般常識は一通り教えたはずなんだけど……これだけはずっと治らないんだよな……なんか『様』づけして呼ぶようになっちゃったし……せっかく島から出られたのにこんなところを見られたら本当に御主人と奴隷だと勘違いされる……早いところ何とかしないと」


 【転生の悪魔】……ソウルは困った顔をして頭を掻きながらそう呟く。
 マインはその件について話を逸らすかのように別の話題を持ちかけた。
 
「ところでソウル様、島で『シンザシス』を使い改良を重ねた【黒耀剣(ネビリム)『改』+99】の実験の程は如何でしたか?」
「なはは、大成功だ。鎧甲冑でも豆腐のようにすんなり斬れた、刃こぼれすら起こさない」
「ソウル様の努力と天才的な発想力と創作力の賜物ですね、マインも嬉しいです」

 二人は残された兵士など気にも留めていないように談笑したのちに思い出したかのように向き直った。

「──さて、あんまりあの子を箱に閉じ込めておくのも悪いし最後の実験といこう。マインはあの子のところに行ってくれ、さすがにマインにもこれは刺激が強いだろうし」
「畏まりました、ソウル様。お心遣い感謝致します。終わりましたらマインはまた沢山愛でて欲しいと願います、それでは」

 マインはそう言って箱に囲まれた少女の元へ向かう。
 ソウルはマインが離れた事を確認し、残された身動きすらとれずにいた兵士を見下ろしたまま会話を始めた。

「お前には色々と聞きたい事があるんだ、死んだ二人はあまりにも呆気なく殺しちゃったからな……失敗したよ。もう少し苦しみを与えてやるべきだったのに」
「あっ……あいつはっ……どうなったんだ……? 何をしやがった!?」
「もう一人の兵士の事か? それならここにいるよ、ほら」

 ソウルは箱の上から何かを兵士の目前に投げる。
 兵士の足元に溜まる赤い水にバシャリと飛沫をあげながら重みのありそうな物体が転がってきた。

 それは──兵士の被る鉢型兜だった。
 
 それを見た兵士は戦慄する、ただの兜『だけ』であればそこまで重みのある音を出さない。
 中に何かが入っている、兜の中に何かが。

「斬れ味が良すぎた、人間相手に使うのは初めてだったからな。剣の性能実験としては成功だったが、お前らを苦しめる目的としては失敗だった。……だから、今度は失敗しないようにしないと」

 すぐにその中身を察し、その言葉を聞いた兵士は懇願する。
 潰されたあいつや、首を切り離されたこいつの事は最早どうでもいい──どうにかして見逃してもらわなければ殺される、と居直って。

「たっ頼むっ!! 助けてくれ! 俺はこいつらに付き合わされただけで直接手を下した事は一度だってない!! いつも見張り役で何をしていたかなんて知らなかったしやりたくなんてなかった!! だからっ……!」

 ソウルはその懇願に反応し、耳を傾ける。
 そして箱から降りて兵士の目前に行き、哀れみの眼を向けた。

「……そうか、お前『も』……一年前の俺みたいに事実を知らされないまま付き合わされたのか。ただお荷物として何も知らないまま」

 ソウルが何を言っているのか兵士には全く理解できなかったが、それでも会話が通じる事にいくらか安堵する。
 言うまでもなく嘘偽りに溢れた言葉であったが……懐柔できるとそう踏んで。
 同情を引けば生き延びれる、そう感じた兵士に一筋の希望という形の光が射し込んだ。

 しかし、それはそれまでで一番の思い違いであった事に兵士は気づかない。

 最後の最後まで、兵士は理解していなかった。
 それをソウルが次に発した言葉と表情を見た時には──


「だったらてめぇが一番罪深い、止められなかったてめぇが。ただ知ることすらできなかっただけのてめぇが」

 
 ──もう、遅すぎた。
 
 『クラフト』

 そう、ソウルが呟くと兵士はより一層身動きが取れなくなる。
 それもその筈だった、今度は脚だけではなく……頭部以外の全てが『何か』に覆われてしまったから。
 その『何か』を兵士は自身で確認する事はできない。
 首を動かす事も、兜につくバイザーを動かす事も自分ではできない兵士にとって現状を知る手段は外部からの情報を得る以外にはない。

 しかし思考する事はできる、そして、自分が何をされたのか想像する事も。
 兵士はすぐに直感する。
 不可思議な『箱』の術を使う男、微動だにできない自分、そこから導き出される答えは想像するに容易であった。

 兵士は『壁』に埋め込まれたのだ、無機質で真っ黒な何でできているのかも判然しない『壁箱』に。

「頭だけ出てりゃあ痛みや恐怖を感じたり叫んだり喚いたりする事はできるだろう。これでちったぁてめぇらに弄ばれて殺された女の子達の感情が理解できるかもな……さぁて、てめぇらに溜められた鬱憤の憂さ晴らしに付き合えよ」

 ソウルは兵士の兜のバイザーを上げる。
 兜の中には恐怖に満ちた顔をした中年の男が、まるで処刑人にすがるように、訴えるような目付きをしていたがソウルには最早そんな事どうでも良かった。
 こいつらが奴隷の少女にしてきた事を返すだけなのだから。

 きっと殺された少女達も……すがるように兵士達に懇願した筈なのだから。

 ソウルは剥き出しとなった兵士の顔に漆黒の剣の切っ先を向ける。


「──さぁ、復讐の始まりだ」

 

 
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