奇をもって貴しとなす日替部

山野 凌

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なんとなく、クリエイティブ

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「アン! ドゥ! トロワ!」
『ダーーーーーッ!』

 沙妃先輩のコールに、他三名が拳を突き上げ熱いレスポンスを返す。

「えぇーーー……」

 燃える闘魂化する部員たちを前に、啓示は呆然と立ち尽くした。

 一体この人たちは何をしているのだろう。珍奇な行動にもだいぶ慣れたつもりでいたが、どうやらその認識はまだまだ甘かったらしい。

「ぬ? なんだよけーじっち、その顔は」

 コールリーダーが不満げに絡んでくる。

「あたしらのクリエイティ部に文句でもあんのか? あぁん?」
「……ああ、なるほど」

 本日の活動趣旨、理解しました。

「今日はク……そういう部なわけですか」

 口に出すのはちょっと恥ずかしい部名ですね。指摘はしませんが。

「お? 何だ? 何かご不満な点でも?」

 沙妃先輩は肩をいからせてオラついた。仕草が妙にさまになっている。

「どーせ『いやーんクリエイティ部とかちょーはずかしー。もーどぴゅどぴゅー』とか思ってんだろ、あんた」
「う……」

 謎の擬音を除けばほぼ図星だった。勘の鋭い人だ。

「あー、そうかいそうかい。そういうこと言うんならさ、見せてみなよ。あんたのクリエイティブってやつを」

 恥じらわない乙女が、野性的な目でぎろりと見据えてくる。

「お、俺のクリエイティブ!?」

 啓示は目をむいた。なにそのつかみどころのないやつ。

「そうねえ」

 まのか部長がおっとり同意した。

「けーじくんってえ、いつも人のすることにぶつぶつ文句言ってばかりだからあ、たまにはクリエイティブなところを見せてもらいたいわあ」
「ぶつぶつ文句って……ツッコミなんですけど」

 簡単そうに見えて結構技量がいるんですよ、あれ。

「ふむ、俺のツッコミはクリエイティブだからそれで十分、とでも言いたげだな。神野けーじ」

 匡先輩が割り込んでくる。

「しかし今のご時世、より高次元のクリエイティブを求めるならツッコミと同時にボケもこなして当たり前だぞ。両者の境界線をなくすというのが最近の流れだし、お笑い市場の傾向からしても――」
「はい! 分かりました! はい!」

 強引に話を打ち切った。普段はともかく、喋りに火がついた時のこの人はどうも苦手だ。

「とにかくさー、見せろよ、さらけ出せよ、あんたのクリエイティブ」
「そおそおお」
「うむ。レッツビギン」

 先輩トリオが圧をかけてくる。

「う、うう……」

 変な汗が脇の下を伝った。何だこれ。何で俺はこんな目に遭っているんだ。あ、あれか。今日は厄日か。

「じゃあそういうことでクリエイティブ一丁、よろしくね。けーじ」

 ラーメンでも頼むみたいな調子で、瀬奈にとどめを刺された。つくづく、余計なことしか言ってくれない女だ。 

「そ、そんなこと急に言われても……俺、そういうのよく分からないし……」
「さあ」
「さあさああ」
「さあ、さあ、さあ」
「サーッ!」

 興味のない男子に告白された女子みたいにもじもじする啓示に、縦一列に並んだ四人がぐるぐると、なんとかトレインよろしく迫る。

「くっ……!」

 これはもう覚悟を決めるしかなかった。やるっきゃない。死語、注意。

「ふううーーー……」

 大きく深く、息を吐く。

「むん」

 足を揃えて、両手を耳の横に掲げた。

(……勝負!)

 生きとし生ける全ての者よ、どうぞご照覧あれ。


「那覇で、ナハナハ!」


 啓示は、高らかに叫んだ。

 手首をくくいっと小刻みに上下させながら、あらゆる人を幸せにする晴れやかな笑顔で。

「……ふ」

 思わず、声が漏れる。

 決まった。これは決まった。見ましたか、この渾身にして魅惑の一撃。これこそクリエイティブ。ザッツ・クリエイティブ。最高だ、最高だよ、俺。

『……』

 脳内麻薬ドバドバの啓示をよそに、トレインはぴたっと急停車していた。

「あらあ……これはあ……」

 まのか部長が困ったように眉をひそめる。

「うーむ」

 匡先輩は腕組みをしてうなった。

「あのねえ、けーじ……」

 瀬奈がため息混じりに肩をすくめると、

「あーあ……」

 沙妃先輩は嘆くように天を仰いだ。

(……あ、あれ?)

 啓示は周囲を見回した。何だろう、この嫌な感じの温度差。

「ったく」

 トレインの一号車、沙妃先輩が近づいてくる。

「こら、粗チンっち」
「え、えぇえええっ!?」

 男の子にとってとてつもなくデリケートなパーツを、何の脈絡もなくけなされてしまった。

「な、何ですかいきなり!?」

 というか、俺の見たことないでしょ、ああた。

「たとえば、今すぐ世界が終わるとして……」

 無神経痴女は、急にスケールのでかい話を始める。

「今のクリエイティブで、悔いはないか?」
「……はい?」

 ひょっとこみたいな顔で聞き返した。

「あんたのクリエイティブは、あれで全てか? 本当に隅々まで、全部さらしたと言い切れるか? たとえこれが人類最後のクリエイティブになったとしても、俺は本望ですと、そう胸を張れるか?」

 昭和の劇画風に力の入った目で、くわっと見つめられる。

「……」

 啓示は、何も言えない。

「クリエイティブってのはなあ、そういうもんなんだよ」

 おっさんじみた口調で言うと、沙妃先輩は遠い目で窓の外を見つめた。

「っ……」

 意味不明のはずなのに、その言葉はなぜかずっしりと重たかった。
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