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勇者さんは魔王より強い

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「そもそも、なんで私を指名したんです?」

「ルル嬢は独身だと聞いたから。人妻に頼むのは悪いだろ。夜遅くなったら子供さんだってお腹空かせるだろうし、心配するはずだ。それに誤解した旦那さんと修羅場りたくない」

「ああ、それで私そんな呼ばれ方でしたか。意外に常識的ではありつつも自己保身100%でいっそ清々しい」

 その後食事しながらユージ氏にもまあ飲め、お前も飲め。と一杯勧めてみたところ、意外といい飲みっぷりを披露してくれた。
 しかしジョッキを三杯空にする頃には流石に酔いが回ったらしく、店を出るとすっかり上機嫌になったユージ氏は聞いたことのない歌を口ずさみ夜道を歩いていた。
 異国らしさのある聞き慣れない旋律。意外と上手じゃないですか。

「それ、なんて歌ですか?」

「んー? これぁね……泣くんじゃねぇ、空を見上げて歩こうぜって歌ぁ」

「前向きなんだか薄情なんだか……」

「今日は久し振りに楽しかったぁ、あんがと。じゃあねー」

 酔いどれ全開の口調のユージ氏と手を振って別れる。ユージ氏、私が自分の身の安全の為に酔い潰そうとしたことに気付いてない様子。
 実は素直な性格なのかもしれない。異国では勇者と呼ばれた戦士がそんな無防備で大丈夫なのだろうか。ハニートラップとかすぐ引っかかりそう。

「案外、引っかかった果てのハーレムなのかしら」

 うろ覚えの鼻歌を交えつつ私も帰宅した。その翌日、私は受付嬢の業務を。ユージ氏は探索を終えて食堂前で落ち合った。

「お疲れ様です。ソロでも問題なしですか、レベルが高いと違いますね」

「どうもー。俺こっちの世界来てから戦う以外出来なかったからさぁ。それにしてもルル嬢二日酔いとかしないの?」

「あー、それまだ食べたことないですねー」

「マジかよ、つっよ!」

 お互いにジョッキ二杯と今日のオススメを注文し席で待つ。ユージ氏は懐から何やら紙切れを広げて見せた。

「昨日のアドバイスに基いてさ、近所で夫婦仲がいいと評判の人を調べてみたんだ。秘訣とか教わりたくて」

「いいと思いますよ」

「どんな風に訊いたらいいかな。あんま立ち入ったことで情報提供者さんを不愉快にさせたくないし……」

「相手からすれば赤の他人なんですから。多くを聞き出そうとせず、夫婦円満の秘訣はなんですかとシンプルに訊くのがいいと思います」

「……あっぶねー」

 ユージ氏は慌てて紙にいくつも線を引いた。どれだけ根掘り葉掘り聞き出すつもりだったのやら。

「まあ結局は奥方一人一人に合わせて配慮を重ねるしかないんじゃないですか」

「それな。好感度調整とフラグ管理大事」

「意味は分かりませんが、女性を管理下に置こうとするそのひん曲がった性根のままでは離婚歴が積み重なると思います。バツ百になろうと知ったこっちゃありませんがね」

「いや、これはその、言葉の綾というか表現的な問題で……あああああ、口が悪いの直そう。言葉選びがあれって自覚はしたよ、うん」

「好感度なんて上げ続けなければ自然と減って行きますしね」

「継続は力なりか……真理だな」

 微妙に合ってるようで噛み合わない哲学に似た論を交わしている内、運ばれて来た今日の料理。しっとり仕立ての鶏肉ソテーだ、うまぁ! このよく染みた謎の白い塩味の効いたタレうまぁ!

「ルル嬢無表情だからなんとなくだけど、美味そうに食うね」

「美味いものは美味いって顔で食べるのが礼儀かと思いますね」

「一理ある」

 ユージ氏は意外と食べ方が綺麗。上流階級の振る舞いとは違うけど、相当ゆとりのある家の育ちというか。そこはやや女子目線で好感度高いなと思う。
 私にとっては青菜と若菜の違いの次くらいにどうでもいいけども。ぷはぁ。

「お代わりちょうだーいっ」

「あいよ」

「気になったんですけど、ユージ氏は何故にこの国に来たんです? そちらの国でなら堂々と奥方侍らせていられるのでしょ」

「堂々と侍らせられるのは俺だけじゃねーかな? 一応救世の勇者だからね俺」

「ほーん。で?」

「……まあ、国内に留まってると際限なく嫁さんを送り込まれ続けそうだし? それにいい顔しない派閥から政治的なあれこれに巻き込まれそうな気配だったし?」

「勇者さんは逃げに走りましたかぁ」

 声色にニヤニヤ感が出てしまう私に、ムッとした顔でユージ氏は声を低くした。

「俺にも色々あんの! この国では少なくともハーレム拡大は防げるだろうと思って」

「何人でも侍らせたいわけではなかったと」

「そりゃそうだろ。俺の身体と命は一つだからさぁ。この家とあの家の力関係は……って逐一把握するのも俺にはしんどい」

 ハーレム勇者さん、本気でハーレム拡大阻止の為に入国してたらしい。驚きだね。

「この面子なら安泰だろうと思ってたのになぁ……」

「今や見る影のないバツ五の男でメシが美味い」

「あー! あー! 聞こえなーい!」

 子供のような大声を出すユージ氏に、熱い教育的指導のデコピンをくれておいた。
 悲鳴を上げるユージ氏の悶絶顔を肴にジョッキを呷る。自慢だが私これでも故郷では一番強烈なデコピンをかませる女として名を馳せていたのだ。

「うごごご……!」

「じゃあついでに聞いてみたいんですけど、魔王ってどれくらい強かったですか?」

 私が訊ねるとユージ氏は真顔になって、急に平坦な声色を発した。感情をどこかに置き忘れたみたいに。

「魔王は……強いっていうより、可哀想な奴だったよ。もう他に何もない奴の強さで、やばさだった」

「……意外です」

 武勇伝を語る顔ではない。むしろ相手を悼むような姿に見えた。これまでハーレム勇者と一定の蔑みを込めていた目を、偏見を、少しばかり自覚させられた。
 私はこの人のことを然程知らない、興味もない。そうやって見捨てて来た部分に、もしかしたら五人の女性の心を掴んだ何かがあったのかもしれない。

「そんなことよりさ、復縁を願うとしたらまずどんな手土産を持参したらいいと思う……?」

「当たり障りのない焼き菓子と、ありきたりな謝罪の言葉に斬新なポーズを添えて、相手がもううんざりする勢いで粘って縋って食い下がって…………警邏隊に突き出されたらいいと思いますね」

「駄目な奴じゃん!!!!」

 魔王をそんなこと呼ばわりするユージ氏、マジで大物なのでは? とうっかり思ってしまった。


 
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